四日目⑦ ドリームホットドック
ちょっと遅い昼食を摂った後、タロと樹は不機嫌だった。
「コイツ、一体何考えてんだ?」とでも言いたそうな目を、ずっとこちらに向けている。
「何? 何か文句でもあるの?」
「べーつーにー? そうよねぇ、タロ太郎ちゃん?」
「そうです、そうです。文句なんぞ、一言たりともありませんぞ」
「ふふっ、良いじゃない。さっきは太郎君を、無理矢理ジェットコースターに乗せちゃったんだから。だから今度は私達が太郎君の乗りたいモノに乗らなくっちゃ」
長蛇な事は長蛇だが、他のアトラクションと比べたら、とても短いその待機列。
その列に並びながら妃奈子が不機嫌な二人組に笑い掛ければ、樹が呆れたようにして溜め息を吐いた。
「もう……。妃奈子ちゃんってば、相変わらず太郎ちゃんには甘いんだから」
「でも姉ちゃん。ジェットコースターに乗ったら、次は僕の好きなアトラクションに乗ってくれるって、さっき言っていたじゃないか」
そうだ。確かに樹はさっき、次は太郎の好きなアトラクションに乗って良いと、そう約束してくれていた。
だから昼食を摂りながら、太郎は考えていたのだ。
タロや樹の事だ。隙あらば自分と妃奈子を恋仲にしようと、あの手この手を使って来るのだろう。
タロは魔法を使って、乗り込むアトラクション全てを、スリル満点の恐怖のアトラクションに変えて来るだろうし、魔法の使えない樹は、知恵と偶然を使って、自分達を二人っきりにしようとして来るだろう。
そう、さっきのジェットコースターのように!
ならば、次に自分が選ぶアトラクションは、二人が何も出来なさそうなアトラクションにすれば良い。
恐怖のアトラクションになりようもなく、二人っきりになる可能性もないようなアトラクション!
そう、子供達に大人気のメリーゴーランド!
これならば恐怖のアトラクションにする方が難しいだろうし、子供達がウジャウジャしていて二人っきりになんてなれるわけがない。
ああ、何て素晴らしい乗り物なのだろうか、白馬のお馬様!
「確かにそうは言ったけどぉ……でも、メリーゴーランドって……」
もちろん、太郎がそう提案した時、二人は大反対した。
メリーゴーランドなんてつまらない、他の物に乗りたい、と。
しかしそんな二人に、妃奈子が助け船を出してくれたのだ。
「いいじゃない、メリーゴーランドも楽しいよ」と!
「今度は太郎君の意見も聞かなくちゃ」と!!
「それに、私も久しぶりにメリーゴーランドに乗りたいな」と!!!
ニコニコと天使の微笑みを浮かべながらの妃奈子の意見には、さすがのタロも樹も反論する事が出来なかったらしい。
そして妃奈子の説得に渋々納得させられた二人は、こうして仕方なく、太郎の言う通りにメリーゴーランドの列に並んであげているのである。
ああもう、妃奈子ちゃん! マジ女神!
「メリーゴーランドって小さい頃に乗ったっきりだから……。ふふっ、久しぶりに乗るの、嬉しいなあ!」
「もう、だったら妃奈子ちゃんと太郎ちゃん、二人で乗って来れば良いのに。私達は外で待っているから」
「駄目だよ、お姉ちゃん。だって人生には避けては通れない道があるんでしょ? あんまり甘やかして育てると、将来ロクな大人にならないんだよね?」
「うぐっ!」
「太郎君はさっき避けないでジェットコースターに乗ったんだから、お姉ちゃん達も乗ってあげなくっちゃね」
「う、ぐぐぐぐぐ……」
あの樹を言い負かす事が出来るなんて!
何だか天使が悪魔を負かしているみたいだよ!
なんて。
樹に大変失礼な事を思いながら感動を覚えていた太郎は、一頻り感動した後に、足元で不貞腐れているタロへと目線を合わせた。
(ねぇ、タロ)
そしてそのまま二人には聞こえないように、彼とヒソヒソ話を始めた。
(今度は変な魔法使わないでよね)
(変な魔法とは何ぞや?)
(何ぞや、じゃないよ! とんでもないスピードで、とんでもない距離走るヤツ! あれ、すっごく怖かったんだからね!)
(じゃあ、とんでもないスピードで、とんでもない距離走らなければ良いのだな。よし、任せろ!)
(そうじゃなくって! 怖いのは嫌だって言っているんだよ!)
(えー? スリルがなければ、二人の仲は縮まらんではないか)
(別にスリルなんてなくったって、縮まる時は縮まるだろ?)
(なんと! と言う事は、いよいよやる気になってくれたのだな! よし、任せろ! このボクがしっかりと告白のサポートをしてやるぞ!)
(ええっ!? ちょ、何でそうなるんだよ!)
何故、何をしても、何を言っても、全てがタロのペースになってしまうのだろうか。
(僕が言いたいのは、魔法を使うなって事なのに!)
しかしどう言ったら、彼に本心を伝える事が出来るのだろうか。
ああ、何故かどう言っても伝わらない気がする。
しかし、タロの反応に太郎が頭を抱えていた時だった。
「タロー兄ちゃん! タロー兄ちゃん!」
「うわっ!? ビックリした!」
突然耳元で叫ばれ、太郎は思わず驚いて大声を上げてしまった。
「兄ちゃん、あれ食べたい!」
「え……?」
そう言いつつ、タロはそれを指差した。
しかし、それを見なくとも、太郎にはだいたい分かる。
そこにあるのは、きっと食べ物か飲み物かの売店。
それをタロが、キラキラとした眼差しで見つめている。
絶対にそうだ。そうに違いない。
「……」
そしてそれを視界で確認し、予想は確信へと変わる。
そこにあったのは、思った通りホットドッグの売店。
『ドリームワールドに(以下略)』と書かれた紙が貼ってある……って、この遊園地は、一体いくつ名物を作る気なんだ!? と言うか、他に違うキャッチフレーズは思い付かなかったのか!? って言うか、タロはさっきもお昼ご飯を食べたばっかりじゃないか!
(あのさ、タロ、)
(フフン、タロー、これもまたラブラブ大作戦の……)
(もういい。その説明もいい加減聞き飽きたよ)
既に分かり切っている事だが、タロはラブラブ大作戦がどうのこうのではなく、ただ単に彼が食べたい物を、何だかんだ理由を付けて買ってもらっているだけなのである。
とにかく、そう何度も買ってやるわけにはいかない。
おこずかいだって、そろそろピンチなのだ。
それに、子供を甘やかしすぎるのも良くないし!
(タロ、キミの魂胆はいい加減バレバレだよ。悪いけど、いくら僕でもこれ以上は騙され……)
騙されないからね!
しかし、太郎がそう言い切ろうとした時だった。
「はい、タロ太郎君」
「えっ!?」
突然、タロの前にドリームホットドッグが差し出された。
いきなりどうしてと驚きながら顔を上げれば、そこには苦笑を浮かべながらホットドッグを差し出している妃奈子の姿があった。
「ヒ……ッ、ヒナコお姉ちゃん!?」
「えっ、どうして!?」
何で妃奈子が笑顔でホットドッグを差し出しているのだろう。
まさかヒソヒソ会話を聞かれていたんじゃないだろうか。
と、内心焦る二人にもう一度苦笑を浮かべると、妃奈子はタロと目線を合わせるために膝を折ってから、その笑みを太郎へと向けた。
「さっきからタロ太郎君、売店を見付けては太郎君におねだりしていたから。だからあそこのお店を見付けたら、また欲しいって言うんじゃないかと思って、買いに行っていたの」
何と、タロの行動パターンを読んでいた妃奈子は、太郎とタロがヒソヒソ会話をしている間にホットドッグを買いに行っていたらしいのだ。
妃奈子の予想外の行動にポカンとする太郎にもう一度微笑むと、妃奈子はその天使の微笑みを、今度はタロへと向けた。
「はい、タロ太郎君。駄目だよ、太郎君が優しいからって、おねだりばかりしていたら。太郎君のおこずかいがなくなっちゃうでしょ? だから次からは私に言ってね? 私も少しくらいなら買ってあげられるからね?」
そっと差し出されたホカホカのホットドッグ。
それを両手で包み込むようにして受け取れば、掌に広がる優しい温もり。
「……」
しばしの間、それをジッと眺めていたタロであったが、突然彼の両目からブワリと涙が溢れ出た。
どうやら感涙の嬉し涙のようだ。
「う、うわわわわわーんっ、ありがとうございまーす! こんなに優しくされたのは久しぶりでーす! タローは本当はボクに対して、とっても冷たいんでーす!」
「ええッ!? ちょ、ちょっとタロッ!?」
さっきまで優しいとか何とか言っていたクセに。
それなのに泣きながらこんな事を言われたら、太郎が無理矢理タロ太郎に言わせていたみたいじゃないか!
「ヒナコお姉ちゃんは幼馴染のクセに女神だよーう! タローになんかもったいないよーう! タローにやるくらいならボクが結婚したいよーう! でも諸々の理由で結婚出来ないよーう! 残念だよーう!」
「ふふっ、タロ太郎君ってば。でも、そう言ってくれると何だか嬉しいな」
「でも、こんなタロー兄ちゃんでも、誰かさんよりはマシだよーう! きっとマシなんだよーう! たぶんマシなんだろうけど、自信なくなって来たよーう!」
もう、誉められているのか、貶されているのか、仕方なく誉められているのか、わけが分からなくなって来たが。
とにかく泣きながらホットドッグに齧り付いたタロを、いい加減に殴ってやろうかと右拳を振り上げた太郎であったが、彼は寸前のところで、それを左手で抑える事に成功した。