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泳斗くんにとっては、目に見える物全てが新鮮なんだろう。しばらく窓の外を眺めていた。クラクションの音がする度にビクッとしてわたしの手を握る。それが可愛すぎて悶絶しそうだった。
次に窓の開閉が気に入ったらしく、開けては顔を出し、閉めては窓にベッタリと顔をつけてその"跡"を楽しむ。見るに堪えない早坂さんは、目を瞑って現実逃避をしていた。
そして財前さん宅に着く少し前、泳斗くんは眠った。わたしの胸に顔を埋めて。
「羨ましいわ」
早坂さんはアームレストに肘をつき、手に顎を乗せて泳斗くんを見つめている。
「え?代わります?」
「いいの?」
「はい、寝てるし今なら動かしても気づかないかも」
「じゃあ泳斗くん後ろに寝かせるわ」
「・・・はい?」
「泳斗くんに代わってあたしがそこに行くから」
「・・・代わるのはわたしで、泳斗くんじゃありません」
「えー、少しくらいいーじゃない」
「よくないです。そもそも、早坂さんは受け止めきれません」
「じゃあ逆にしましょう」早坂さんが両手を広げた。「ほら、おいで」
──この男、どこまで本気で言ってるのか。本当に行って困らせてやろうか?
いや、早坂さんの事だ。困るどころか喜んですんなり受け入れられる可能性が高い。
最近はこんな時、決まって溜め息が出る。
「ちょっと、今ため息ついたでしょ」
嫌味を込めてもう1度繰り返す。
「ねえ、ソレなんのため息?あなた最近多いわよ」
窓の外に目をやり、無視に徹する。
「ねえちょっと、なんで無視するの?もしもーし」
早坂さんが身を乗り出しグイッとわたしに近づくのがわかったが、それでも無視だ。
「正輝の言った通りね」
この鈴のような声の持ち主は1人、ダッシュボードの上で静かに進路を眺めている空舞さんだ。
「ああ・・・だろ」 意味を理解しているのは瀬野さんだけだ。「もう慣れたけどな」
「あの、なんの話ですか?」
「あなた達よ。すぐに自分達の世界に入って周りにいる人間のことを忘れるって。その通りだったわ」
「・・・いつしたんですか、そんな話」
「学校へ行った時よ。あなた達が抱擁してる時」
「ほっ!抱擁!?」──ああ、早坂さんに抱き上げられた時か。「抱擁じゃありません。あれはただの嫌がらせです」