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「ふふ。じゃあこれからも心配し続けるわ」
実際、この笑顔に安心してしまう自分もいるんだよな。「あ、でも、普通の事には心配しないでくださいね」
「例えば?」
「普通の女性が普通にしてる事です」
「例えば?」
「・・・例えば、んー、夜のランニングとか?や、そんな遅くない時間ですよ」
「何時?」
「・・・7〜8時」
「うーん、微妙な時間ね。もっと早く出来ないの?」
「・・・やっぱり、聞かなかった事にしてください」余計な事を言うと、過保護ぶりが悪化しそうだ。
「もうこんな時間ね。帰りましょうか。引き止めてごめんなさいね」
──まだ、大丈夫なのに。「・・・え」
「ん?どうしたの?」
「今わたし、何か言いました?」
「何かって、何が?」
──良かった。無意識に口に出ていたのかと思った。自分の感情に、焦る。
「じゃあ、行きますね」
「部屋まで送って行こうか?」
「10秒で着くので大丈夫です。・・・早坂さんも、気をつけて帰ってください」
ドアノブを引きかけたところで──「雪音ちゃん」
振り向くと、目の前に早坂さんの顔があった。
驚くより先に固まる。
早坂さんはわたしの顎に触れ、上を向かせた。しっかりと目が見えるように。
「何かあった時は、あたしの事を思い出しなさい。あなたを迷惑だなんて、絶対に思わないから。いい?」
"その人の事、好きなのかなーって"
不意に思い出す、春香の言葉。心臓が音を立てて鳴り出した。
触れられた顎が、異様に熱い。
「あ・・・あんなとこに猿が!」
「えっ、猿!?どこ!?」
早坂さんが運転席の窓を向くのを見計らって、ドアを開けた。
「トイレ我慢してたので行きますね!ありがとうございました!お休みなさい!」早口で捲し立て、勢い良くドアを閉める。そのまま走って部屋へ向かった。
靴を脱ぎ捨て、洗面所に直行して火照った顔を水で冷ます。鏡に映る自分の顔が、こんなに情けないと思ったことはない。
今になって、頭痛がぶり返してきた。そのままベッドに向かい、ダイブする。
──春香め、余計な事を言いやがって。変に意識してしまったじゃないか。
"何かあった時は、あたしの事を思い出しなさい"
早坂さんの匂いがわかるほど、近かった。あの香りは柔軟剤だろうか。自分で洗濯してるのかな。──・・・彼女とか?そういえば、彼女がいるか聞けって、春香に言われてたっけ。
自然に溜め息が出た。早坂さん、何かなくても、あなたの事を思い出しそうです。
さっそく、ドアを閉める間際の早坂さんのポカーンとした顔を思い出し、そのまま意識が遠のいていった。