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「ボロボロ崩れるな」瀬野さんは、キッシュに苦戦しているようだ。ナイフとフォークを置くと手に持ち、食べ始めた。ピザのように。
「アンタとは店に行けないわね」言うだけで、止めることはしない早坂さん。
おばあちゃんはと言うと、皿に盛られたなみなみのスープをお茶のようにすすっている。おばあちゃんの前には、それと壺以外何も置かれていない。
「あの、食べないんですか?」
「ん?ああ、美麗ちゃんは唐辛子以外の固形物は食べないのよ。だからポトフのスープだけよ。美麗ちゃん、美味しい?」
「味がしねえ!」そう言って、ズズズッと音を立てて啜る。
このおばあちゃん、ちょっとツボかも。壺なだけに。
「紹介が遅れたわね。雪音ちゃん、この人が座敷童子の美麗(みれい)ちゃんよ。美麗ちゃん、この子が、あの雪音ちゃんよ」
あのって、どの──?「中条 雪音です。よろしくお願いします」
「よろしぐ!美しいに麗しいと書いて、美麗だ!」
「名前負け・・・」隣から聞こえてきたので、すぐ遮った。「降る雪に、音が鳴るの音で雪音です!」
「ダッハッハ!良い名前だ!」
「素敵な名前よね」
一見、普通の人間にしか見えないが、このおばあちゃんは妖怪なんだよね。財前さんを思い出した。
「雪音、子供は何人産んだ?」
ステーキを飲み込んだ直後でよかった。そうじゃなければ吐き出していただろう。「おばあちゃん、わたしまだ独身です」
「そうが!?べっぴんさんだから、とっくに貰われてっかど思ったべ!」
「・・・残念ながら」
「遊里、オメエ貰ってやれ!」
今度こそ、噴き出した。水で助かった。おしぼりで口を拭う。
「あらあら大丈夫?美麗ちゃん、雪音ちゃんにだって、選ぶ権利はあるのよ?」
動揺してるのはわたしだけで、早坂さんは大人の対応だ。──ん?ということは、彼女はいないということか?
「正輝は駄目だぞ!コイツは全然喋んねーし、ロボットみてえな男だがらな!」
「・・・ばーさん、何度も言うが、俺は"まさぎ"じゃなくて正輝だ」
「どっつでも同ずだべえ!ガッハッハ!」
瀬野さんはいつも通り、うんざりしている。
このおばあちゃん、面白すぎる。