男爵令嬢レティシア
「メイド長から聞いたのだがな。レティシア、お前霊獣を連れていたそうだな？」
「だん、お義父さま。メイド長さまの見間違いです。私がリスを餌づけしたのです」
笑顔の張り付いた男爵の顔が急に険しくなる。男爵はレティシアの細い腕を強く掴んだ。
「レティシア。嘘はよくないぞ？お前も知っていただろう？お前の母親が召喚士だったのを」
「はい。母は元召喚士だと言っていました。霊獣の心に背くおこないをして、契約を解除された、と」
「ああ、そうだ。だが娘のお前が契約に成功した」
「・・・」
「レティシア、勘違いをしているようだな。お前はわしの所有物なのだ。さぁ、早く霊獣を呼び出せ。さもないと、わかっているな？」
レティシアの腕を持つ男爵の手の力が強くなる。男爵に背く。レティシアは男爵家にやって来た頃から、男爵の恐ろしさを嫌というほど知っていた。レティシアはこの場から逃れたい一心で契約霊獣を呼び出す呪文を唱えてしまった。
『やっほー、レティシア。どうしたの？』
愛らしい霊獣のチップがレティシアの肩に出現した。チップは、男爵がレティシアの腕を掴んでいるのを見て、目を細めた。
『うす汚ないジジイ。レティシアから手を離せ』
チップは男爵の腕に水攻撃魔法を発動させた。水はどんな形にも変化させられる。水を素早く動かして刃のようにしたのだ。
「ギャァ！」
チップの氷の刃は、男爵の腕をスッパリと斬りつけた。男爵は悲鳴をあげる。男爵は血のしたたる腕をおさえながら、ブツブツとひとり言のように言った。
「素晴らしい。聖なる霊獣がわしの物に、」
レティシアはハッとしてチップを守るように抱きしめると、きっぱりと言った。
「お義父さま！チップは心の美しい霊獣です！恐ろしい事には絶対力を使わせません！」
レティシアの剣幕に男爵は少し驚いた表情を見せたが、やがて気味の悪い笑顔になった。
「もちろんだよ、レティシア。お前の霊獣にひどい事はさせない」
翌日からレティシアの環境はガラリと変わった。
「とてもお似合いですレティシアお嬢さま！」
「ええ、とっても！」
レティシアは豪華なドレスを着て姿鏡の前に立っていた。といってもこのドレスは亡くなった母のお下がりだ。しかしレティシアは母クロエのドレスにそでを通す事ができて嬉しかった。
レティシアは物置部屋から、十歳の頃使っていた部屋にうつった。
レティシアの側には二人のメイドが仕えている。ブノトワとアニタだ。彼女たちは以前からレティシアに対して陰湿ないじめを繰り返していた。メイド長が呼んでいると言われ、倉庫に行ったら鍵を閉められ一日出してもらえない事もあった。
「お嬢さま、これからは私たちに何でもお申し付けくださいね」
いびつな笑顔をはりつけているブノトワとアニタに対して、レティシアは冷めた声で言った。
「ブノトワさん、アニタさん。私は貴女たちにされた嫌がらせを忘れていませんし、貴女たちを許す事も決してありません。ですから私に見返りを求めても無駄ですよ？」
ブノトワとアニタは真っ青な顔をして部屋から出て行った。
