大賢者と大魔導師
翌朝、まず、朝食を済ませて、臣民にした奴隷たちに、伯爵の屋敷でおとなしく待っているように伝えて、俺たちは自称監視役の勇者たちとともに街に向かった。すると、屋敷から少し離れたところで、待ち構えていたらしい伯爵令嬢がバッと出て来た。
「エルランに行くのでしたら、私がご案内しますわ」
「い、いや、昨夜のことがありますから、お嬢様は」
賢者が断ろうとすると、彼女は反論した。
「昨夜のことがあるからついて行くのです。この人間界で、魔王や勇者のそば以上に安全なところがあるのでしょうか。魔王と勇者が揃っているところにノコノコ現れたら昨夜の二の舞、それが分からないような方たちでもないでしょう」
俺たちは、わざと、昨日縛り上げた襲撃者に見える形で館を去った。襲撃者たちは俺たちが屋敷を去った後に開放するように伝えてある。今頃は、俺たちが屋敷を出て行ったと上に報告に戻っているはずである。もし、俺たちが去った後の屋敷の襲撃を企てるのなら、この魔王への宣戦布告として、王都とやらを消し飛ばしてやってもいい。星を落とす魔法は使えないが、それに匹敵する竜巻や雷の雨を巻き起こすぐらいは、魔王である俺には可能である。
教祖様とやらが、よほどのバカではない限り、魔王や勇者のいないあの屋敷に手は出さないだろう。もし手を出したら、魔王の俺だけでなく、勇者とも正面切って相手をすることになる。知人である伯爵を襲われて、この勇者が黙っているとは思えん。すでに賢者から自分たちも光の神の使徒に命を狙われていることは知っているようだ。
そこに知人の伯爵家が再び襲われたりしたら、さすがの勇者も光の神の使徒に怒りそうなのは容易に想像がつく。
「しかし、のんびりと人間界を見て回るつもりだったが、なんだが、物騒になってきたな」
ご令嬢の後を歩きながら、なにげなくぼやく。
「当然だ。お前は魔王だぞ、物騒にならずに済むはずがなかろう」
勇者が呆れるように突っ込むが、俺は苦笑した。
「別に戦争をしに来たわけではないし、攻め込まれたのはこっちなんだが」
「攻め込みはしたが、お前を人間界に招いた覚えもない」
「確かに・・・、ほぉ、ここが,この街の市か」
大きな広場を中心に、野菜や衣類などを並べた露店が軒を連ねている。残念ながら、魔界には、これほど物にあふれた活気のある場所はない。
「魔王様は、何かお目当ての物はありますか?」
お嬢様が丁寧に聞いてくれる。勇者と大違いだ。
「うむ、人間界の魔法体系の分かるような店はないかな。特に魔導書や魔道具を扱っている店が、いいかな?」
「魔法関係ですか・・・、でしたら、市ではなくこちらへ」
伯爵令嬢がにぎやかな市の横道に魔王を誘う。
薄暗い裏路地だった。商売女らしい女たちが、所々に立っていて、一晩中飲んでいたらしい泥酔した男が道端で寝ているような路地だった。
「この先は・・・魔導師しか知らないはず」
同行している魔導師がすぐ目的地に気が付いた。
「お屋敷をお訪ねになる魔導師の方に聞きましたの」
ご令嬢がにっこり微笑む。彼女の進む先は荒み、活気ある市とは真逆の人気のない場所だった。
「はい、この店です」
「ここか?」
一応看板がぶら下がっているので、何かの店と言うのは分かるが、扉はぼろく、営業しているのも怪しそうな店構えだった。
「さぁ、中へ」
ご令嬢が先に扉の中に入る。扉を開けた瞬間、店内の様子が見えて、俺は、なるほどと思い、続いて店の中に入った。本棚に無数の魔導書が並び、本棚に収まり切れない本が通路に山積みになっている。
「いらっしゃい・・・」
店主らしい老人が、ぞろぞろ入ってくる俺たちに興味なさそうに挨拶する。
「これはすごいな、全部魔導書か」
「と、聞いております」
「ここは私が紹介しよう」
ご令嬢に代わって魔導師が前に出る。
「知る人ぞ知る魔導書専門店さ、魔導師たちの間では有名な店で、ここで見つからなければ、世界中探してもないって言う品ぞろえさ。魔導書が使えない人には縁のない店だから、こんな寂れたところにある」
「寂れたところで悪かったのぉ」
聞こえたらしく、店主が魔導師に突っ込みを入れる。
「魔法に興味があるなら、最高の場所だぜ」
「そうらしいな、これなんか、魔界でも珍しい呪詛集ではないか」
「さすが、魔王様、お目が高い、この人間界じゃ呪詛も魔法の一つとして扱われるが、人を呪うのは禁忌とされていて、そういう呪詛関係の本を扱ってるのも人間界じゃ、ここぐらいなんだぜ」
「呪詛が、禁忌か? 魔界では嫉妬や妬みは当然の行為で、それに伴う呪いも正当化され、呪詛返しのお守りを生まれたときから持たされるものだ。それに他人に妬まれるということは妬まれるほど優れた人物と評価されるが」
「魔界じゃ、そうかもしれないが、人間界では妬みや嫉妬は汚い感情として忌避されて、呪詛関係も禁呪扱いさ」
「なるほど、なるほど」
俺は、人間界の魔導書たちを興味深そうに眺めた。魔法は基本、人の生活に必要な魔術ほど発達する。魔界では呪詛や攻撃系の魔法などが発達したが、人間界では、作物を大きく育てる魔法や何もない土地に水を湧き出させる魔法など、大地に作用させる魔術関係が発達しているようだ。この技術を持ちかえれば、魔界の荒れた土地も豊かにできるかもと、俺はたくさんの魔導書の中から魔界に持ち帰ったら有益な本を探して店内を歩き回った。ねこみみメイドと吸血姫も魔界にない気になる魔導書を開いて読んでいた。特に淫魔将軍は光の神の加護を利用した光の攻撃魔法を解説した魔導書に興味を持った。ご令嬢や魔導師に賢者も、自分の興味ある魔導書を手にしていた。魔法にあまり興味のない勇者と女剣士は本を眺めている俺たちを退屈そうに監視していた。が
「きゃっ!」
「ひゃぁ!」
勇者と女剣士がいままで聞いたことない乙女の悲鳴を上げた。
「ひっ?」
「え、きゃ? いま、お尻を」
勇者、女戦士に続いて、ご令嬢、賢者も悲鳴を上げた。
「誰かいる!」
ねこみみメイドが、その鋭い感覚で、店内に自分たち以外の存在を察知する。
淫魔将軍と吸血姫も辺りを警戒する。
俺の命を狙いに来たかと、俺も身構えるが、殺気は感じない。
「にゃん!」
ねこみみメイドが驚くように飛び跳ねると、バサバサと山積みの本の一部が崩れた。
「イタ、イタタタタ・・・・」
「その声、まさか」
魔導師が何かを察して、その崩れた本棚に駆け寄る。
「この、スケベ爺、またあんたかい」
魔導師が半分ハゲた老人の襟首をつかんでいた。どうやら姿を隠す魔法で勇者たちのお尻を触ったらしい。魔王の俺様に気配を悟らせずに、店内に潜むとは、只者ではあるまい。
「うちの先生が、失礼した」
魔導師が、俺たちに頭を下げる。
「先生?」
「これでも、人間界じゃ大魔導師と呼ばれている有名人なんだが、とにかくスケベで」
「何を言う。弟子のお前が、気安く触らせてくれぬから他のおなごで我慢しておるのだぞ、先生と敬うのなら、ケツを自由に触らせろ」
「うるせぇ、スケベ爺、弟子入りするときたっぷり支度金を払っただろ」
「身体で払ったらタダにしてやると言ったのを無視しおっただけじゃろうが、おまけに、魔王を人間界に召喚などしおって、なんてことしてくれたんじゃ、とんでもない弟子め。魔王を召喚した魔導師の先生ということで、儂まで神殿の連中に白い目で見られ、責任を取れと言われて、不肖の弟子の尻ぬぐいにこんなところに出向いてきたのだぞ。大迷惑じゃ。ケツを触るだけじゃ足りんぞ」
「ん? 召喚?」
召喚されたと言われた俺が、その大魔導師に尋ねる。
「魔王が召喚されたと誰から聞いた?」
「誰からだと? あんた知らんのか、いま国中で噂になっておるぞ」
「国中? 俺が人間界に来てから、まだ日が浅いんだが」
「まさか、お主が、魔王か?」
「ああ、魔界で魔王と言えば、俺だけだ」
「ま、マジか」
急に大魔導師が慌てて弟子の背後に回る。
「わ、儂の弟子が召喚したのなら、その師である儂を殺せぬよな?」
「さて、そんな契約を交わしたかな?」
魔導師も俺の言葉にニヤリと笑う。
「そうそう、こんなスケベじじいが、私の先生なんて、こっちが恥ずかしいのよね。この際、消えてもらおうかな」
「お、おい、何を言う」
「とりあえず、大魔導師先生、俺は、ここに魔導書を見に来ただけなんだ。余計な邪魔はしないでくれ」
「わ、分かった、魔王、なに、ちょっと老い先短い老人が、ふざけただけだ」
「ふざけただけとしても、誰が、触っていいと」
女剣士が指をポキポキ鳴らして大魔導師に迫った。その後、大魔導師先生は、勇者、女戦士、賢者、伯爵令嬢たちにこってり絞られた。
その間に俺は、気になった魔導書と淫魔将軍や吸血姫が欲しがった魔導書を宝石と交換で手に入れ別空間に収納した。
良い買い物をしたと満足して店を出て、昼飯にすることになった。
大魔導師先生の行きつけの店があるというので、そこに向かった。大魔導師先生が好きそうなかわいいウェイトレスが給仕をしているレストランで、当然のように大魔導師先生は怒られながらもウェイトレスのケツを触っていた。
その度に弟子の魔導師が先生の手を叩き頭を下げていた。
女の子のお尻を触ってふざけてはいるが、実力はあると思った。なぜなら、姿を消す魔法がとけてからは、俺の連れの淫魔将軍やねこみみメイドとは、距離を取っていた。魔王の俺は当然として、ねこみみメイドや淫魔将軍と距離を取って歩いているのは、姿を隠していない状態で触ったら、その瞬間、自分の手がへし折られるのを察しているのだろう。
その店はウェイトレスが可愛いだけでなく、料理も美味かった。
ようやく、人間界を観光している気分だが、俺は勇者に真面目に尋ねた。
「俺のことが、もう国中の噂になっているようだが、光の神殿の奴らのせいだと思うか」
「おそらくな、総本山の教祖様のお言葉を光の魔法で毎日のように各支部に伝えているというから、それで知れ渡ったのだろう。だが、魔王の人相までは伝わってないようだが」
「召喚されたことになってるし、多少、不正確な噂のようだな」
「ああ、で、どうする、私としてはこの街とあの店の魔導書だけで満足して魔界に帰ってもらいたいが」
「いや、残念だが、おとなしく帰してくれなさそうだ」
次の瞬間、白い甲冑の男たちが店になだれ込んできて、俺たちを囲んだ。
「大魔導師ともあろう方が魔王と一緒に食事とは。まったくお互い不出来な弟子を持つと苦労するようじゃの」
白い騎士たちの後から白髪の老人が姿を見せる。
「師匠!」
賢者が、その老人を見て叫んだ。
「師匠と呼ぶな! たわけもの! 誰のせいで、儂が、ここに出向いたと思っておる」
「おいおい、大賢者ともあろうものが、人前で醜く大声を上げるな、儂らの弟子以上に師である我らの品位が問われるぞ」
スケベはげの大魔導師がキッと凛々しく、その白髪の大賢者を牽制する。
「おいおい、食事は静かに楽しませてくれよ。それとも、人間界では食事中に大声を張り上げるのがマナーかい? それより、ここは食事を楽しむ場所だろ、この魔王様が奢ってやるぜ、食事を楽しみな」
俺は、二人のご老体を観ながら、テーブルにゴロゴロと宝石を置いた。
まだ、人間界の通貨に換金していない。人間界の通貨に換金すると魔界に帰ったとき、人間界の通貨は価値がなくなるからだ。
だから、なるべく物々交換で済ませたい。
ウエイトレスの女の子が、俺の出した宝石たちに気付いて目を輝かせ俺に耳打ちした。
「あの、このお店買えるぐらいの価値があるんじゃ」
「だったら、ここにいる客全員をおごろう。騒がせた詫びだ。それなら、どうかな?」
「店長と相談して来ます、ちょっと。これお借りします」
店長と相談するため、俺の宝石を持っていく。で、厨房の方でやり取りがあって、その時店にいた全員を俺が奢るということで落ち着いたようだ。そして、「こんなにもらえません」と何個か律儀に店長が返しに来た。
とにかく、店の中で乱闘とはならずに、俺たちは、そのまま食事を楽しんだ。