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そして、──沈黙が破られた。
早坂さんの着信音によって。
「もしもし?」 早坂さんは、ものの数秒で電話に出た。「ええ、今雪音ちゃんを送ってるとこよ。ええ、場所は?──そう、わかったわ。了解」
携帯が耳元から離れると、早坂さんは一点を見つめ、何か考え込んだ。
「瀬野からよ。妖怪の仕業と思われる事件の報告があったみたいなんだけど、雪音ちゃん・・・」
「行きます」
早坂さんはやっぱりねというように溜め息をついた。
「まだ何も言ってないわよ」
「伝わりました」
「そお?だといいんだけど」
これは皮肉だというのがわかったからスルーする。
「場所は何処ですか?」
「山中としか聞いてないわ。詳しい事は追って連絡するって」
そう言い、早坂さんは車を走らせた。
「・・・どんな事件なんだろ」
「さあねぇ、大した事ないといいけど」
──ふと、あの時の事が脳裏を過ぎった。
わたしの地元の公園に現れた女の子。化け猫と呼ぶには違和感を覚えるほど小さく、一見、普通の子供と見間違えるような妖怪だった。それでも、人間に危害を加える者は容赦なく始末するしかない。
「山の中か・・・」考えると、少し鳥肌が立った。
「怖い?」 早坂さんが言った。
「・・・少し」
「虫が、でしょ」
これには、驚いた。「すごい、よくわかりましたね」
早坂さんはまた息を吐き、両手をハンドルの上で組んだ。
「だいたいわかってきたわ。一応言っておくけど、怖がるのはソコじゃないから。一応言っておくけど」
「そんなに強調されると一応の意味が変わってきますね」
「まあ、言ったってしょうがない事はわかってるのよ。どうせあたしの言う事なんか聞かないし」
ブツブツと、独り言のようだった。
「用心します」
信用されてないのは早坂さんの物言いたげな横目でわかったが、ポンと頭に乗る手は優しかった。わたしに微笑む表情も。
そして毎度の如く、あっという間にアパートの前に到着した。
なんで、帰りはこんなに早く感じるんだろう。──それだけ、帰りたくないと思っているから?自分の気持ちを自覚すると、気づく事があるものだ。
早坂さんの家がもっと遠くだったらよかったのに。いや、それだと早坂さんが大変だろう。あくまでも冷静でいたい自分がいる。