第三十話 メイクはひとりじゃ選べない
「あら、前貸した服着てきたんだ」
「変じゃないかな」
「似合うよミツミ」
ミスティ、ヒューノバー、私の三人は総督府の門で集合した。以前ミスティに借りたチャイナテイストの服を着てみたが、二人の言葉で安心する。
行きましょう。とのミスティの言葉と共に三人揃って歩き出す。
「ミスティってメイクしてるよね。まつ毛とかすごい綺麗に上がってるし、アイシャドウもつけているし獣人用にも化粧品あるんだね」
「そうよ。人間みたいにファンデ塗ったりはしないけれど、チークとかリップとかもあるし」
「はえ〜、俺には分かんないことばかりだね」
「あんたもちょっとは勉強なさい。今日は良い機会なんだから」
ミスティがヒューノバーの脇を小突くと尻尾が少し膨らむ。驚いたようだ。
街の歩道を進みながら、どこに人間用の化粧品店があるのか。とミスティに聞いてみると前回ヒューノバーと共に行った場所とは違う商業施設らしい。
「人間用って中々売っていないからねえ。この国、人間にはそこまで優しくないから」
「なんか……昔のことと言え、差別された側が今度は差別する側に回るって言うのも、ちょっと悲しいね」
「そうだなあ。やっぱり差別時代のことを小学校の授業とかで教えられた時があったから、それが影響しているんだろうね」
学校には獣人以外でも人間も通って居るだろうが肩身が狭そうだ。そう思うと総督府内では人間は少数ながら働いているのもあるが、今のところ目立った差別もなく、意識改革は進んでいる方なのだろう。
まあライオンの彼女はまた話が別ではあるが。
「地下鉄乗りましょう。歩きでも行けるけど時間がかかるわ」
「地下鉄、かあ」
一瞬強姦未遂がフラッシュバックした。が、この二人と共になら大丈夫だろうと地下への入り口を降ってゆく。
腕時計型のデバイスで改札を通りホームへと向かう。そこそこ混み合っているようだが獣人がやはり多い。人間もぽつりぽつりとは見えるがやはり少なく感じる。
「ウィルムルの街って首都って言うけれど、人間あまり見かけないよね」
「人間街とかあるからそこに行けば結構居るよ。友人と行ったことあるけど新鮮だったな」
「ふうん。人間街かあ」
「そこに今から行くのよ。ここよかミツミも安心出来るでしょう」
ホームに電車が入ってくる。入り口が開いて乗り込むと視線を一瞬感じた。う、と少し気持ち的に後ずさる。
「やっぱちょっと居ずらいなあ、この国」
「慣れしかないわよ。そこはね」
吊り革に捕まり、電車が発車した。ヒューノバーは身長が高いから吊り革で腕が疲れなくていいなあ。なんて思いながら電車に揺られてゆく。
「人間街ってどんな感じ? 雰囲気とか」
「別におかしなところでもないよ。犯罪率も高い訳でもないし」
「そうそう。ただの獣人が人間になっただけだから。外が違おうが中身に変化とかある訳ないしね」
この二人は人間に接する機会が多かったこともあるのか、偏見はほとんど無いのだろう。近くにこういうヒトが居るのは運がよかっただろうな。
雑談をしながら電車に揺られて目的地最寄りの駅に着く。降りてからエスカレーターで登ってゆくと、人間が他の場所よりも多く見受けられた。
こっちよ。とミスティの案内で改札を出て街に出る。人間が本当に多いな。
「あそこに見える商業施設。すぐに着くわ」
「行くぞい!」
「迷子にならないでねミツミ」
街ゆく人々に人間が多いこともあり、少々気が大きくなっていた。駆け出そうとするとヒューノバーに左腕を取られ、右腕もミスティに取られる。宇宙人かな。
「あなた絶対迷子になるタイプだわ。絶対はぐれないで。ヒューノバーあんたも捕まえとくのよ」
「手繋ごうミツミ」
「嫌だあい!」
「傷付く」
しゅんと耳を垂れさせたヒューノバーだったが腕は離さずにミスティと共に両脇を抱えられて歩道を歩いてゆく。周りの目が獣人ではないのに痛い。
商業施設に着いて中に入れば、さっぱりとした内装だ。メイク用品は二階だとミスティに案内される。
「ミスティ、ここ来たことあるんだね」
「人間の友人居るからね。選ぶの手伝ったりしていた時もあったし、何度か足を運んでたのよ」
「へえ〜。あ、心理潜航捜査官の養成学校で?」
「そ。あそこは人間もいるから」
二階のメイク用品店に着くと様々なものが並んでいる。若干テンションが上がっておかしくなりつつあったが、ミスティとファンデーションと下地のエリアへと向かう。
「このファンデ、よれにくいって有名なやつ。あ〜、でもミツミの肌質が分からないからどれがいいかしらね」
「一応混合肌なんだけど」
「ああ、じゃあこれでもいいかもね。色味ちょっと手の甲に塗ってみましょう」
「俺には分からない会話だよ……」
「学べあんたも! ミツミを誉めることが出来るようになるわよ。色々化粧分かると」
ミスティとやんやと騒いでいるとヒューノバーは別に棚の前で考えに耽っているようだった。少し意識をそちらに向けてみると、ネイル用品らしかった。
棚に目を釘付けにしているミスティから離れてヒューノバーの元へと向かってみる。
「ヒューノバーはネイル興味あるの?」
「あ、いや、ミツミ何色が似合うかなって」
「私は暖色系が似合うって言われているよ。何々選んでくれるの?」
んー、と少々考える仕草をした後、ひとつのネイルの小瓶に指を伸ばした。
「この色どうかな。レンガ色」
「ああ、かわいいね。多分肌色にも合うと思う」
ヒューノバーから小瓶を受け取る。レンガ色の茶色だが赤みが強い色だ。
「これ買ってみるよ。ありがとうヒューノバー」
「ん、いいよ」
「ちょっとミツミ! いちゃついてないでこっち来て! めっちゃいいリップティントあったから!」
ミスティからの声にそちらに戻ると、これどうかしら。とテスターを渡される。ブラウン味の強い色だ。手の甲に塗ってみると発色も良くかわいい色だ。
「あなた基本オレンジメイクでしょ? これだったら多分合うと思う」
「うん、好みだしこれでも良さそう。ファンデもさっきの選ぼうかな〜」
「アイシャドウとか足りてる?」
「買ったばかりのやつだったから大丈夫」
「そう、じゃあ会計……の前に私もマスカラ見てもいい?」
「いいよ〜。良さそうなの教えてよ」
ミスティとマスカラが置いてある場所に向かうと、ひとりのヒトが立っていた。そのヒトに私は見覚えがあった。
声をかけようとすると、先にミスティが声を上げた。
「室長!?」
「室長?」
「ん? ああ、ミスティ」
以前、強姦未遂で助けてくれたサイボーグの女性の姿がそこにはあった。