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二日目⑦ 作戦会議

「何をやっている!? 遅いぞ、タロー! 否! よくも置き去りにしたな! このすっとこどっこい!」
「あ、太郎ちゃん。お邪魔しています」
「………………何でいるの?」

 あれ、僕、朝鍵掛けたよね? 

 妃奈子と別れ、自宅に着いた太郎は、すぐにそこに違和感を覚えた。

 そう、玄関の鍵が開いていたのだ。
 
 まさかと思い、嫌な予感とともに家に飛び込んだ太郎は、急いで居間へと向かった。

 ガラリと少々乱暴に扉を開けた先にいたのは、やっぱりタロと樹。

 他人の家だと言うのに、勝手に上がり込んだ上に勝手にお茶まで飲んでいる。

 なるほど、これが『勝手知ったる他人の家』と言うヤツか。

「ねえ、僕、鍵を掛けておいたよね? 何でいるの?」

 とりあえず、真っ先に思う疑問を口にする。

 今朝、遅刻しそうだったとは言え、ちゃんと玄関の扉を施錠してから出掛けたハズだ。
 いや、それともそれは気のせいで、遅刻しそうだったためにうっかりと鍵を掛け忘れてしまったのだろうか。

「む? 何を言っているのだ、タロー?」

 しかしその疑問には、タロが胸を張って答えてくれた。

「ボクは魔法使いだぞ! こんな家の鍵など、ボクの魔法でちょちょいのちょいだ!」
「……。この世界だと、勝手に鍵を開けて家の中に入るのは、不法侵入になるんだけど」
「む? それくらいは知っているぞ? ボクの世界だってそうだからな!」
「じゃあ、何で開けたんだよ?」
「この家はキミの家だろう? と言う事は、パラレルワールドのキミであるボクの家でもあると言う事だ。つまり、ボクがボクの家に勝手に入ろうが何をしようが、何の問題もないと言うわけだ」
「……」

 最早、呆れて何も言えない。
 と言うか、前々から思っていたが、何でいつもいつもロクな魔法を使わないんだよ、キミは!

「まあまあ、太郎ちゃん。良いじゃない、そんな固い事言わなくっても!」
「姉ちゃんも、何で勝手に入っているんだよ……」

 お茶を飲んでくつろいでいる、もう一人の不法侵入者こと樹。

 ニコニコと笑いながら宥めて来る彼女に白い目を向ければ、彼女は「てへっ」と右頬に人差し指を押し当てながら、可愛らしく小首を傾げてみせた。

「だって、タロちゃんに上がってお茶でも飲んで行けって誘われちゃったんだもん。あ、でもお茶を淹れたのは、私だけどね!」
「大天才とは言え、ボクは料理が苦手でな。でもお茶が飲みたかったから、イツキ会長に淹れてもらったのだ」

 それは料理じゃない。

「タロちゃんにはお世話になったから。だからお茶くらい淹れてあげなくっちゃね」
「お世話……?」

 それは一体何の事だろう。
 もしかして、樹の好きな漫画の主人公に変身してもらった事を言っているのだろうか。

 そう聞きたげに太郎が首を傾げれば、頬を桃色に染めた樹が、フニャリとだらしなく目尻を垂らし、クニャリと口角を幸せそうに持ち上げた。

「タロちゃんのお陰で、ディアン様と下校すると言う夢が叶ったわ!」
「……はい?」

 え、何? どうゆうこと?

「ディアン様に変身してくれたタロちゃんとね、一緒に帰って来たの。ディアン様と自転車に二人乗りも出来たし……ほあああああー、幸せだったわあー」
「え……?」

 待て。ちょっと待ってくれ。

 ディアンと言えば、あのファンタジー漫画の主人公。
 金色の髪と青い色の瞳、ゴデゴデの鎧に、無駄に美しい剣を携えた男……。

 それと一緒に帰って来た?
 それも僕ん家に?

「あの、それは、周りの人達から見たら、姉ちゃんがコスプレ男と一緒に自転車に乗って、僕ん家に帰って来たようにしか見えないと思うんだけど……」
「あら、良いじゃない。周りの人がどう思おうが関係ないわ」
「姉ちゃんが関係なくとも、僕は関係あるんだけど……」
「どうして?」
「姉ちゃん達が僕の家に帰って来たら、僕まで変な目で見られるじゃないか」
「ああ、それなら大丈夫よ。私達が太郎ちゃんの家に入るところ、近所のおばちゃん達しか見ていなかったから」
(どうしよう、僕の世間体……)

 明日、近所のおばちゃん達に会ったら何て言おう。
「あら、太郎君。昨日、樹ちゃんが変な人連れてあなたのお家に行ったみたいだけど、何かあったの?」
「あ、今度学芸会で演劇やるそうなんで、その練習だそうです」
 うん、そうしよう。そう答えよう。

「まったく、この世界のボクながらに嘆かわしい。タロー、キミは少々他人の目を気にしすぎではないか? 少しはイツキ会長を見習って、もっと堂々と生きたらどうだ?」
「……」

 周りの目を気にしなさすぎるのも、どうかと思いますが。

 そう思った太郎であったが、ここは敢えて黙っておく事にした。

「まあまあ、そんな事より! あのね、太郎ちゃん、今、私とタロちゃんとで、『太郎と妃奈子のラブラブ大作戦!』を考えていたの!」
「え?」

 何をまた勝手な事を……。

「あの、今更な話なんだけど、僕は妃奈子ちゃんに告白する気、微塵もないからね?」
「何を消極的な事を言っているか! せっかくイツキ会長が考案してくれたのだぞ! いい加減に腹を括らぬか!」
「そうよ! 太郎ちゃんは消極的すぎよ! 少しは積極的にならなくっちゃ! じゃないと、いつまで経っても、ただの幼馴染なだけよ!」

 だからずっとただの幼馴染で良いと言っているじゃないか。
 だいたい、消極的なのも仕方がないだろ。そういう性格なんだから。
 すぐに積極的になれだなんて、それこそ偉大な魔法でもない限り無理だ。

「とにかく! ボクの追試試験合格のために、キミには何が何でも妃奈子に告白し、そして番になってもらう!」
「そうよ! 私達が絶対に番にしてみせるわ!」
「番って言うな」

 もっと品のある言い方があるだろうに。

 しかし、ここでふと、太郎にはとある疑問が浮かんだ。
 それは何故、樹がタロの試験にこんなにも積極的になっているのか、と言う事である。

 確かに樹は、「ディアンに化けてくれたら、追試に協力しても良い」とタロと約束をしていた。
 しかし、太郎が妃奈子に告白したくないと言うのは、昔から一緒にいる樹には、十分すぎる程に分かっているハズなのだ。

 進級が懸かっているタロが必死になるのは分かるが、ただ口約束をしただけの樹までもが、嫌がる幼馴染に無理矢理告白をさせようとしているのは、どうにも納得がいかない。

 ディアンと下校出来たのがよほど嬉しかったのか、はたまた約束は絶対に守らねばならないと言う心情があるのか、あるいはただ単に面白がっているだけなのか……。

 一体、樹はどう言うつもりなのだろうか。

「太郎ちゃんのお父さんとお母さんって、デパートの福引で『ハワイにペアでご招待券』を当てて、一週間の海外旅行に行っているでしょう? 実は私もね、その福引でドリームワールドのフリーパス券を当てたのよ」

 そしてまた勝手に話を進めるつもりだし。

 仕方がない。
 話くらいなら聞いてあげよう。

「ドリームワールド? ああ、最近オープンしたばっかりの遊園地だっけ? 確か土田が言っていたよ」
「三等賞だったかな? そのオープンしたばかりの遊園地のフリーパス券が四枚あるの」
「四枚?」
「ええ。太郎ちゃんと妃奈子ちゃん、そしてタロちゃんと私の分よ」
「キミの事だ。どうせ二人で行けと言っても断固として拒否するのだろう? ならばボク達も含めて四人で行かないか、とイツキ会長が提案してくれてな。しかし安心したまえ。キミ達の邪魔は一切しない。ボク達はキミ達の、ムード盛り上げ隊なのだ!」
「えっ!? え、ちょ、ちょっと待って? え、タロも来るの!?」

 百歩譲って、樹は問題ない。

 しかしタロは、この世界ではありえない二頭身のデフォルメ体型なのだ。

 そんな、この世界ではありえない姿で遊園地に来られたら大変な事になる。

 騒ぎになるのは間違いないし、下手をしたら珍獣扱いで研究所に送られたり、見世物として動物園に連れて行かれたりするかもしれない。

 そうなれば告白なんて、呑気な事をしている場合ではなくなってしまう。

 ニュースだよ、ニュース! お昼のワイドショー飾っちゃうよ!

「何、案ずるでない。さすがのボクとてこの姿で行けば、アイドル並みに人々の注目を集めてしまう事は請け合いだ。それはボクとて避けたいからな。だから当日は、変身魔法でこの世界の人間の幼児となって行こうと思う。安心したまえ」
「遠い親戚の子って事にするわ」
「遠い親戚って誰だよ……」
「太郎ちゃんって意外と細かいわよね。そんなの架空の人物よ。適当に話を合わせれば良いじゃない」
「妃奈子ちゃんにバレたらどうするんだよ?」
「大丈夫よ。例え幼馴染とは言え、相手の親戚全部把握している人なんていないんだから」
「……」

 そう言う問題なのだろうか。
 何か不安だな。

「とにかく、明後日は丁度土曜日でしょ? だから太郎ちゃん、明日、妃奈子ちゃんを誘っておいて。久しぶりにみんなで遊ぼうって。それなら太郎ちゃんも誘いやすいでしょ?」
「あ、うん……」
「うわわわーい、うわわわーい! 遊園地、遊園地ー! 楽しみー!」

 何だかもう、勝手に遊園地に行く方向で話が進んでいるが……。

 でも……。

「でも樹姉ちゃん。僕はきっと、妃奈子ちゃんに告白なんてしないよ。行ってもきっと無駄だよ」

 そうだ。場所なんて関係ない。
 場所がどこであろうと、太郎には、妃奈子に告白するつもりも、勇気もないのだから。
 万が一良い雰囲気になれたとしても、彼が彼女に告白する可能性は低い。

 だから樹の立てたその作戦も、きっと無駄に終わるだろう。
 それだったら、最初から行かない方が良いのではないだろうか。

「別にそれでも良いわよ。私だって、久しぶりにみんなで遊びに行きたいし。太郎ちゃんだって、普通に妃奈子ちゃんとお出掛けしたいでしょ?」
「ボクとしては、キミには早急に告白をして頂きたいところだが……。しかしまあ焦っても良い結果は出ぬし、コミュニケーションを取るのもまた大事だろうからな。それに何より遊園地だ! ここは深く考えず、存分に楽しんで来ようぞ!」
「うん……」

 どうやら二人は、本当に遊びに行くのも目的であるらしい。
 太郎の告白(タロの追試)については、出来たらラッキーくらいにしか思っていないようだ。

(僕は本当にこのままで良いんだ。それに……)

 妃奈子と一日中一緒にいられるのは嬉しい。
 そのきっかけを作ってくれた件に関しては、樹にもタロにも感謝はする。

 だけど……。

(妃奈子ちゃんは、土田の事が好きなのかもしれないんだから……)

 先程の妃奈子との会話、そして妃奈子が見せたあの表情や反応。

 妃奈子が土田に好意を寄せている、もしくは既に付き合っていると言う可能性はゼロじゃない。

(もしもそうだとしたら、僕は妃奈子ちゃんの恋を応援してあげるんだ。彼女が幸せなら僕だって嬉しいし、彼女との関係も、このまま壊れる事なく続けられるんだから……)

 そんな小さな決意を胸に秘めて。

 秘めた心の奥底が、先程よりもズキズキと痛んだ気がした。

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