危機
レティシアは一日中馬に乗り疲労困憊で眠っていると、枕元でチップが囁いた。
『レティシア、起きてる?』
「ううん、どうしたの?チップ」
『テントの外に人間の気配がする』
「誰かしら?リカオンさまかなぁ」
リカオンは女の身で軍にいるレティシアを心配して何かと声をかかてくれる。バルべ公爵の息子であるリカオンが声をかけている場面を見た兵士たちは、レティシアはバルべ公爵家と親しいのだと思い、レティシアに一目を置くようになったのだ。
『いや、赤毛の気配じゃない。もっと嫌な気配だ』
「・・・。わかったわ、」
確かに誰かがレティシアのテントの中に入って来た。レティシアは寝たふりをしながら相手の行動を待った。
侵入者は突然、ガバリと寝ているレティシアにおおいかぶさった。毛布の上から身体を触られる。あまりの気色悪さにレティシアはゾゾと鳥肌が立った。
侵入者はレティシアが女だと気づいて侵入してきたのだ。
「どいてよ!」
レティシアが怒ると、侵入者は勝ち誇ったように叫んだ。
「はっ!やっぱり女だったな。女のくせに軍に潜り込みやがって!俺が罰を与えてやる!」
声の主はレティシアに威圧的な態度をとったゾーイだった。
「ゾーイさま。このような事をして許されると思うのですか?私を傷つければバルべ公爵は黙っていませんよ!」
「はっ!どうせお前はバルべ男爵が連れて来た愛人なんだろう!」
レティシアの胸がカアッと熱くなる。リカオンはとても誠実な男性だ。レティシアが軍内で困らないように、忙しい合間に声をかけてくれるのだ。リカオンを侮辱されてレティシアはものすごく腹が立った。
ゾーイは女のレティシアを完全に舐めきっているようで、レティシアの顔に汚い顔を近づけてきた。レティシアは勢いよく頭をゾーイの鼻に打ちつけた。
ゾーイは痛みでレティシアから離れたところを狙い、レティシアが反転して逆にゾーイの上に馬乗りになる。
レティシアはためらう事なく両手のこぶしでゾーイの顔を殴った。
「や、やめろ!俺の父親は伯爵だぞ!」
「だからなんなのよ!あんたには爵位なんてないでしょ!」
「おい、わかったから。殴るのをやめろ」
「嫌よ!やめたらアンタまた私に襲いかかる気でしょ。か弱い乙女は徹底的に身を守らないといけないのよ!」
レティシアはゾーイが騒がなくなるまで殴り続けた。
『ねぇ、レティシア。もうこいつ気を失ってるよ?』
「あら、気がつかなかったわ」
レティシアはぐったりしたゾーイのえりくびを掴んでズルズルと引きずって、テントの外に出そうとした。そこで誰かと鉢合わせした。リカオンだった。
「リカオンさま!どうしてここに?まさか、」
「おい!違うぞ!俺は夜這いに来たんじゃない!レティシアのテントを見張らせていた部下が知らせに来たんだ。部下は平民だからな。貴族の息子であるゾーイを止める事ができなくて俺を呼びに来たんだ」
「そうだったんですか。お気遣いありがとうございます」
「いや、俺の出る幕はなかったな」
「いえ、とっても怖かったですわ」
「・・・。顔の形が変わるくらい殴っておいて?」
「うふふ。強姦魔を徹底的に叩きのめすのは乙女のたしなみですの」
「・・・。そうか、邪魔したな」
リカオンはゾーイのえりくびを掴むと、ズルズルと引きずって帰って行った。