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三日目① どこにでもいる嫌なヤツ

 何だ、何だ、まだ決心が付かんのか!
 別にデートに誘えと言っているわけではなかろう!
 ただ、遊びに行かないかと誘うだけではないか! 
 いい加減に行こうぜ、二組に!
 そして妃奈子を誘うのだ!
 何だよ、まだ決心が付かんのか!
 朝からウダウダウダウダしおってからに、もう昼ではないか!
 このままではあっという間に一日が終わってしまうぞ! 
 おい、コラ、聞いているのか、タロー!
 チキン! チキン!
 この幼馴染信者ッ!

 と、喚きまくっていた伊達眼鏡(に変身したタロ)を乱暴に外し、廊下の隅に叩き付けて来てから数分後。

 太郎はイライラとしながら学校の廊下を歩いていた。

 一時間目が終わった休み時間から、似たような文句をギャンギャンと喚かれていたのだ。

 温厚な太郎とて、我慢の限界だったのだろう。
 昼休み、遂に堪忍袋の緒が切れた太郎は、タロを叩き付けたまま置き去りにして来たのである。

 うわっ、何するんだ、タロー! 痛いではないか! あ、コラ、どこへ行くんだタロー! 置いて行くな! おい、コラ、聞いているのか、タロー! タロー! この井の中の蛙野郎!

 とか何とか叫んでいたが、無視して置いて来てやった。

 まあ、あれだけ元気なら多少放っておいても問題はないだろう。
 気が向いたら迎えに行こうと思う。

(でも、タローの声もずっと聞こえているってわけじゃないんだな)

 変身した後、太郎の頭に直接響いて聞こえるタロの声。
 どうやらそれは、ずっと聞こえ続けていると言うわけではないらしい。
 タロの傍から離れてしばらくすると、彼の声がプツンと聞こえなくなったのだ。

 どうやらタロから一定の距離を取ると、彼の声は聞こえなくなるようだ。

(はあ、でも本当にどうしようかな……)

 ポケットから取り出したのは、一枚の紙切れ……もとい、ドリームワールドの一日フリーパス券。今月のみ有効と書かれている。

(タロの言う通り早く渡さないと、本当に一日が終わっちゃうな。それにもしも渡せなかったら、姉ちゃんに何て言われるか分からないし……。はあ、でもいざ渡すとなると、例え遊びに行くだけでも勇気いるよなあ……)

 そう思いながら溜め息を一つ。

 金曜日の昼休み。
 トボトボと重たい足取りの男子高校生は、何度も深い溜め息を吐きながら、フリーパス券をそっとポケットに片付けた。

「あ、太郎! おい、太郎じゃねぇか!」
「え?」

 そんな時、太郎は不意に背後から声を掛けられた。

 誰だろうと思い振り返った太郎は、そこにいた人物に、ギョッとして目を見開いた。

「えっ、ええええええええ?」
「何だよ、その声! はっはーっ、それにしてもマジで久しぶりだな! 久しぶりついでにどうしたんだよ、真っ青な顔してさ。しばらく会わねぇうちに何かあったのか? よしよし、おにーさんが相談に乗ってやろう。遠慮なく話たまえ!」
「だ、誰ッ!?」

 そして太郎は思わずそう叫んだ。

 まあ、無理もない。
 だって目の前に現れた人物は、見た事もない、マジで誰だか分からない人物だったのだから。

「あ? 誰って何だよ? お前、マブの顔も忘れたのかよ?」
「マ、マブッ!?」

 彼曰く、どうやら彼は太郎の友達らしい。
 しかし太郎には誰だか分からない。

 確かに彼はだらしなくだが学ランを着ているし、胸に藤西高校の校章も付けているから、この学校の生徒である事は間違いないだろう。
 スラリとした長身と、キレ長の瞳も見覚えがある。

 しかし問題は頭だ。
 彼は金髪だったのだ。
 しかも重力に逆らって、ツンツンに逆立つ真っ金々の金髪だったのだ。

 知らない……こんな校則違反も良いところの人など知らない……。

「あ? あー、もしかして、この頭か?」

 何も言わずとも、彼は自分の髪色にその原因があると気付いてくれたらしい。
 逆立つ金の髪を弄りながら呟くと、彼は必死に自分がどこの誰かを考えている太郎に、明るく笑い掛けた。

「オレだよ、オレ! 二組の森田。森田勝(もりたすぐる)。お前のマブダチ」
「すぐる……? えっ、勝君ッ!?」

 ようやく一致した、頭の中の人物と目の前の人物。
 そう言われてみれば、確かに彼はクラスの違う友人であり、問題児であると評判の森田勝である気がする……が、確か彼は明るい茶髪だったハズだ。そう、先週までは。

「ど、どうしちゃったんだよ、その頭!? なんか、目が痛くなりそうなキンキラキンの金髪になっているけど!?」
「ああ、一週間掛けて染めて立てたんだ。そのせいで、ずっと学校には来ていなかったけど。どうだ? イカすだろ?」
「いや、イカすも何も校則違反だよ、ソレ!」
「校則ぅ? 何固い事言ってんだよ、ンなモン破るためにあるようなモンだろ? それに、どんなに崇高な校則と言えど、オレのこのピュアな恋心までは拘束出来ねーしなー」
「ピュアな恋心?」
「お前の樹姉ちゃんの好みの男が、金髪碧眼って聞いたんだよ。だからソレに合わせてみたんだぜ!」
「……」
「次は青のカラコン入れようと思ってんだよ。お前、どっか良い店知らねぇ?」
「……」

 ああ、もう、タロといい、樹といい、土田といい、そしてこの勝といい、どうして自分の周りにはこんな変なヤツばっかりが集まるのだろう。
 おい、誰だ、今、類は友を呼ぶとか言ったヤツ!

「でもそれだと、担任の先生に怒られるんじゃないの?」
「担任? ああ、新人の武田ちゃんな。あの子、怒っても可愛いんだよなあ」
「……」

 何言ってんだ、コイツ?

 担任教師の怒った表情でも思い浮かべているのだろう。
 デレデレと締まりのない笑みを浮かべ始めた友人に、太郎は友人としてどうしてやったら良いモノかと本格的に頭を抱えた。

「森田君! やっと見付けたわよ!」

 しかしそんな時だった。
 勝に向けられた怒りの声が響いたのは。

 振り返ってみれば、そこには長い黒髪を持った美女が、怒りの表情を勝へと向けていた。

「森田くん、あなたやっと登校して来たと思ったら! 何ですか、その頭は! うちの学校は黒以外禁止って知っているでしょう!?」
「うわお、噂をすれば武田ちゃん。やだなー。せっかくバレないようにHR出なかったのに。誰だよもー、武田ちゃんにこの事バラしたのー?」
「バラすも何も、そんな頭したら目立つに決まっているでしょう!? あの頭何とかしろって、何人もの先生に私が注意されたんだからね!」

 どうやらそれで、この新人教師は勝の事を探していたらしい。
 勝は勝で、バレれば担任教師に怒鳴られる事を知っていたのだろう。
 彼は出来るだけ彼女に会わないようにしていたようだ。

 ちなみに昨日土田が言っていた『ムチムチボインの武田先生』とは、彼女の事である。

「とにかくその頭、次の土日で黒くして来なさい! 出来ないなら私が今すぐこの場で真っ黒にしてあげるわ!」
「ヤダなー、武田ちゃんだって学生の頃、スカート短くしたり、金髪にしたり、ピアス開けたりして、違反しまくっていたんでしょー? だからさ、オレの金髪くらい大目に見てよ」
「いくら何でも、目がチカチカする程のの金髪になんかしていないわよ!」
(金髪にした事は否定しないんだ)

 教師として、嘘でも良いから否定して欲しかったと、彼女の両耳にある沢山のピアスホールを見つめながら太郎は思ったが、二人の争いには巻き込まれたくない。
 ここは黙って傍観に徹しようと思う。

「でも武田ちゃんだって、好きな人が出来たら趣味を合わせようとしたり、気に入ってもらえそうな事を言ったりして、好かれようとした事だってあったんだろー? オレだってそうなんだよ。だから見逃してよ」
「それに校則を破る必要なんてないでしょ! (ハート)で勝負しなさい!」
「パツキンは絶対なんだってー」
「そんな女は諦めたら良いじゃない! 校則破らなくても好いてくれる女なんて星の数程いるわよ!」
「ええっ、さすがに酷いよ、武田ちゃん! 男子高校生のピュアな恋心をそんなバッサリと斬り捨てるなんて!」
「ホント、ガタガタガタガタと口答えばっかりね! だいたいあなた、その頭の事は置いといても、いっつも遅刻ばっかりだし、授業には出ないし、言葉遣いもなっていないし、服装もだらしないし! 一回ビシッと言ってやろうと思っていたのよ!」
「えっ、そんなに沢山!? 待って、待って! それ、今関係なくない!?」
「いいえ、いい機会だわ! 今ここでビシッと……」
「廊下で女がギャンギャンと喧しいですね。何をはしたない事をしているんですか、武田先生?」

 廊下のど真ん中、しかも太郎や他の生徒達が注目する中で始まろうとしていた、武田教師による勝への公開説教。

 しかしそれを遮るようにして、苛立ったような男の声が響いた。

「ち……っ。あら、清野先生」

 声がした方向に視線を向ける。

 そこにあったのは、うんざりとした表情を浮かべる、頭に毛の生えていない代わりにほっぺのホクロから一本の毛が生えている、中年男性の姿。

 そう、太郎の担任教師でもある、生活指導の清野教諭である。

「良くないですね。あなたの声、校舎の一階から三階まで全部に響き渡っていますよ。女のクセにそんな大声出して、みっともないと思わないんですか?」
「ああ、すみません。今、森田君に頭の注意をしていたものですから」
「森田?」

 先程の武田先生の舌打ちには気付かなかった事にしよう。

 とにかく武田からその理由を聞いた清野は、その原因である勝に視線を向けると、バツが悪そうにして眉根を寄せた。

「清野先生からも注意して頂けますか? 生活指導担当なんですから」
「ああ? 言いてぇ事があるんなら、はっきり言えや、このホクロ毛ハゲ」
「……」

 勝は明らかに校則違反をしている。
 生活指導担当であるのなら、一言二言注意するのが当たり前だろう。
 しかし清野はその矛先を勝に向けるのではなく、あろう事か武田へと向けた。

「その生徒を正すのは、担任であるあなたの仕事でしょう? 無関係な私を頼ろうとするのは、止めて頂きたいモノですな」
「うわ、コイツマジか」
「まったく、これだから若い女は駄目なんだ。自分の力で改善しようと努力する事もなく、すぐに他人の力に頼ろうとする。あなたも女とは言え教師なのだから、少しは自分で何とかしようと努力したら如何ですか」

 一体どう言うつもりなのだろうか、この教師は。
 目の前で違反している生徒には一言も注意する事なく、その生徒を叱ろうとしていた教師を罵るだなんて。

「とにかく、自分の仕事くらいちゃんとやって下さいよ、武田先生」

 それだけを武田に言い残すと、清野は勝には本当に何も言わず、さっさとその場から立ち去って行った。

「鈴木! お前、スカートが短すぎるぞ! このバカが! 細井! 何だ、その頭は! 当校は黒以外禁止だと生徒手帳にも書いてあるハズだ! お前は字も読めないバカなんだな!」

 と、近くにいた女子生徒に八つ当たりをしながら……。

「うわあ、相変わらずだね、清野のヤツ……」
「ああ、オレみたいなのには何も言えねぇクセに、武田ちゃんや女子には暴言吐いてやがる……」

 目に留まった女生徒を怒鳴り付けながら去って行く清野を見つめながら、太郎が眉を顰めれば、勝もまた軽蔑の眼差しを清野へと向けた。

「アイツ、いっつもそうだよな。オレらみたいな強そうなヤツだと自分が傷付けられる恐れがあるから何も言わねぇけどさ。でも女子なら、いざとなれば腕力で押さえ付けられるってのがあるから、好き勝手言ってやがるんだぜ」

 そう、清野とはそういう教師なのだ。

 自分より格下に見ている女子や、大人しそうな男子には罵声や悪口に近い指導をするクセに、キレたら何をするか分からないような不良男子には自ら関わろうとはしない。

 怖いのだ。自分が傷付くのが。

 だから清野は自分を傷付ける恐れがある強そうな男子には何も言う事が出来ない。

 そして、その不良男子に何も言う事が出来ない分、その溜まった鬱憤を女子にぶつけているのだ。

 今のが良い例だろう。
 勝に何も言えないイライラを、武田や、目に目に付いた女生徒に撒き散らしながら足早に逃げて行く。

 何故、足早に逃げる必要があるのか。

 もちろん、モタモタしていたら勝に何を言われるか分からないからである。

「所詮は女だって、舐めてんだよな。アイツ、いつかシメてやるって、不良女子が言っていたぜ」
「あ、はははは、頼もしいなあ……」
「ホント……若い女だからって、舐めやがって、あのうつけジジイが……」

 ふと、太郎が乾いた笑いを零した時だった。

 震える怒りの声が、静かにその場に響いたのは。

「た、武田ちゃん?」

 声の主は、もちろん散々厭味を言われていた武田先生。
 よっぽど頭に来ているのだろう。
 その肩は、ワナワナと怒りに震えていた。

「新人だから強く言い返せないのを良い事に、グチグチとわけの分からねぇ能弁垂れやがって。女とは言え、年上の先生には意見すら言い返せないクセに調子こいてんじゃねぇぞ、クソが。テメェの寂しいその頭に花でも植えたろか、ゴラ」
「た、武田ちゃん、落ち着いて! いつもの可愛い武田先生じゃなくなっているからっ!」

 殺気を含むドス黒いオーラを放ち、更にはブツブツと何か呟いている武田から、底知れぬ恐怖を感じ取ったのだろう。
 しかし、そんな武田を勝が宥めようとした時だった。
 その武田の怒りの矛先が、真っ直ぐに勝へと向けられたのは。

「オイ、コラ、森田。テメェ、分かり切った口利いてんじゃねぇよ。そもそもはテメェのその頭が原因だろうが」
「うぇっ!? あ、えっと……っ」
「テメェが大人しくハートで勝負してりゃ、何も面倒な事起きてなかったンだよ。分かってんのか? ああ?」
「ご、ごめんなさい……」
「マジで悪いと思ってんなら、今すぐ真っ黒にしろや」
「え、いや、それはちょっと……」
「問答無用!」

 そう叫ぶや否や、武田はどこからともなく黒のスプレー缶を取り出した。

 だからと言って、髪を染めるためのスプレー缶ではない。
 壁に色を付けるためのスプレー缶である。

「ちょっ、待って、武田ちゃん、それ、ただのペンキ……」
「塗っちまえば変わんねぇよッ!」
「ぎゃあああああああッ!」

 ブシャーッと言う音とともに、黒へと塗り替えられていく金色の髪。

 太郎や他の生徒達の見ている前で、新人教師にスプレー缶で髪を黒に変えられている不良男子の姿は、関係のない自分から見ていても大変恐怖であった。

「うわああああああっ、た、助けてーッ」
「逃げんな、ワレェッ!」

 二年一組担当新人教師武田景子(たけだけいこ)
 スタイルも良く美人な彼女は普段は性格も良く、物腰も柔らかいとても可愛い先生。
 しかしその反面、短気でキレやすい。

(あれがなければ良い先生なのになあ……)

 ちなみに元ヤンである。

(あ、そう言えばタロ、今頃どうしているかな?)

 悲鳴を上げながら逃げ出した勝と、スプレー缶を片手に彼を追い掛けて行く武田を見送りながら。
 太郎はふと、投げ捨てて来たタロの事を思い出していた。

(ついイラっとして、思わず投げ捨てて来ちゃったけど……。あれからどうしたんだろう?)

 彼を廊下に投げ捨てて来てから、少し時間が経過してしまった。
 彼は今どうしているのだろう。
 まだ廊下に投げ捨てられたままになっているのだろうか。
 ……いや、それはないな。
 タロの事だ。大人しくその場で転がったままになっているわけがない。

 あ、どうしよう。何か嫌な予感がして来た。

(も、戻ってみようかな……)

 何故か額から流れて来た冷たい汗を拭うと、太郎は足早にタロの下へと向かう事にした。

しおり