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四日目⑥ ドリームわたあめ

 どうだ、すごいだろ、ボクの魔法は!
 
 ……とでも言わんばかりに目の前で踏ん反り返っている幼子が、とてつもなく憎たらしい。

「本当、ビックリしたねー……」

 自分の隣に座っていたにも関わらず、あれをビックリしたの一言で片付けられる彼女には、マジで尊敬の念しかない。

「あの落下楽しそうだったわねー。私も乗りたかったなー」

 どこをどう見たらそう見えたのかは知らないが、羨ましそうに感嘆の息を漏らす幼馴染の姉に、僅かな怒りを覚えた。

「太郎君、大丈夫? 少しは落ち着いたかな?」
「ああ、うん……大丈夫、平気だよ」

 と、強がってみる。
 もちろん、全然平気ではない。

 しかしそれにしても、何故妃奈子はこんなにもピンピンしているのだろう。
 彼女は確かに自分の隣に座っていたハズなのに。

 これではベンチに座ってグッタリしている自分が、情けないではないか。

「えっと……あ、何か飲んだら落ち着くかな? 待ってて、太郎君。私、何か飲み物買って来るから!」
「あ、待って、妃奈子ちゃん。私も行くわ!」

 まるで生気でも吸い取られたかのように、グッタリしている太郎を心配したのだろう。
 飲み物を買いに行くと言って走って行く妃奈子とともに、樹もその場を後にした。

「……で、一体どう言う事だよ、タロ?」

 どう言う事、と言うのは、自分達が乗ったジェットコースターが故障した件についてだ。

 自分で言うのも何だが、通常のジェットコースターであれば、下りた時にフラフラになる事はあったとしても、こんなにもグッタリとする事はなかったハズなのだ。

 それなのにあのジェットコースター、自分達が乗った時にだけ、何故か故障した。

 呼吸も出来ないくらいの猛スピードで、コースを突っ走っていたジェットコースター。
 ちゃんと見たわけではないが、たぶん受ける突風にて、顔面も凄い事になっていたと思う。
 しかもおかしいくらい長時間走っていた。おそらくコース三周はしたと思う。

「いや、五周だ」

 訂正。
 故障ではない。
 やっぱりタロの仕業であった。

 ジェットコースターの異変に気付いた係員の人達が、慌ててコースターを止めようとするが、何故か止める事が出来ず、コースを五周したところでようやく停止したジェットコースターであったが、太郎はその頃には既に、生気を吸い取られたかのように萎れ(もちろん比喩表現である)、顔面真っ白になっていた。
 他の乗客達もまた彼のように萎れたり、恐怖に泣き叫ぶ者もいたが、その反対に、妃奈子のように何ともなかったり、楽しかったと喜んでいる者もいたりと、反応は乗客によってまちまちであったが……。

 当然、ジェットコースターは故障とされ、その後は運転中止となったのである。

「不特定多数の人に迷惑が掛かっちゃったじゃないか」
「ごめんね」
「謝るのかよ!」

 その後、具合いの悪い人を運ぼうと医療チームが出動する中、大丈夫だと言い張ってジェットコースター乗り場を離れた太郎達は、太郎を休ませるために、こうしてベンチに座って休憩していたのである。

「確かに無関係の者達に迷惑を掛けてしまった事については、反省している。しかし、まさかキミがこんなにもヘロヘロになって帰って来るとは、思いもしなかったぞ。ヒナコはあんなにもピンピンしていると言うのに……。まったく、情けない事限りなし!」
「本当に反省しているの?」

 偉そうに胸を張ってみたり、反省して謝罪したかと思えば、今度は呆れたようにして溜め息を吐く始末。

 しかしさすがにここまで言われたら、太郎とて黙っているわけにはいかない。

 太郎はムッと眉を顰めると、ジトリとタロを睨み付けた。

「でも、もとはと言えば、タロが全部悪いんだからね。キミがロクでもない魔法なんか使うから、僕だけじゃなくって、みんなの迷惑にもなっちゃったんだから!」
「ロ、ロクでもない魔法だと……ッ!?」

 その一言は、どうやらタロのプライドに傷を付けてしまったらしい。
 太郎同様にムッと眉を顰めると、タロもまた、ギロリと太郎を睨み付けた。

「このボクの崇高たる魔法に何と言う事を! 恐怖のドキドキ感をヒナコと共有させてやろうと思ってやったと言うに! キミには感謝をされても、蔑まれる筋合いなど微塵もない!」
「その妃奈子ちゃんに、飲み物を買いに走らせているのはキミだよね?」
「何をう!? それはタローがヘロヘロになったせいではないか! 責任転嫁も甚だしいぞ!」
「そのヘロヘロになったのも、キミのロクでもない魔法のせいじゃないか」
「フン! 魔法がなくったって、どっちみちヘロヘロになっていたクセに」
「ンな……ッ!?」
「むしろ、乗る前からヘロヘロだったクセに!」
「ま、魔法がなきゃここまでヘロヘロにはならなかったよ!」
「いーや、嘘だな! 団栗の背比べ、五十歩百歩! 絶対になっていたハズだ!」
「ならなかったよ!」
「なっていた!」
「ならなかったッ!」
「なっていたッ!」

 いつまで経っても終わりそうもない、二人の(くだらない)口喧嘩。

 もうしばらく続くかと思われたその喧嘩であったが、それに突如終止符を打ったのは、遠くから聞こえて来た、少女の明るい声であった。

「太郎くーん!」
「あ、妃奈子ちゃんだ!」
「む、ヒナコか!」

 どうやら飲み物を買った妃奈子が、樹とともに戻って来たらしい。
 こんな幼児と本気で口喧嘩をしているところを、彼女に見られて呆れられては困るし、それによって追試試験が失敗してしまうのも困る。

 互いにデメリットしかない争いに、太郎とタロはどちらからともなくそれを止めると、駆け寄って来る二人を笑顔で出迎えた。

「ごめんね、太郎君、遅くなっちゃって! はい、これ。冷たいお茶で良かったかな?」
「あ! う、うん、ありがとう、妃奈子ちゃん! こっちこそごめんね。わざわざ買いに行ってもらっちゃって……」

 良いも悪いも、妃奈子から貰えるのならば何でも良い!

 手渡されるお茶を幸せな気持ちで受け取れば、妃奈子は「気にしないで」と優しく微笑んだ。

「気にしないで。私が勝手に買いに行っただけなんだから。それよりも太郎君、少し顔色が良くなったみたい。ふふっ、良かった」

 おそらくタロと口喧嘩をしたせいだろう。
 顔色が良くなった太郎に、妃奈子がホッした安堵の笑みを浮かべれば、太郎もまた、「お陰様で」と苦笑を浮かべた。

「あ、それからタロ太郎君にも。はい、どうぞ。オレンジジュースで良かったかな?」
「なっ、なんと!?」

 まさか自分の分まであるとは思ってもいなかったのだろう。
 優しい微笑みとともに手渡されるオレンジジュースを驚きながらも受け取ると、タロはそのジュースを見つめながら、キラキラとした尊敬の眼差しで妃奈子を見上げた。

「ありがとうございます! まさかこのボクにまでこんなに気を遣って頂けるとは! ボクも、タロー兄ちゃんも、優しいヒナコお姉ちゃんが大好きであります!」
「あはは、ありがとう、タロ太郎君」
「そしてタロー兄ちゃんは、誰かさんよりもずっと良いのです! 成績もまあ普通だし、運動神経も平均並みだし、容姿も無難な感じで、全然おススメなのであります!」
「う、うん……?」
「タ、タロ……太郎ッ!」

 誉めているのかどうなのかは微妙なところだが、これでもタロとしては、全力で太郎の長所を上げているつもりなのだろう。
 突然太郎の良いところを言い出した上に、何故かおススメされてしまった妃奈子が不思議そうに首を傾げれば、顔を真っ赤にした太郎が、ベンチから勢いよく立ち上がった。

「ごっ、ごめんね、妃奈子ちゃんっ! タロ太郎って、興奮するとわけ分かんない事を口走っちゃうクセがあるんだよ!」
「え、そうなの?」
「そう! そうなんだよ! 妃奈子ちゃんからジュースを貰えた事が、よっぽど嬉しかったみたいなんだ!」
「そ、そうなんだ……」

 何て苦しい言い訳をしているんだ、とは自分でも思うが。
 それでも優しい妃奈子は、とりあえずそれで納得してくれたらしい。
 本当に何て気遣いの出来る、良い娘さんなんだろうか。

「でも太郎君、急に立ち上がったりして大丈夫?」
「え?」
「もう眩暈とかしないの?」
「あ……う、うん、もう平気だよ。少し休んだせいかな? 迷惑掛けちゃって、本当にごめんね」

 自分の身を案じてくれる妃奈子に、大丈夫だと微笑めば、彼女もまた「良かった」と優しい微笑みを返してくれる。

 そんな彼女にもう一度微笑み返すと、太郎は足元にいるだろうタロを、ギロリと睨み付けた。

「タロー兄ちゃん、タロー兄ちゃん!」

 おいこらタロ、一体全体どう言うつもりなんだ!

 しかし、目線でそう訴えようとした太郎であったが、それよりも早く、再びパーカーの裾をグイグイと引っ張られる。

 その犯人はもちろんタロ。

 そしてそのタロが再び甘えた声を上げた時、太郎はすぐに嫌な予感を覚えた。

「タロー兄ちゃん、ボク、あれ食べたい」

 ああ、やっぱりな。そう来ると思ったよ。

 予想通りの展開に、無言のままタロの指差した先を見れば、そこにあったのはやっぱり小さな売店。
『ドリームワールドに来たら食べなきゃソン! 飛ぶほど美味しいドリームわたあめあります』と書かれた紙が貼ってある。

 どうやら太郎と妃奈子が会話をしている間に見付けてしまったようだ。

「あれ食べたい。ドリームわたあめ!」
「……」
「甘いのが食べたくなっちゃったんだよぅ!」

 だから『だよぅ』じゃないと言うに。

 甘えた猫撫で声を出すタロに、心底嫌そうな目を再び向けてやれば、タロはやっぱり口角を吊り上げながら、手招きで太郎を呼び寄せた。

(フフン、タロー。これもまたラブラブ大作戦の一環なのだよ。キミがボクにわたあめを買ってくれる事で、キミに対するヒナコの好感度が爆上がりするのだ。ヒナコは優しい男の子にキュンとするタイプだろうからな。だからキミが子供(ボク)にわたあめを買い与える事で、キミとヒナコの仲はより一層深まると言うわけなのだ)
「……」

 気のせいだろうか。その説明、さっきも聞いた気がする……って言うか、これって作戦とかじゃなくって、キミがわたあめ食べたいだけだよね?

(む? 何だ、まさか疑っているのか?)

 無言のまま疑惑の眼差しを向けて来る太郎が、気に入らなかったのだろう。
 タロはムッと眉を顰めると、更にヒソヒソと話を続けた。

(現にさっきは上手く行ったではないか。優しいと誉められた上に、そんなところが好きだと言われ、無駄に喜んでいたのは、ドコのドイツだ?)
「……」

 そう言われてしまえば、太郎に返せる言葉は何もない。
 タロの言う通り、無駄に喜んでしまったのは事実なのだから……って、無駄は余計だ!

(分かったら、早く買って来たまえ。早くわたあめが食べ……じゃなくて、キミのためなのだからな!)
「分かったよ」

 今、一瞬本音が見えた気がしたが。

 それでもその言葉を飲み込むと、太郎は仕方なく売店に向かい、わたあめを買って来てやった。

「……はい、タロ太郎」
「うわわわーい! ありがとう、タロー兄ちゃん! 成績も、運動も、顔も平凡だけど、子供に優しいだけが取り柄のお兄ちゃん大好きー!」
「……」

 何故だろう。誉められているハズなのに、沸々と殺意が湧いて来るのは。

 とにかくモサモサとわたあめを頬張るタロに疑惑の眼差しを向けていると、二人の様子を眺めていた樹が苦笑を浮かべた。

「タロ太郎ちゃん見ていたら、何だか私もお腹が空いて来ちゃったな。ねぇ、私達もそろそろお昼にしない?」

 時刻は昼を少し過ぎた頃。
 店の混雑時を避けた者達が、少し遅い昼食を摂る時間帯だ。

 腕に付けた時計を見ながら樹がそう提案すれば、断る理由などない妃奈子とタロが、賛成の声を上げた。

「うん、そうしようよ。私もお腹空いちゃったな」
「うわーい! お昼、お昼ー!」

 お昼、お昼ーって、キミは今、わたあめを食べているじゃないか。

「何食べたい?」
「うんと……私は何でも良いよ」
「肉! お肉が食べたいであります!」

 タロ……キミはもう少し協調性と言うモノを身に付けて……まあ、いいか。

 長い耳をぴょこぴょこと揺らしながら、思い付いた事を全部口にするタロに、太郎が呆れた溜め息を吐くと、それを見ていた妃奈子がクスリと笑い声を上げた。

「タロ太郎君って、すっごく可愛いよね」
「え? そう、かな……?」
「うん。でも、太郎君も偉いよね。タロ太郎君のわがままにちゃんと付き合ってあげているんだもの。やっぱり優しいなあ、太郎君は」
「えっ!? あ、えと……あ、ありがとう……」

 タロの口車に上手い事乗せられている気もするが。

 でも、まあ、妃奈子に誉められたんだし……まあ、いいか。

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