第二十九話 らいおんさんと番事情
「あっはっはっはっは! あんたあいつに会ったんだあ!」
ミスティの大笑いが食堂の片隅に響く。ヒューノバーと食事を摂っていたのだが、ミスティが私たちを見つけて声をかけてきたので食事を共にすることになった。
雑談中、そういえばこの前言っていたライオンの女性に会ったのだ。と言うとミスティは笑い出したのだった。片隅と言えども周りの視線が痛い。
「何かいちゃもんつけられたでしょ。顔見りゃ分かるわ」
「あー、まあそうですね」
「彼女、何度か俺に告白してきた女性だ。何を言われたの?」
「あの方にあなたはふさわしくないですわ! って感じ」
「似てる似てる。お高くとまってんのよねえ。まあ仕事は出来る女ではあるんだけど」
「どこの所属なんですか? あの方」
「財務局よ。たまに出入りした時に噂は聞いているんだけど、まさか本当にあんたに特攻するとはねえ。あははっ」
ミスティは余程おかしいのかきゃらきゃらと笑っている。私は食事を口に運びながら、どんな女性なのかと聞いてみる。
「あいつ、リリィ・サクソンって言うの。財務局では結構有名。有能ではあるけれども、性格がねえ〜。ライオンこそ至上って感じでほとんどの種族見下してる訳。まあヒューノバーは虎だから目についたんだろうけど、なにヒューノバー、あんたあいつから告白されてたんだ?」
「ああ、うん。何度か付き合ってほしいって言われてその度断ってはいたんだけれど」
「リリィさんは諦めていなかった、と」
獣人の中にも種族差別はあるらしい。
まあ百獣の王に釣り合うのならば確かに虎は当てはまるだろう。この隣で食いカスを口につけている呑気な虎ちゃんでも、だ。
「なーんか、今後も付き纏われたりしないでしょうか」
「さあねえ。まああいつ何度も告白してるのなら諦め悪いってことだろうし、覚悟はしておいた方がいいんじゃない?」
「うう、面倒くせえ」
なんだか食事の味がよく分からなくなってきた。唐揚げ定食だったがひとつ摘んでヒューノバーの皿に移す。
「これあげる」
「ありがとう。多かった? 食事」
「いや、なんか付き纏われる未来想像して胸焼けしてきた」
「……なんだかんだであなたたち、距離は縮まっているみたいね」
「え?」
「敬語無くなってるし。私にも敬語無しでいいわよ。こっち散々ため口だし」
少々考える。ミスティには大分世話になっているし、距離も近づいてきてはいる。彼女の性格的にもう少し歩み寄っても大丈夫だろうと結論を出す。
「うん、じゃあミスティって呼んでもいい?」
「いいわよ。私もミツミって呼ぶわ」
「お、ツガイちゃん卒業か」
「たまに呼んであげるわよ〜」
それはちょっと、と苦笑いを返すと冗談よ。と返ってくる。
「しかし、どうやって追っ払った訳?」
「ヒューノバーをもふもふと」
「……アースには獣人居なかったでしょうけど、そこらの野良猫感覚で居るとそのうち痛い目見るわよ」
「そうだよ。その、自制が効かない時だってあるかもしれないし……」
「んな目で見んなよ」
以前のヒューノバーへのスフィアダイブ事件を思い出して少しげんなりした。男女のあれこれ、私には心底から向いていないのだと思うが、ヒューノバーとくっつく未来はほぼ確定なのでどうにか慣れるしかないだろう。
「ね〜え、ヒューノバー。あんたから見てミツミってどう言う印象なのよ」
「え?」
「だってあんたが数年も待ちに待ったツガイちゃんな訳でしょ。期待もあったでしょう」
「……雰囲気が柔らかくて、一緒にいるとほわほわする、かな」
「だってよ〜。ミツミちゃぁん」
「あと結構鈍いと思う」
「どこが鈍ちんだって虎助」
「トラスケ……?」
私、そこまで鈍い人間ではないと自身では思っているのだが、ヒューノバーからすると充分鈍いらしい。具体的にどこが鈍く感じるのか。と聞いてみる。
「手を繋ぎたいなって思って手を差し出したら指相撲が始まったり、いきなり謎の手遊びが始まったり、かな」
「ぶはっ!」
「え〜、遊んでほしいのかと思ってた」
ミスティが吹き出してひいひい言っている。そういえば人気の無い廊下で手を差し出されたことがあったが、手を繋ぎたいと言うことだったらしい。私としては以前手を繋いだ時は不安定だった時だが、今現在職場に居るのに手を繋ぐ意味あるか? と疑問が浮かんでくる。
「職場で手を繋ぐのはどうなの? ミスティはどう思う」
「くく、ま、そうね〜。心理潜航捜査官って夫婦多いでしょ。ここでもいちゃついてるヒトは見かけたことあるわよ。廊下で腕組んで歩いてたり、あ〜ん、とか言って食事食べさせてたり」
「絶対そんなのになりたくねえんだが」
公衆の面前でそんなことをすりゃあ末代までの恥だぞ。私的には。
が、ヒューノバー的にはイチャコラしたいらしい。そこら辺の反りは合わないか、それとも私が恋愛モードになれば合うのか。今現在では謎だ。
「ヒューノバーもあ〜ん、とかされたいの」
「俺は、その、恥ずかしいかな。人前では」
「その言葉に安心したよ」
「でもそれ人前じゃあなきゃやりたいってことでしょ? 人気の居ない部屋に連れ込んで」
「人聞き悪いこと言わないでくれよミスティ」
「まああんたがそんな獣人じゃあないことくらい分かってるわ」
そう言えばこの二人は同期だったな。と思い出す。ついでに養成学校時代に両名のバディ同士が浮気をしたのも思い出した。
結構苦い思い出を抱えた者同士なんだなあ。と茶を啜る。
「とりあえずはしばらくはミツミのことひとりにするんじゃないわよ。ヒューノバー。あいつ絶対絡めるタイミング見計らうわよ」
「女性用トイレで今回出くわしたんで、流石にそこまで見張れないっしょ」
「建物端のトイレにでも行くことね」
「総督府どんだけ広いと思ってるの。私に漏らせと?」
「一応ミツミと行動は共にするようにはするよ。ミツミ、大丈夫だからね」
ふんわりと笑顔を乗せた虎の顔。この顔にも恐怖心を抱かなくなってきた。というかゆるくて可愛いとすら思う。結構絆されているな。と思うのだった。
あ、と思い出したことがあった。
「ミスティ、街にさあ、人間用の化粧品店とかってあるかな」
「あるわよ。何? 切れそうなの?」
「いや、ちょっとどんなのがあるのか興味があって。あわよくば買いたい」
「次の休み空いてるなら付き合うわ」
「え、いいの? ありがとうミスティ。ヒューノバーも行くよね?」
「いいの? 俺行っても」
「前強姦未遂あったんでしょ。ボディガードは必要だと思うわね。来なさいあんたも」
次の休みに以前行けなかった観光地などの話に花を咲かせながら食事を終え、ミスティと別れる。ヒューノバーに部屋まで送ってもらい、少しだけもふらせてもらった。
「うう、ミツミ、手つきがいやらしい……」
「んな操奪われたみたいな顔すんな」
堪能してからヒューノバーと別れて何の服を着て行こうかな〜と気分良く鼻歌を歌うのだった。