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瀬野さんの手を振り払い、1歩踏み出したその瞬間、──ザバッと水しぶきが上がり、中から、早坂さんが顔を出した。その腕には、彼女が抱えられている。

瀬野さんが、大きく息をついた。

彼女は咳き込んでいるが、意識はあるようだ。
ホッと、胸を撫でおろす。
早坂さんはわたし達の元へ彼女を運ぶと、草むらにそっとおろした。わたしはボディバッグからハンカチを取り出し、彼女の顔を拭いた。

「大丈夫ですか?」彼女の咳が落ち着くのを待って言った。

「・・・か、川に近づいたら、急に何かに引っ張られて・・・」

「怪我はしてませんか?」彼女がうんうんと頷く。「早坂さんは・・・」

「あたしはこの通り大丈夫よ」笑顔を見せれる余裕に安堵する。「彼女、水を飲んでると思うから病院に行ったほうがいいかもしれないわね」

「遊里、奴は・・・」

早坂さんは濡れた髪を後ろに撫でつけ、川のほうを見た。「始末したわ。彼女抱えたままだったから少し手こずったけど」

「わ、わたしには、何も、見えなかった・・・」恐怖からか寒さからか、彼女の声は震えていた。

「おーい!大丈夫かあ!?」

大きな声で駆け寄って来たのは、あの、いつも会う、ウォーキングおじさんだった。
早坂さんが咄嗟に口を押さえる。──この状況で笑うか。

「今救急車呼んだから、待ってなさい」

どうやら、一部始終を見ていたらしい。「ありがとうございます」

「しかし、なんでまた溺れたんだ?この辺は流れも緩いしそんなに深くもないんだが」

「あー・・・」

「彼女、足つっちゃったみたいで」フォローを入れる早坂さんが不思議なくらい満面の笑みなのは、必死に笑いを堪えているからだ。

「そうかそうか、大変だったなあ。しかし兄ちゃん、かっこよかったなあ!この姉ちゃん取っ捕まえて自分が飛び込むんだからよ」

一瞬すぎて何が起こったかわからなかったけど、わたしを引き戻したのはやっぱり早坂さんだったのか。

「こっちの兄ちゃんも、姉ちゃんシッカリ受け止めてよ。2人ともスーパーヒーローみたいだったな!ハハハハハ」

2人を交互に見る。早坂さんは噴き出す一歩手前で、片や瀬野さんはうんざりといった表情だ。



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