8
「えっ、雪音ちゃんまさか、本当に?」
店長の問いに、答えることが出来ない。自分に対して、こんなに疑問を抱いたのは初めてだ。
「ッ・・・アハハハ」春香が突然、声を上げた。「アンタ、なに真剣に悩んでんの?ウケるんだけど!アハハハハ」
「ええ・・・?」自分の顔が引きつってるのがわかる。
「自分が同性愛者かもって考えたんでしょ。違うわよ、間違いなく」
「だ、だよね!」
「身近にいるからわかるわ。アンタはノーマルよ。てか、それも自分でわかんないとか、マジで天然記念物ね・・・引くわ」春香は本気で引いていたけど、わたしは内心ホッとした。何を考えてんだ、わたしは。
「男の経験がないからそーなんのよ」トドメを刺すのも忘れない女だ。
「じゃあ、最初の男として俺なんかどう?絶賛フリーだよ」
「結構です」
「最初が肝心なのに、さすがにそれは雪音が可哀想だわ」
「・・・凌ちゃん、俺の心が折れる前にビールおかわり」
凌さんは肩を揺らして笑っている。「まあ今時、経験ない子も珍しくないよ。それだけみんな自立してるってことだし。この先、良い人と出会えればいいね」
「凌さんが仏様に見える」
「あ、じゃあアンタも今度合コンに来る?」
「結構です」
堅物女、という言葉は聞こえないふりをした。俺も行きたい、という言葉も。
お開きになったのは、1時を過ぎた頃だった。
火がついた春香はあれから濃い目のハイボールを数杯やっつけ(数えてたけど途中で止めた)、2軒目に行くと騒ぎ出したので店長と2人で無理矢理タクシーに乗せた。
車内でも飲み足りないを連呼していたけど、おそらく明日は覚えていない。あたし昨日どうやって帰ったっけ?と連絡がくるはず。まあ、お決まりのパターンだ。
帰宅したその足で、浴室へ向かった。水に近い温度のシャワーを浴びて、酔いを醒ます。
夜通し観ようと思っていた海外ドラマは、お預けだな。
帰宅からベッドに入るまでの時間、およそ30分。目を閉じれば、一瞬で寝てしまいそうだ。
重い瞼と闘いながら携帯をチェックする。
「あ・・・」数件の新着メールの中に、オネエという文字を発見した。
【こんばんは。起きてるかしら?】受信時間は22時31分─。飲みに行ったから、携帯をチェックしていなかった。今の時刻は2時過ぎ。さすがにこの時間に返すのは失礼だよね。まあ、明日起きたら返せばいいか。
もうこれ以上は、頭が回らない──。