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四日目⑧ 桃色トークに赤面する

 さてさて。
 そうこうしているうちに、順番が回って来る。

 今回乗るのは、先程とは違い、恐怖のアトラクションにはなりようもない、安心安全健全なメリーゴーランド。
 ああ、怖くない乗り物って素晴らしい。

「ようこそいらっしゃいました! さあどうぞ、いってらっしゃーい!」

 キャストの明るい声が響き渡り、メリーゴーランドの入場ゲートが解放される。

 キャッキャッと楽しそうに入って行く子供達に混ざって中に入ると、タロは愛らしい桃色の馬にぴょーんと飛び乗った。

「ボク、これが良い! このパッションピンクのヤツ! タロー兄ちゃんは、ボクの前の白いお馬さんね!」
「えっ!? 何でまた勝手に……」
「じゃあ、私は太郎君の隣の子にしようかな」
「えっ!?」
「じゃあ、私はタロ太郎ちゃんの隣の馬にしよーっと」
「……」

 タロが一体の馬に飛び乗れば、それを中心に、妃奈子と樹もそれぞれの馬に跨る。

 こうなってしまえば、太郎に拒否権などあるわけがない。

 彼は仕方なく、タロの指定した白い馬に跨った。

「さあ、準備は良いかなー? 動いている間は立ち上がったりしちゃ駄目だよ? それじゃあ、いってらっしゃーい!」

 全員が馬に跨った事を確認したキャストの声が明るく響けば、すぐにオルゴール音とともにゆっくりと回り出す、沢山のお馬さん達。

 楽しそうな子供達の声が響く中、太郎は一人、不安そうに後ろのタロを見遣った。

(ああ、何だろう。何だかすごく嫌な予感がするよ……)

 タロにこの馬を指定された時点で、既に嫌な予感はしていた。

 さすがにメリーゴーランドを、スリル満点の恐怖のアトラクションには出来ないと思うのだが、それでもやっぱり不安は不安だ。
 声は聞こえないが、タロは後ろで樹と何か話をしているし……。

 今度は一体、何を企んでいるんだろうか。

「でも、本当に久しぶりだね。こうやってメリーゴーランドに乗るのって」
「えっ!? あ、う、うん、そうだね!」

 チラチラと横目でタロを見遣っている時に聞こえて来た、妃奈子の声。
 タロが気になって忘れていたが、そうだ、隣の馬には妃奈子が乗っているのだった。

 それに気付いた太郎がハッとして隣を見れば、そこでは妃奈子が、太郎にニコニコと笑顔を向けていた。

「今はもうないけど。でも昔は近くにあった小さな遊園地に、みんなでよく行っていたよね? そこにあった小さなメリーゴーランド。それに三人でよく乗せてもらったの、覚えている?」
「うん、もちろん覚えているよ。上下に動きながら回る馬が五匹と、そのまま回る馬車みたいな椅子が二つだけあった、小さなメリーゴーランドだよね?」

 今はもうなくなっちゃったから懐かしいな、と思い出に浸りながらそう口にすれば、妃奈子は「そうそう」と笑いながら頷いた。

「太郎君、いっつも馬車に乗っていたよね。馬は動くから怖いって言って」
「ううっ、今思えば情けないけれど……。でも、あの時はあの動きだけでも怖かったんだよ……」
「ふふっ、メリーゴーランドでプルプル震えていたよね?」
「わ、忘れてよ、そんな思い出……」

 当時の事を思い出して項垂れる太郎に、妃奈子はクスクスと、楽しそうな笑みを浮かべた。

「でも、またみんなでこんなに大きなメリーゴーランドに乗れるなんて、思ってもみなかったな」
「そうだね。みんなで遊園地に来る事になるなんて、つい先日までは思いもしなかったもんね」

 笑顔で咲かせるのは、懐かしい昔の話と、楽しい今の話。

 さて。
 そんな楽しそうに話しをしている二人はさておき。

 その二人を後ろから見つめる四つの目がある。

 言わずもがな、タロと樹である。

「何の話をしているのかは聞こえないけれど。でも、二人とも何だか楽しそう。これなら、私達がしてあげられる事は特にないかな」
「うむ、そうかもしれぬが……しかしやはり、ムードが足りないのではなかろうか。せっかく楽しい話をしているのだから、やはり良いムードが必要であろう。うん、そうだ。よし、このボクがムードを盛り上げてやろう!」

 何もしないのが一番だと言うのに。

 それでも何かしようとするお節介なタロに視線を移すと、樹は不思議そうにちょこんと首を傾げた。

「ムード?」
「うむ! このボクの素晴らしき魔法を使えば、二人の仲はより一層深まるのだ!」
「うーん、でもタロちゃん? 太郎ちゃんには何もするなって言われていなかった?」
「怖い事でなければ、良いらしい」
「あ。そうなんだ」

 何故、樹はこんな説明で、タロに納得させられてしまったのだろうか。
 もう少し本気で止めてくれれば良かったのに。

「しかし、これはタローのためだけにやるわけではない! ボクはヒナコの優しさに心を打たれたのだからな! だからヒナコのためにも、楽しいひと時をプレゼントしてやろうと思ったのだ!」
(ホットドッグを貰ったからかしら? でも、それだと餌付けされた鳩みたいよ、タロちゃん!)

 そう思った樹であったが、それは敢えて心の中だけに留めておく事にした。

「ではではご覧あれ! タロのムード盛り上げ術! ペケポン、ペケポン、良い雰囲気になーれー!」

 さてさて。
 今度はどんな凄い魔法が発動するのだろうか。
 ペロキャンステッキを掲げるタロを、わくわくとしながら見つめていた樹であったが、彼が呪文を唱え終えれば、彼女はその期待の眼差しを、前方にいる太郎達へと戻した。

「他にも色々あったよね? 新幹線の形をした乗り物が、レールの上をグルグル回るヤツとか」
「うん、あった、あった。私は、動くパンダの乗り物が好きだったなー」

 さて。
 後ろで不吉な呪文を唱えられた事など知らない太郎は、更に妃奈子と昔話に花を咲かせていた。
 妃奈子ちゃんとこんなに沢山話せるなんて嬉しいな、と幸せに浸っていたのである。

「ああ、あったね、そういう可愛い乗り物も! 僕はゴーカートが一番好きだったよ」
「あはは、あれは男の子に大人気だったよね。いっつも列が出来ていたもの」
「うん、でも一回に付き三分くらいしか走ってくれなくってさ。すっごく短かったなあ……」

 と、太郎が妃奈子と幸せな時間を過ごしていた時だった。

『ヘイ、兄ちゃん! 可愛い彼女とのラブラブトークを見せ付けてくれるとは、良いご身分だな、ブヒヒヒヒン!』
「え?」

 何だ、突然!
 誰だ、こんな時に横槍入れて来る、空気の読めないヤツは!
 って言うか、何だよ、ブヒヒヒヒンって!

『ヘイヘイ、兄ちゃん、ココや、ココ! YOUの下やでー!』
「下?」

 キョロキョロと声の主を探す太郎の耳に届いたのは、その犯人の居場所を示す言葉。

 それに促されるようにして下を見れば、太郎はその瞬間、ギョッと目を見開いた。

『ええな、ええな、仲良しこよしで! マジ羨ましい的な?』
「えっ!? た、太郎君っ、馬が喋っているよ!?」

 その声の主の正体に、妃奈子もまた驚愕の声を上げる。

 さて、皆さまもうお分かりだろうか。
 その声の主の正体は、太郎の跨る白い馬。
 喋るハズのない、メリーゴーランドの馬だったのである。

『よっ、ご両人、お似合いやでー! 誰かさんより全然良い感じやねん、ブヒヒヒヒン!』

 そして更にもうお分かりかと思うが、これはタロの魔法によるものである。

「……」

 当然、太郎とてそれに気付かないわけがない。

 勢いよく後ろを振り返れば、そこにはやっぱり馬に跨りながら、エヘンと胸を張る子供の姿があった。

(どうだ、すごいだろ、ボクの魔法は! イイ感じの台詞を馬に言わせて、場の雰囲気を盛り上げてやったのだぞ! ハハハ、感謝したまえ!)
(すごいわ、タロちゃん!)

 とか何とか言う二人の声が、聞こえて来た気がする。

『いやー、こーんな可愛い子を捕まえるなんざ、あんさんも隅にはおけへんなあ。はっ、はっ、はっ!』
「た、太郎君っ、これ、どうなっているのかな!?」
『ラブラブしおうてからに! もっとイチャイチャするが良いさ、このバカップル!』
「どういう仕組みになっているのかな……っ!?」
『はーい、乗客のみなさーん! ココにラブっている番がいますよー! ちゅうもーく!』
「あわわわ、どうしよう、どうしよう……っ!」

 タロの魔法を知らない妃奈子は、摩訶不思議な馬にただただ困惑するばかり。

 そして困惑する妃奈子など尻目に、好き勝手に喋りまくる馬。

 それに対して、言いたい事が山程ある太郎は怒りに肩を震わせると、真っ赤な顔でギロリとタロを睨み付けた。

 しかし、

「あれっ!? あの馬、喋っているよ!」

 何と不幸な事に、近くの馬に乗っていた少年が、太郎の跨る喋る馬の存在に気付いてしまったのである。

「うわっ、本当だ!」
「ブヒヒヒヒンって言っている!」
「うわあ、おもしろーい!」

 そして一人が気付けば、その馬の存在は瞬く間に他の子供達にも広がって行き……、

『やあやあ、少年少女達よ! 我が名は白馬の王子。吾輩に跨っている少年の愛の力によって目覚めたのである。さあ、キミ達もこの二人を囃し立ててくれたまえ! ヒューヒューと!』

 その存在を隠す事なく、逆に調子に乗った馬が声を張り上げて自分の存在を主張すれば、子供達が騒ぎ立てないわけがなく……、

「わあ、兄ちゃん達付き合ってんのー?」
「いよっ、色男!」
「ヒューヒュー!」
「ヒューヒューヒュー!」
『さあさあ、タロー君。心置きなくヒナコちゃんとラブラブトークを続けてくれたまえ!』
「…………ッッ!」

 そしてその騒ぎを、周りの大人達が気付かないわけがなくて……、

「おい、何だ、あの騒ぎは!」
「いや、馬が喋っているらしいんだよ!」
「はあ? 馬が喋るわけないだろ! お前何言ってんだよ!?」
「いや、マジで喋ってんだって! ほら、あれ!」
「な……っ、そんなアホな!?」
「とにかく運転を止めろ! 危険物かもしれない! 子供達を安全なところへ!」

 慌てる係員。
 止まる木馬。
 キャタキャタと大はしゃぎな子供達。
 胸を張るタロ。
 彼に尊敬の眼差しを向ける樹。
 顔を真っ赤に染める妃奈子。

 カオスである。

「タ……タロオオオオオオオオオッッッ!!!」

 辺りが混乱に陥り、様々な叫び声に周囲が覆われる中、太郎は自分の声が誰にも聞こえないのを良い事に、思いっ切り怒りの叫び声を上げた。

 その後、ジェットコースターと同じくメリーゴーランドも運転中止となったのは、言うまでもない。











「タロ太郎っ、タロ太郎っ、タロ太郎ーッ!!」

 メリーゴーランドから強制的に下ろされた後、太郎はタロの姿を探していた。

「困ったね。樹お姉ちゃんとタロ太郎君とはぐれちゃうなんて……」

 怒りの声を張り上げる太郎の横で、妃奈子は困ったように眉を寄せている。

 あの大混乱の中、強制的にメリーゴーランドを下ろされたせいだろう。
 太郎と妃奈子は、タロと樹とはぐれてしまったのである。

「とにかく二人を探さなくっちゃ!」

 それでタロを見付け次第お説教だ!
 いや、もう頭に来た!
 一発拳骨をぶちかましてやる!
 あれだけ止めろと言ったのに、またロクでもない魔法を使った上に、妃奈子ちゃん及び、不特定多数のお客様及び従業員様にご迷惑をお掛けしたんだ!
 一発くらいぶん殴ったところで罰は当たらないさ! 
 とにかく早くタロを見付けて……。

(あ、あれ? タロと姉ちゃんとはぐれた……?)

 と、そこで太郎はハッと気が付いた。

 樹の動機はよく分からないが、タロは追試試験のために、太郎と妃奈子を恋仲にしたがっている。
 それで様々な魔法を使って、二人をくっ付けようとしていたんじゃないか。
 だったらこれは、はぐれたわけじゃない。
 きっと二人はわざといなくなったんだ。
 太郎と妃奈子を二人だけにすると言うラブラブ大作戦決行のために、あの混乱に乗じてフェードアウトしたんだ!
 まさかあの二人、ここまで計算してあの馬を喋らせたんじゃ……。

 くそぅ、嵌められた!

「妃奈子ちゃん、早く探しに行こう! きっと……いや、絶対にまだ近くにいるハズだから!」
「え、でも見付かるかな? ここ、すごく広いし……」
「大丈夫だよ! 放送で呼び出してもらえば良いから!」

 そうだ、絶対に、何が何でも見付けてやる!
 タロにも樹にも、文句の一つや二つ言ってやらなきゃ気が済まない!

 いや、待てよ? あの二人の事だ。放送で呼び出したところで、きっと出て来ないぞ!?
 そうだよ、だってわざといなくなったんだから、呼んだところで出て来るわけがないじゃないか!
 放送なんてガン無視して、遊び回るに決まっている! 
 くそぅ、万事休すだ!

 と、太郎が一人脳内で、怒ったり、落ち込んだり、頭を抱えたりしている時であった。

「あ、あの、太郎君……」

 おずおずと、妃奈子が小さく彼の名を呼んだのは。

「樹お姉ちゃんとタロ太郎君はその……放っておいても良いんじゃないかな?」
「へっ!?」

 妃奈子の口から発せられた、予想外のその提案。

 その言葉に驚いた太郎は、思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「い、樹お姉ちゃんって、その……意外としっかりしているでしょ? きっとタロ太郎君もお姉ちゃんと一緒にいるから心配ないと思うし……。それにすごい混んでいるから、探してもきっと見つからないよ。もしかしたら放送も聞こえないかもしれないし……」
「でも……」
「フリーパスって言っても、今日だけしか使えないんだよ? それも夕方には閉園してしまうんだし。それに、二人も私達なんて探さないで、二人だけで命一杯遊ぶんだと思うの! だからね、太郎君、私達も二人で遊ぼうよ!」
「うん、でも……」

 二人で遊ぼうだなんて、願ってもいないお誘いだった。

 だけど……。

 しかし渋るようにして中々首を縦に振ろうとしない太郎に、妃奈子は悲しそうに瞳を伏せた。

「やっぱり、私と二人だと楽しくないかな?」
「えっ!?」

 太郎が中々首を縦に振らない理由は、彼が自分と二人だけで遊ぶのは嫌だからだと勘違いしたのだろう。
 悲しそうに俯く妃奈子にハッとすると、太郎は慌てて首を左右に振った。

「ち、違うよ、妃奈子ちゃん! そう言う意味じゃないんだってば!」
「でも……」

 まったく、また何をしているんだ、自分は。
 今日は妃奈子のために心から楽しもうって決めたハズなのに。
 それなのに、何でまた彼女にこんな顔をさせているのだろうか。

 本当に駄目なヤツだな、僕は。

「ごめん。姉ちゃんって、しっかりしているけれど、無茶苦茶なところもあるからさ。タロ太郎を無理に連れ回して疲れさせちゃうんじゃないかって、ちょっと心配だったんだよ。でもまあ、そうだよね。あれで一応年上だもんね。うん、任せちゃっても良いかもしれないね」

 いかにも最もそうな理由を付ければ、ようやく顔を上げてくれる大好きな幼馴染。

 そんな彼女に、彼はニコリと微笑んでみせた。

「タロ太郎の事は、一旦忘れる事にするよ。だから二人で遊びに行こう。今日なんて、あっという間に終わっちゃうんだもんね」
「……うんっ、そうだね!」

 その言葉に、彼女もまた笑顔を見せてくれる。

 彼女が向けてくれるその笑顔。
 それはやっぱり彼が一番好きな彼女の表情で。

 ああ、幸せだな、なんて癒されてしまう自分は、恋煩いと言う名の病気の、末期患者なんだろうな。

(そうだよ。今日は一日楽しまなくっちゃ。他でもない、妃奈子ちゃんのために!)

 その決意を改めて心に固めると、太郎は妃奈子とともに、遊園地の奥へと歩いて行った。





 ――誰それのため?
   随分と反吐の出るその台詞。
 
   何故、彼は自分の気持ちを言わない?
   どうして全てを他人に丸投げする?
   妃奈子のために?
   違うだろう?
   それは妃奈子のためじゃなくって、お前が妃奈子と一緒にいたいためだろう?
   そうやってキレイな言葉で自分の気持ちを隠して、他人のせいにしているから、
   後々痛い目を見るんだ。

   妃奈子のため。

   責任転嫁も甚だしい言葉で、本心を隠した男の末路。
 
   その結果、何が起こるのか。

   事件発生まで、あと数時間……。

しおり