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四日目① 天候は晴れ、局地的に曇り、場合によっては雨でしょう

 本日は晴天。しかし彼の心はクラウディ・スカイ。

 本日の待ち合わせ場所である時計台の下に渋々やって来た太郎は、早速とばかりに樹に怒られていた。

「もう! 何なのよ、太郎ちゃん、その格好は! 本当にやる気がないんだから!」
「そうだ、そうだ! 樹隊長からも言ってやってくれ! 何故この決戦の地にタキシードと蝶ネクタイ、そしてシルクハットを被って来ないのかと! ボクはそれを滅茶苦茶おススメしたのに!」
「何で遊園地に遊びに来るのに、タキシードと蝶ネクタイとシルクハットを付けて来なくちゃいけないんだよ……」

 遊園地にそんなヤツがいたらドン引きだよ、と灰色のフード付きのパーカーを着用していた太郎は、そのパーカーのチャックを開けながら、呆れたように溜め息を吐いた。

「でも本当に無難な格好ね。パーカーとTシャツにジーパン。冒険心がないわ」
「冒険心って言われても……」

 そもそも冒険心は必要だろうか……?

「と言うか、それを言うなら、僕よりも姉ちゃんの方が問題なんじゃないの?」

 人の事をとやかく言うのなら、まずは自分の格好から何とかするべきなんじゃないかと、太郎が呆れながらそう指摘すれば、樹はムッとしたように眉を寄せた。

「何よ、太郎ちゃん! あなた、私の一張羅に文句でもあるの!?」
「……」

 文句も何も、何故、制服で来ているのか。

「これと体操服とパジャマしか服を持っていないからよ! 文句ある!?」
「いえ、ないです」
「だいたい私のデートじゃないんだし! 私の服装は関係ないじゃない!」
(僕のデートでもないんだけど……)

 そう言いたかった太郎であったが、彼は敢えて溜め息を吐くだけに留めた。

「それにしても、タロちゃんは今日も可愛いわねぇ」
「ふふん、当然だ。この程度楽勝なのだ」

 太郎の溜め息などさておき。
 不意に、樹の視線が下へと向けられる。

 それに続くようにして太郎もまた下へと視線を向ければ、そこにはいつもとは違う姿のタロが、腕を組みながら踏ん反り返っていた。

「タロも真面目にやれば、ちゃんとした魔法が使えるんだね」
「当たり前だ! ボクは天才的な魔法使いなのだからな!」

 今のは半分以上が厭味だったのだが、何故かタロには誉め言葉として捉えられたらしい。
 ニヤリと口角を吊り上げ、更に大きく踏ん反り返るタロに、太郎は再び溜め息を吐いた。

「でも子供のタロちゃんって、何だか小さい頃の太郎ちゃんに似ているわね」
「何? そうなのか?」

 そう、そこにいるのは、いつもの二頭身デフォルメ体型のタロではない。
 彼の得意とする変身魔法を使い、この世界の人間の子供に変身したタロだったのだ。

 今の彼の身体的年齢は、五歳くらいだろう。
 黄緑色のTシャツに、少しブカブカの青いつなぎのズボンを着用している。
 太郎が幼い頃に着ていた服を、貸してやったモノである。

「うん、そう言われてみればそうかも……。確かに幼い頃の僕がいるみたいだ」

 左側にちょこんと飛び出した触覚のようなアホ毛に、クリクリの大きな黒い瞳。

 樹に指摘されるまで気付かなかったが、確かに今のタロの姿は、幼い頃の太郎によく似ていた。
 今ここに昔の写真があったのなら、皆が皆、口を揃えて「同一人物だ」と言っていただろう。
 それ程までに、変身したタロと幼い頃の太郎は似ていたのである。

「うむ。そもそもボクは、違う世界の『山田太郎』だからな。キミ達の言う子供の姿に化ければ、この世界のボクである太郎の幼少の頃と似てしまうのは、当然と言えば当然やもしれぬな」
「そっか」
「そう言えばタロちゃんは、パラレルワールドの太郎ちゃんだったわね」

 珍しく説得力のある、タロのその見解。
 それに二人が納得したように頷けば、タロは改めてエヘンと大きく胸を張った。

「とにかく、今日は太郎ちゃんと妃奈子ちゃんを良い感じにするためのイベントなんだから! 頑張りましょうね、タロちゃん!」
「うむ! 臨むところである!」

 状況説明が遅くなってしまったが、今日は土曜日。
 樹とタロが(勝手に)企画した『太郎と妃奈子のラブラブ大作戦』の決行日である。

 そこで決戦の地である遊園地、『ドリームワールド』に一足早く到着した彼らは、待ち合わせ場所である時計台の下で、何も知らない妃奈子の到着を待っているのである。

「あ、タロちゃん、一応コレ被ってね」
「おうっ!?」

 そう言うや否や、樹がタロに被せたのは、長い耳の付いた白ウサギのファンキャップであった。
 このドリームワールドのマスコットキャラクターこと、『どりーむうさぴょん』の被り物である。

「何だ、これは!? モフモフで可愛いではないか!」
「うん、タロちゃん、小さい頃の太郎ちゃんにそっくりだから。万が一妃奈子ちゃんがタロちゃんの正体に気付いちゃったら大変だと思って。だからとりあえず被っておいてね」
「タロの正体って……。姉ちゃん、それ、状況知らない人が気付くのって、中々に高難易度だと思うよ?」
「いや、念には念を入れるべきだ! それにこのモフモフのうさ耳、可愛いボクにはピッタリだ! さすがはイツキ隊長! センスあるぅー!」
(キミ、それ被りたいだけだろ……)

 長い耳をモフモフと触りながら楽しそうなタロに、太郎は無言のまま白い目を向ける。

 すると樹が「とにかく」と、咳払いとともに話を切り替えた。

「いい? タロちゃんの設定は、『私の遠い親戚の子。今日は両親が出掛けていていないから、私が今日一日面倒を見なくちゃいけないから連れて来た』よ! 妃奈子ちゃんにはバレないように、二人ともしっかりと話合わせてね!」
「うむ! 任せたまえ!」
「はあい……」
「タロちゃん! やる気のない太郎ちゃんに代わって、私達がしっかりと二人を良い感じに持って行って、あわよくばくっ付けてしまいましょうね!」
「アイアイサー!」
「そして、ガッツリと遊んで行きましょう!」
「もちろんだ! この世界の遊園地にはボクも少しばかり興味があるからな! 社会見学がてら、存分に楽しませてもらうぞ!」
「……」

 作戦を決行しに来たのか、それともただ単に遊びに来ただけなのか。
 まあ、あまり乗り気じゃない太郎としては、後者の方が助かるのだが。

(だいたい二人は勝手なんだよ。僕はずっと嫌だって言っているのにさ)

 きゃっきゃっと楽しそうな二人に、太郎は既に本日何度目か分からなくなっている溜め息を吐く。

 そんな太郎の頭の中にあるのは、土田と妃奈子の関係。
 樹がどんな秘密を握っているのかは知らないが、二人の関係を知っている太郎にとっては樹の立てた作戦など、ただの迷惑でしかない。

 だってそうだろう? 既に恋人のいる想い人と遊んだって、それはただ自分が惨めになるだけなのだから。

(こっちはどんな顔で妃奈子ちゃんと会えば良いのかも、分かんないのに)

 それに何をどう頑張ったって、結果は同じだ。
 タロには悪いが、彼の追試試験は不合格で終わるだろう。

「大丈夫だ、タロー!」
「タロ?」

 不意に響いた、力強い彼の声。

 それに視線を向ければ、ニッコリ笑顔のタロが、自信満々に胸を張っていた。

「如何なる邪魔が入ろうとも、ボクが諦める事は絶対にない。やるだけの事はやってみせよう。何、案ずる事はない。キミにはボクが付いているのだからな!」

 一体彼は、どこからそんな自信が湧いて来るのだろうか。
 彼は違う世界で生きているもう一人の太郎だと言うが、それにしては性格が違いすぎる。

 ポジティブなタロと、ネガティブな太郎。

 違う世界で生を受けただけで、何故こんなにも違いが生まれてしまったのだろうか。

(たまに、タロの性格が羨ましくなるよ)

 常に前向きで明るい性格の彼。
 そりゃ、自意識過剰で、常識外れで、一緒にいてうんざりする時も沢山あるけれど。

 でも、それでも彼の前向きな性格は、後ろ向きな性格である太郎にとって、少しばかり羨ましかった。

「タロがそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもさ……」

 でも、いくら前向きに物事を考えたとしても、駄目な時はいくらでもある。

 だから今回のそれも、きっと駄目な時なんだ。

「妃奈子ちゃんの気持ちも考えなくっちゃ。もしかしたらもう、誰かと付き合っているかもしれないんだしさ」

『もしかしたら』ではなくて、『確実に』なんだけれども。

 しかし苦笑を浮かべる太郎にムッと眉を吊り上げると、タロは何かを決意したようにして、グッと拳を握ってみせた。

「大丈夫だ、タロー! 確かにその可能性は無きにしも非ずだが、乙女心と秋の空と言うではないか! つまり、今日のデートでヒナコがキミに乗り換えてくれるという可能性も十二分にあると言うわけだ!」
「それは、そう……なのかもしれない、けど……」
「無問題だ! キミには、この大天才魔法使いであるボクが付いているのだからな! 泥船に乗ったつもりでいたまえ!」
「それ、泥船じゃなくて、大船なんじゃないかな?」
「む? そうだったか?」
「うん、泥船だと沈んじゃうよ」
「あら、太郎ちゃん。泥船も大船も大して変わらないモノよ?」
「え? そうだったっけ?」

 泥船と大船では大分差があると思うのだが……。

 しかし、不思議そうに首を傾げるタロと、当然のごとくそう言ってのけた樹に、太郎が困惑の表情を見せた時だった。

「太郎君! 樹お姉ちゃん!」

 その名を呼ぶ少女の声が、待ち人の来訪を知らせる。

 太郎と妃奈子のラブラブ大作戦。

 開幕……否、開戦である。

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