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「ちょっと2人とも、玄関で何してるの?」奥から木べらを持った早坂さんが顔を出した。「あらやだ!雪音ちゃん、凄い汗じゃない!まさか、走って来たわけじゃないわよね」
口の中が麻痺して言葉が出ない。泣きながら食べかけの唐辛子をアピールした。
「ああ、美麗ちゃん。食べさせたのね」
「美味すぎで泣いでだべこれ」
おばあちゃん、違う。
「最初に言っとけばよかったわね。美麗ちゃんは会った人に必ず勧めるのよ。美麗ちゃん、それは人間には耐えれない辛さだから、ダメって言ったでしょ?」
本当に、そういうことは早く言ってほしい。
「ささ、とりあえず上がりなさい。今お水用意するわ」
家の外観といい、こういうのを和モダンというんだろうか。広いリビングは全体的に和風な構造だが、取り入れてる家具など、所々に洋を感じる。勝手なイメージでマンションだと思っていたから、驚きだ。
「凄いですね・・・」
「何が?」
「お家」
「ああ、この家自体は財前さんの物よ」
「えっ!」
「借りてるのよ。内装は全部あたしが揃えた物だけど」
「ほえー・・・」としか、出てこない。
「さっ、座って」
案内されたテーブルの上には、豪華な料理が並べられていた。先に席に着いていた瀬野さんの向かいにおばあちゃんが座る。というか、よじ登る。早坂さんがおばあちゃんの隣に座ったので、わたしは瀬野さんの隣に座る。
「・・・デリバリーですか?」
「いやねえもう、あたしの手作りよ」
並べられた料理を改めて見て、唖然とした。ポトフにキッシュ、黒いソースがかかった牛肉のステーキ。真ん中には切り分けられたフランスパンが入った籠が置かれている。
これぞ、フレンチ?
「素人のレベルじゃないんですけど・・・」
「素人じゃないからな」と、隣の瀬野さん。
「えっ」
「そっか、言ってなかったわね。あたし料理人なのよ。一応。まあそれはいいから温かいうちに食べましょ」
驚きの連続で、脳内の整理が追いつかない。
フレンチだけど、手を合わせて合掌する。「いただきます」
キッシュを一口食べて、仰け反った。今回のは歓喜の仰け反りだ。濃厚なのに、くどくない!ポトフを食べて、仰け反る。スープの旨味!ステーキを食べて、仰け反る。この絶妙なソース!
「・・・雪音ちゃん、大丈夫?」
「美味すぎて、身体が反応します」
早坂さんは、嬉しそうに微笑んだ。「そう言ってもらえると、嬉しいわ」