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王都への道

白い甲冑の騎士たちも兜を脱いで、俺のおごりで食事を始めた。店を壊して暴れたがるという野蛮人ではないようだ。魔王と対峙するのははじめてなので、少し様子をみたいのかもしれない。
俺のテーブルには魔王の俺と伯爵令嬢と勇者と賢者と魔導師に大賢者と大魔導師が座っていた。
「何じゃ、お主、また魚か。たまにはがっつり肉を食え」
「うるさい。貴様も、もう少し健康に気を付けた方がいいぞ、残り少ない髪が抜け落ちてしまわぬように」
「余計なお世話じゃ、美味いものを食いまくって大往生してやるから安心せい」
大魔導師と大賢者は知り合いらしく、なにやら互いの注文した料理にケチをつけながら食事を楽しんでいた。
「さて、魔王の俺としては、初めにきちんと説明しておくが、人間界に攻め込んできたわけではない」
「なにしに来たと」
大賢者が、興味深そうに尋ねてくる。
「魔界と人間界が別れて久しい。人間界がいまどうなっているか魔界では、ほとんどわからん。それで、魔王たる我が見聞に来たと言うわけだ。ついでに、もう魔界に勇者を送り込まないで欲しいと頼みに来た」
「勇者を送るなと?」
「左様、魔界と人間界が別れて久しく、魔界は人間界にほとんど迷惑をかけていないはずだ。勇者に攻められる理由はないはずだ」
「うむ・・・」
「言われてみれば、もっともな言い分じゃの」
大魔導師が肉を頬張りながらうなずく。
「だが、魔界は、邪神の使徒の巣窟であろう。光の神の使徒たる我らが攻めんとするは当然ではないか?」
大賢者が、常識と言わんばかりに反論する。
「神々の仲が悪いから代理で滅亡するまで互いに殺し合えと? それでよいのか? もし我ら魔界の邪神の使徒を根絶やしにできたとしても人間界もタダでは済まんぞ」
「こちらもそれなりの出血をすると?」
大賢者が顔をしかめる。
「だいたい、神々でさえ、手を焼いて世界を二つに分けたのに、わざわざ必要以上にお互いに干渉し合う理由がどこにある?」
「勇者を送り込まなくなった分、魔界が力をつけて人間界に攻め込まないという保証は?」
「魔界が怖いからこれからも勇者を送り続けると?」
「そういうことだ。我ら人間界は魔界を恐れる、だから、お主が人間界に来ただけで大騒ぎだ。このように儂やこのスケベ爺さんが出張って来なければならなくなる」
「誰が、スケベ爺さんだ。お前こそ、滅多に弟子なんか取らなかったくせに、若い娘が来たら、鼻の下伸ばして弟子にしおってむっつりが」
「鼻の下伸ばして弟子にしたのはお前の方が先じゃろが」
「な、なにを…、勇者の同行者に推薦するのも真似しおって、このむっつりスケベの見栄っ張りが」
「真似したのはお前の方だろうが、スケベはげ!」
ケンカ腰で言い合う大魔導師と大賢者に伯爵令嬢と勇者はあんぐりと口をあけ、弟子の賢者と魔導師は師の見苦しい姿に恐縮し、俺はそれを眺めながら言葉を吐いた。
「勇者を魔界に送ると金が動くようだな。人間界にとって勇者は祭りの神輿か?」
「神輿とは、言いえて妙じゃの。その通り、勇者に人々は群がって騒ぎ、金が動く。教会は寄付を集め、国は勇者を派遣するためと税を取る。今までには、魔界に辿り着けず、魔界に行って暴れてきたとうそぶく勇者もいたそうじゃ。どう見ても勇者の器じゃない貴族のバカ息子が勇者を名乗り、魔界を目指したが、魔界に辿り着けず、途中で引き返してきて魔界で大暴れしてきたと嘘をついたということもあったようじゃ」
大魔導師がカラカラと笑う。
「だが、人間界にとって大事なのは、その嘘の真偽より、人間の勇者が魔界で大暴れしたという、自分たちの優位性が欲しかったんじゃな」
「我ら魔界より、人間界が上だと思い込みたかったと?」
「そうじゃ、故に歴代の王の中には、勇者派遣など無駄だと唱えた王もいたという、だよな、大賢者よ」
大魔導師が大賢者の方を見る。あまり認めたくないようだが、しぶしぶうなづく。
「だが、大抵は反対され、勇者の派遣は、今まで続けられたというわけじゃ」
「すると、やはり、この国の国王が鍵か。それと今の王女様が聡明で俺の話を聞いてくれそうだと聞いたが、大賢者殿は、その辺りどう思われる?」
「王女様か、なるほど、王女様に目をつけるとは良い判断じゃ」
あんたの弟子の入れ知恵だとは教えなかった。が、大賢者はそれを否定しなかった。
「どうやら、一度は、その王都にいる王女様とお話するべきようだな」
俺はねこみみメイドたちの様子を見た。白い甲冑の騎士たちが店に入った時から、いつでも店を出れるように食事は奇麗に平らげたようだ。
「では、行くか」
俺の言葉に勇者や大魔導師たちも慌てて立ち上がる。もちろん向かうは王都だ。光の神殿の総本山もそっちの方にあるようだし、王女もいる。向かわない理由はなかった。
白い甲冑の男たちも、店を出て、どこかに慌てて向かった。俺たちの会話を盗み聞きして、俺たちが王都に興味があると気づき、何か手を打つつもりだろう。
「こちらの道が、王都への街道になります・・・」
ゆっくり町中を観光案内してから町はずれの王都方面の街道まで俺たちを案内してきたご令嬢が、その街道の近くに整然と陣を敷いている兵士たちを見て驚いた。
あの店で出会った甲冑の男たちは、この軍の俺たちの様子を探る先遣隊で、慌てて戻った彼らの報告で、臨戦態勢で
俺たちを待ち構えるように陣を敷いたようだ。
ひらめく旗は光の神を表しているようだ。
「よほど、俺たちには、こっちの方に来てほしくないらしい」
分かりやすい道しるべだ。来るなと言われれば、余計に行きたくなってしまうものだ。
「では、ここまでありがとう、帰りに寄るから、我が臣民をよろしく」
俺たちは伯爵令嬢と別れた。大魔導師と大賢者は、慌ててその軍の方へ走っていった。
彼らとともに俺と戦う腹だろう。
「勇者はあっちに行かないのか?」
勇者と賢者たちは、その軍の方には行かなかった。
「魔王を人間界に連れてきた責任で教祖様には怒られてる最中だから、黙って観戦させてもらうよ。私抜きで魔王をどうにかできると思っているのなら一度痛い目に会ってもらうのも悪くない。私の価値を教祖様も再認識されるだろう。もしかしたら、お前が辟易したところを狙うかもしれんが、その時は悪く思うな」
「いや、賢明な判断だ」
多勢相手に疲労したところを狙うのは卑怯だとは思わなかった。むしろ、弱ったところを狙うというのは、魔界では珍しくない常套手段だったから、いい判断だと思った。
淫魔将軍たちが俺を見詰める
「陛下・・・」
「ついて来なくていい、ここは俺一人で十分だ。お前たちも勇者と一緒に気楽に観戦してろ」
「分かりました」
俺は淫魔将軍らを残し、一人でその軍勢の方に向かっていった。

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