15
「眠くないです」
「・・・頑固ねえ」 早坂さんの口調は呆れ笑いだ。
「早坂さんは、たらしですよね」
そんな事を言う気はまったくなかったのに、勝手に口から出ていた。やっぱりわたし、酔っ払ってる?
「たらし?って・・・ちょっと、何よそれ」
「そのまんまですよ。たらしの中のたらしだ」
そのまま窓に向かって呟いた。
「・・・初めて言われたわそんな事」
「そうなんですか?てっきり自他共に認めてるものかと」
ぶっきらぼうな言い方になり、ああ、やっぱりわたし、酔っ払ってるわ。
「なんだか言い方にトゲがあるわねぇ・・・ややっぱり何か怒ってる?」
「怒ってません」
「じゃあ、あたしの顔見て言ってみて」
「運転中は危ないので前を向いてください」
ウインカー音が鳴り、減速した車がゆっくりと路肩に停められた。わたしが隣を向くより先に、早坂さんがわたしの顎に手を添えて自分を向かせる。
「ん?」 早坂さんはそれしか言わない。
「・・・ほら」 今のは、わたしだ。
「え?」
「こーゆうの」
「何が?」早坂さんの表情を見る限り本当にわかっていないようだ。
「たらし」
早坂さんは目をパチパチさせると、自分でも驚いたようにわたしの顎から手を離した。
「すぐそーゆう事するところが、たらしって言ってるんです」
「・・・すぐそーゆう事って、あたしがいつもしてるみたい言い方ね」
はあ?口には出してないが、顔に出ているのが自分でわかる。いつも、してるだろう。あの時の首にキスとか、今日のキッチンでの事とか。
「わかりませんけど、わたしのように思ってる人は他にもいると思いますよ」
「あなた以外にこんな事しないわよ」
驚いたのは、わたしだけじゃなかった。早坂さんは何処か苛立ちながらも、自分の発言に自分で驚いていた。
「なんで?わたしだけ?」
いつもなら、ここまで食い付かない。高級ウイスキーがわたしを後押ししている。
早坂さんは、また同じ顔をした。困惑。でもここには、話を遮る人は誰もいない。わたしは待った、この人から返ってくる言葉を。