変化
「メイド長さまぁ、レティシアが私を転ばせてティーセットを割ってしまったんです!」
メグはメイド長にすり寄りながら、ニヤニヤ笑いながらレティシアを見た。レティシアは涼しい顔でメイド長に言った。
「それは事実と異なります、メイド長さま。私が花瓶を運んでいる時に、メグが足を出してきたんです。大事な花瓶を割ってはいけないと思い、左によけたらメグが勝手に転んでティーセットを割ったんです」
メグの顔がサアッと青くなる。メイド長はギロリとメグをにらんで言った。
「メグ、レティシア貴女たちは夕飯抜きの懲罰房行きよ!」
「そんな!メイド長さま!あんまりです!レティシアをいじめろと言ったのはメイド長の指示ではないですか!」
メグの告発にメイド長は顔をゆがませる。やはりメイド長がレティシアのイジメを指示していたのだ。
メイド長は憎しみのこもった目でレティシアを見て、驚いた顔をした。視線はちょうどレティシアの肩のあたりだ。そこにはチップが乗っていて、しきりに毛づくろいをしている。
「レ、レティシア。貴女、その肩の動物、」
「あっ!申し訳ありませんメイド長さま。エサをあげたら懐いてしまって。すぐに外に追い出します」
『ちょっと、ひどいよレティシア。僕はそこらへんのリスとは違うんだぞ』
「ごめんね、チップ。でもあなたが霊獣だとバレたら困るのよ」
『仕方ないなぁ』
レティシアが小声でチップに謝ると、チップはレティシアの肩からとびおりて、開いている窓から飛び出して行った。
メイド長は窓から出ていったチップをジッと見つめてからメグに振り向き、彼女の頬を平手で打った。パシンと乾いた音がする。メグは信じられないような顔でメイド長を見上げた。
「ひ、ひどい、メイド長さま、」
「メグ!早くここを片付けなさい!」
メグはボロボロと涙を流し、ひどいわひどいわと泣きながらほうきとちりとりを取りに行った。
メイド長はレティシアに向きなおると、いびつな笑顔を浮かべた。
「レティシア、この花瓶一人じゃ重いでしょう?人を呼ぶからここで待っていなさい」
気味の悪いメイド長の提案に、レティシアは背筋が寒くなった。
レティシアがメイドの仕事を終えて物置部屋である自室に帰ろうとメイド長に呼び止められ、一緒に来るように言われた。
連れて行かれた先は、義父である男爵の書斎だった。レティシアが身体を固くして室内に入ると、あぶらぎった顔の男爵がはりついた笑顔で待っていた。
「参りました、旦那さま」
レティシアはお辞儀をした。男爵は書斎の机から立ち上がると、レティシアに顔を近づけて言った。
「レティシア、しばらく見ないうちに美しくなったな」
男爵は好色そうな目でジロジロとレティシアを見た。レティシアが気味の悪い視線にひたすら耐えていると、男爵はニタニタと笑みを浮かべた。
「旦那さまなどと、他人行儀な。わしはお前の父親なのだぞ?」
レティシアはギクリと身体をこわばらせた。男爵の再婚相手である母が亡くなった途端、メイドにしたくせに。男爵がこのような事を言い出すのは、レティシアに利用価値が出てきたからだ。
レティシアの価値があがった。それはレティシアが霊獣のチップと契約した事に他ならない。