レティシア出陣
準備は着々と進み、レティシアたちザイン王国軍はイグニア国へ向けて出発した。
レティシアは結局リカオン・バルべ男爵の父バルべ公爵の遠縁の貴族の息子という事にした。女が戦場に行った時の混乱を避けるためだ。
レティシアは慎ましやかな胸にさらしを巻き、髪をしばって男装をした。腰にはヴィヴィアンの剣をさし、牝馬ティアラに騎乗した。
『わぁ、レティシアカッコいい!』
「ありがとう、チップ」
『だけどこれから行軍するんだ。男だらけの中で野営生活するんだから気をつけるんだよ?僕は絶対にレティシアの側を離れないからね?』
「頼りにしているわ、チップ」
未来予知の時は、レティシアはマティアス王子の妻として行軍した。そのため生活に不便のないように細やかな配慮がされていた。
だが今はレティシアは一介の兵士に過ぎない。テントを張り、野営をするのはすべて自分でしなければいけない。
食事は他の兵士たちと一緒に食べる。自分の皿を持って列に並び、料理人が作ったスープを入れてもらい、携帯された固いパンを受け取る。
レティシアが兵士たちと離れた場所で食事をとっていると、一人の兵士が声をかけてきた。身なりがとてもいい、きっと貴族の息子なのだろう。
「お前、見ない顔だな。俺はゴドン伯爵家の次男ゾーイだ。お前はどこの家の者だ?」
「・・・。ギオレン男爵家のレティです」
「ふん、格下だな。ならば俺の言う事を聞け。俺の分の食事を運んでこい」
父親が伯爵でも、爵位を継いでいない息子には何の権力もない。ただ親の威光を振りかざしているだけだ。レティシアは冷めた目でゾーイを見て言った。
「ゾーイさま。他の貴族のご子息も皆ご自分の事はご自分でやっておられます」
レティシアは食事を終えると早々にテントに帰った。
どうやら小柄なレティシアは兵士たちに軽んじられているようだ。
もし兵士に難癖をつけられた時、バルべ公爵の名前を出すようにとリカオンからは言われていた。
だがレティシアは極力その事を言いたくなかった。これから長い期間共に過ごす者たちだ。一兵士として皆と過ごしたかった。
レティシアが行軍して数日経った。ゾーイはレティシアと目が合うと、あからさま敵意の視線を向けていた。レティシアがゾーイを邪険にしたからだ。
レティシアは何事もなかつたようにゾーイの前を歩いて行った。