バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

三日目② 情報戦

 太郎はこの上なく、自分の軽率な行動を責めた。
 何故あの時、あの問題児を置き去りにして来てしまったのか、と。

「これ、絶対にタロだ」

 投げ捨てて来たハズの伊達眼鏡(タロ)は既にその場にはなく、代わりに二人の男子高校生が転がっていたのである。

「一体何があったんだろう……」

 その場に伸びている二人の男子高校生……彼らは確か、勝とよく一緒にいる彼の不良仲間ではなかっただろうか。

 しかし、本当に何があったのだろう。
 この二人がタロに絡んで返り討ちに遭ったのか、はたまたタロが何の前触れもなく突然二人に襲い掛かったのか……。

 うん、どっちもありえそうで分からない。

「とにかく、タロを探さなくっちゃ……」

 これはあくまでももしもの話だが、太郎に置き去りにされた腹いせに、タロが力の限り暴れ回っているとしたら大変だ。

 被害者が不良男子二人だけで済むハズがない。
 おそらく被害者はもっと出る。

 大変だ。早く回収しなくては。

「おーい、タロー!」

 伸びている二人はその場に置いておくとして。

 太郎は彼の名を呼びながら、廊下を歩き回る。

「うん……?」

 しかし、とある空き教室の前を通り掛かった時だった。

 その中から聞き覚えのある少女の声が聞こえて来たのは。

「あ……」

 幸か不幸か。
 その空き教室の少し開いた扉の隙間から、中の様子が窺えた。

 そこから見えたのは、土田と妃奈子の姿。

 おそらくここで昼食を摂っていたのだろう。
 向かい合って座る二人の間の机には、二人分の弁当箱が並べられていた。

(そっか。妃奈子ちゃんは土田と仲が良いんだったな)

 タロに、早くフリーパス券を妃奈子に渡せ、と朝から口煩く言われていたせいで、土田を問い質すのをすっかり忘れていたが。

 それにしても、二人が仲良くランチしている姿を目撃しなければいけないなんて、自分は何てついていないのだろうか。

(早くタロを探しに行こう)

 その光景を忘れるべく、首を左右に振ると、太郎は再びタロを探しに行こうとした。

「……太郎君にバレちゃったかも」
(えっ!?)

 しかしその瞬間、聞こえて来た妃奈子の泣き出してしまいそうな声色に、太郎は思わず足を止めた。

「えー? でも太郎って、どっちかって言えば鈍い方だろ? お前の気のせいなんじゃねぇの?」

 そして次いで聞こえて来た土田の声。

 気付けば太郎は、再び扉の隙間から中を覗き込んでいた。

「ううん、太郎君って鈍いように見えて、鋭いところもあるから……。だからもしかしたら、私達の関係に気付いちゃったかもしれない」
「関係ねぇ……。でも、妃奈子は誤魔化したんだろ?」
「うん、一応……。土田君とは友達だって言ったよ。けど……」
「まあ、オレは別にバレても良いんだけどな」
「わ、私は困るよ! 太郎君にはまだ知られたくないもの!」
「でも、枯野会長は知ってるんだろ? だったら、太郎にも言っちゃって良いんじゃねぇ?」
「やだよ! こんな事話たら、太郎君がどんな顔するか……」
「まあ、お前がそう言うんだったら、オレも太郎には何も言わねぇし、アイツが何か言って来ても、適当に誤魔化しておくよ」
「本当!?」
「ああ。ここでオレが勝手にアイツにバラして、お前に嫌われちまうのも困るからな」
「あ、ありがとう、土田君っ!」

 その言葉に妃奈子が嬉しそうに笑えば、土田もまた優しい笑みを彼女に向ける。

(何だよ。やっぱり付き合っていたんじゃないか)

 それならそうと言ってくれれば良いのに。
 誤魔化す事もないのに。
 隠す必要もないのに。

(タロ、探さなくっちゃ)

 土田のために笑う妃奈子を見たくなくて。
 彼女の微笑みを独り占めする、土田の嬉しそうな顔を見たくなくて。
 教室の中の光景をこれ以上見たくなくて。

 太郎はゆっくりと、その空き教室から離れて行った。





 ――キミの見せたあの笑みを、本当は僕だけのモノにしたかった。
   茜色の中で笑うキミ。ああ、何て儚い幻だったのか。





 ポケットに入れておいたフリーパス券を、太郎は無意識のうちに握りつぶしていた。












(まったく、この世界の住人は、一体どんな教育を受けているのだ? 伊達眼鏡を振り回した挙句、ゴミ箱に捨ててはいけない、と親に教わらなかったのか!?)

 ポテポテと、ウサギのぬいぐるみが学校の廊下を歩いていた。

 ぬいぐるみとは言っても、大きなモノではない。
 鞄にチャームとして付けれるくらいの、掌サイズの小さなぬいぐるみだ。

(だいたいタローもタローだ! ちょっと注意したくらいで不貞腐れるとは! まったく、最近の子供はキレやすくていかん!)

 小さいとは言え、ぬいぐるみが廊下を歩いているのだ。
 そんな光景を見れば、誰だって驚き固まるだろう。
 無論、この学校の生徒達だって同じ事だ。
 歩くぬいぐるみの姿を見た者は、みんな驚き、我が目を疑っている。

 しかし、誰一人として、そのぬいぐるみに近付こうとする者はいない。
 皆が皆、見て見ぬふりを決め込んでいたのだ。

 だって何か怖いじゃん。
 そんな怪しいウサギに関わりたくないじゃん!

(まったく! おかげでうっかり忘却魔法を発動してしまったではないか!)

 殴……否、忘却魔法を発動させた腕を労わるように撫でると、ウサギはどこからともなく魔法のステッキを取り出した。(もちろん、魔法のステッキもウサギに合わせて小型化してある)

(しかしステッキが折れなかったのは、不幸中の幸いであったな。木製ではきっとポッキリ逝っていたのだ。ステンレス製を選んでおいて正解だったのだ。うん、品定めにも狂いなし。さすがはボク)

 さて。説明は不要かと思うが、一応しておこう。

 このウサギのぬいぐるみ、もちろん変身魔法で変身した、タロである。

 太郎に投げ捨てられた彼はあの後、しばらく喚き散らしていた。
 しかし戻って来る気のない太郎にようやく諦めると、タロはこの後どうしようかと、しばし考え込んだ。

 そしてその時運悪く通りかかり、これまた運悪く伊達眼鏡(タロ)に気が付いたのが、先程伸びていた二人の不良男子高校生だったのである。

 彼らは伊達眼鏡(タロ)を拾い上げると、あちこち触ったり、振り回したり、「趣味悪い眼鏡」と罵ったりした後、挙句の果てには近くにあったゴミ箱に投げ入れたのだ。

 あちこち触られていた時点で頭に来ていたタロは、ゴミ箱に入れられた事により、遂に堪忍袋の緒が切れ、咄嗟に忘却魔法を発動させてしまったのだ。

 だからさっき太郎が見付けた二人の不良男子高校生は、太郎が予想した通り、タロが暴れた惨劇の犠牲者だったのである。

(とにかくタローと合流せなばならん。そしてその後はお説教だ! まったく、仮にもこの世界のボクが、キレやすい上に幼馴染マニアだったとは、呆れてモノも言えんぞ!)

 さっき不良二人をぶん殴って気絶させたのは、果たしてどこの誰だったか。

(しかし……)

 ふと、タロの足が止まる。

 そしてステッキをどこかへと片付けると、タロはグルグルと周りを見回した。

(どこへ行ったら良いモノか……)

 そう、ここはタロにとって迷宮も同然。
 この世界に来た時は、魔法学校にあるレーダーを使って太郎の近くまで来る事が出来たが、今はそんな物はないし、太郎がどこにいるのか予想も付かない。
 もちろん、太郎の教室の場所だって覚えていないし、生徒会室(樹の小部屋)だって覚えていない。

 困った。どうしよう。
 どこへ行けば、太郎に会えるのだろうか。

(うん?)

 しかしその時、幸運にも見覚えのある少年がタロの傍を横切った。

 おそらく、彼の目には小さなウサギの姿など見えていなかったのだろう。
 彼はタロに興味を示す事なく、スタスタと歩いて行った。

(あれは確か友人A! さすがボク、ついている! Aに付いて行けば、太郎のいるところに戻れるぞ!)

 妃奈子と別れて、教室に戻るところだったのだろう。 
 その場を通り過ぎていったのは、友人Aこと土田だったのだ。

 何と言う幸運! これで太郎の隣の席まで帰る事が出来る!

 タロはポテポテと走り寄ると、そのまま高く跳躍し、ペタッと土田の背中に貼り付いた。

(おい、誰か土田に教えてやれよ。ヤバイウサギが憑いているって!)
(嫌だよ、オレ、呪われたくねぇもん!)

 その一部始終を見ていた生徒達がヒソヒソと親切を押し付け合っていたが、誰も彼に教えてやろうとはしなかった。
 だって自分まで呪われたくないし!

「あ! おーい、土田!」

 タロが土田に貼り付いて少しすると、前方から一人の男子生徒が歩み寄って来た。

「あ? おう、五十嵐!」
(イカラシ? む? ニューフェイスか?)

 歩み寄って来る男子生徒こと五十嵐に、土田は軽く手を上げた。
 どうやら親しい友人のようだ。

「やっぱクラスが違うと、中々会わねぇな」
「そうだな。一年の時は、これでもかってくらい顔合わせていたのにな」
「ホントだよなー。ところで次の授業、土田ンとこ何?」
「次? ああ、次は武田ちゃんの古典。今日いちやる気出るわ」
「ホント、お前って、胸のデカい女好きだよなー。あ、でもそういや武田ちゃん、さっきスプレー缶持って森田の事追い回していたらしいぜ?」
「森田? 何、アイツ、また何かやらかしたの?」
「それがさー、アイツ、今日金髪にして来たんだよ。それじゃね?」
「金髪かー。でも、何で武田ちゃんがスプレー缶持って追い回す事態になるわけ?」
「知らねぇよ。オレだって噂で聞いただけなんだから」

 友人同士、積もる話もあるのだろう。
 話に花を咲かす二人の会話を聞き流しながら、タロは暇そうに欠伸を噛み殺した。

「ところで土田。お前、二組の水城妃奈子と付き合ってんだって?」
(!?)

 しかし突然聞こえて来た五十嵐のその言葉。

 それを聞き逃す事など出来るハズもなく、タロの長い耳が、驚いたようにピンと張った。

(な、何だその情報!? ボクは聞いてないぞ!)

 土田の背中に貼り付いているため、タロから土田の表情は見えないが。
 それでも土田は首を左右に振る事で、五十嵐の言葉を否定していた。

「いや、付き合ってねぇよ。誰から聞いたんだよ、その誤報?」
「聞いたっつーか、噂になってんぞ。毎日二人で仲良く弁当食ってるって。何? 誤報なの?」
「いや、弁当の件だけは誤報じゃねぇけど……」
「えっ、マジで!? じゃあ、やっぱ付き合ってんじゃねぇか! 何だよ、隠さないで教えてくれれば良かったのにー!」
「いや、マジで付き合ってねぇから。弁当一緒に食ってるだけだから」
「付き合ってるヤツはみんなそう言うんだよ! で、いつから付き合ってんの?」
「だから付き合ってる云々は誤報だって! 妃奈子にも迷惑掛かるんだから、マジで止めろよな!」
「うーわ、妃奈子だって! 何? ファーストネームを呼び捨てですか? やっぱデキてんじゃん!」
「出来てねーから!」
「照れるな、照れるな! 顔、真っ赤だぜ?」
「照れてねぇ! お前、オレの話ちゃんと聞けよ!」

 土田の表情は見えないが、どうやら真っ赤になりながら必死に否定しているようだ。
 必死な土田のこの様子。本当は付き合っているとしても、確かにおかしくはない。

(妃奈子が友人Aと付き合っている!? バ、バカな……それではタローが妃奈子と付き合えるとしたら、それは略奪愛になってしまうではないかっ!?)

 妃奈子を土田と別れさせ、改めて太郎とくっ付ける。
 そんな事が果たして可能だと言うのだろうか。
 しかも一週間、否、残りたった五日間でそれをやってのけろと言うのだろうか。
 いや、そもそも略奪愛だなんてそんな人の道に反する事を、魔法学校はタロにやらせようと言うのだろうか……。

(ふ、ふざけるな! 例え追試だろうと、そんな邪道な事など出来るか! あ、でも留年はしたくない……)

 略奪愛を避けるのであれば、妃奈子に二股をさせるしか方法が思い付かない。
 もちろんそれはそれで、邪道である事に変わりはないのだが。

(それともこれは、道理に反する事も出来なければ、立派な魔法使いにはなれないと言う、魔法学校の厳しい教えなのか……?)

 太郎と妃奈子を恋仲にする。
 それは、太郎にさっさと告白させれば済む話だと思っていたのに。
 それなのにまさか、既に妃奈子には恋人がいただなんて。
 まさかまさかの、三角関係だったなんて……っ!

(こんなの、国家試験レベルじゃないか! どうなっているのだ、魔法学校ーっ!)

 一気に難易度の上がった追試試験。

 とりあえず土田の名は、ラスボスとしてタロの頭にインプットされたのである。

しおり