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アデルの計画

 アデルは考えた。
 エミールとの婚約以降に限った話ではない。
 幼い頃から、ある野望を抱いて生きてきた。 

 商売をして自立がしたい。

 父の言いなりになって振り回されている母を見て育ったアデルは、男に頼る生活よりも自立を望んだ。
 父の商才は認めるが、母だって賢い。
 その賢さを、父を操縦することだけに向けるのは勿体ない、と思いながら眺めていた。
 母自身は、そんな生活に満足しているらしいが、アデルは満足できそうにない。

 父のどこがそこまで魅力的なのか、さっぱり分からないが、母は父に惚れている。
 だから今の生き方に納得しているし、満足しているのだ。
 だが、アデルは違う。
 母は同じ女同士、自分が産んだ子どもだからと同じ生き方を望んでいる。
 そのことはアデルも理解しているし、同じ生き方をすれば共通点も多くて楽しいかもしれない。
 好いた男に仕え、愛する子どもに囲まれる生活も悪くはないかもしれないが、アデルは自立がしたいのだ。
 それにエミールのような婚約者をあてがわれるような運命を持つアデルの人生は、母の生き方と前提が違う。

 だからといって、女が1人で商会を始めたところで上手くいかないのはわかりきっている。
 ならばどうするか?

「パートナーが必要だわ。できれば、私と相性が良くて、賢くて、スマートに動けて、商才もある人物が良いわね」

 アデルは自室で一人、条件を口に出して言ってみた。
 それは思いのほか具体的に、次から次へと心と頭に浮かんでくる。

 信頼できて、頼りにできて。
 できれば、愛せる人がいい。
 心当たりならある。
 そして攻略法も分かっている。
 ならば、後は動くのみ。

 アデルは父を伴って、クレマン子爵の屋敷へと向かった。

「こんにちは、オスカーさま。お久しぶりです」

 オスカーは、自宅の応接間に突然訪れた赤毛の友人の姿に驚いた。

「こんにちは、アデルさま」

 オスカーは驚きながらも、挨拶を返す程度の社交術は使うことができた。
 彼は現在、父の伝手を辿り、小さいながらも堅実な経営をしている商会で働いている。
 修行中の身ではあるが、商売人としての基礎は家業の手伝いで身に着けていた。
 だから驚きを不快にならない程度で表し、客人へスマートな対応をとることぐらいはできるのだ。

 今日のアデルは、赤い髪を丁寧にハーフアップへとセットし、夜会に出るような赤いドレスを着て、華やかなアクセサリーを身に着けていた。
 その姿は、オスカーから感嘆のため息を引き出すだけの威力を充分に持っていた。
 オスカーは丁寧にアデルへ問いかけた。

「今日は、どのようなご用件で?」
「詳しい話は、お父さまとクレマン子爵さまの間で、なされると思うのだけれど」

 襟元は大胆に開き、スカートの部分にはたっぷりの生地にフリルトレース、刺繍も華やかに施されたドレスは、エミールと婚約を結んだときに着ていたのと同じドレスだ。
 煌びやかに輝くネックレスやイヤリング、髪飾りも同じ物をアデルは身に着けていた。
 それは意図的なもので、アデルの意思だ。
 物に罪はない。
 嫌な思い出があるのなら、良い思い出で上書きすればいい。
 奥に封じ込めた嫌な思い出にも学びがあるのなら、より良いではないか。
 後悔は、したくない。

「オスカーさま」

 アデルは彼の右手をとると、その場で優雅にひざを折り、足元にひざまずいた。
 オスカーが驚きに目を見開く。
 アデルは、彼に向かってスッと一輪の花を差し出して言う。

「私と結婚してください」

 オスカーの茶色の髪と瞳は窓から入る光に透け、柔らかく輝く。
 驚く姿すら好ましい彼と共に生きたいと、アデルは強く願った。

「ん。でも、ちょっと違うかな」

 オスカーはアデルから花を受け取ると、ふんわりと優しい笑みを浮かべて見せた。
 そしてアデルを立たせると、今度は自分がひざまずき、花を掲げながら言う。

「結婚してくださるなら、この花を私の襟元に……」
「ん。それも、ちょっと違うかも」

 二人は互いの顔を見つめて噴き出した。
 ケラケラ笑いながら立ちあがったオスカーは、手に持った花をまじまじと見ながら言う。

「コレって造花?」
「ええ、そうよ」
「よく出来てるねぇ。本物の花みたい」

 オスカーが感心したように言うのを聞いて、アデルは満足そうな笑みを浮かべた。

「そうでしょ? これで商売をしようと思ってるの」
「そうなんだ。それで本当のご用件は?」

 オスカーはアデルに造花を返しながら聞いた。
 アデルは軽い調子で言う。

「あ、それは婚約の申し込みよ」
「ん、そうなんだ……えっ⁉」
「ええ、そうよ。いま私の父と貴方のお父さまが詳しい内容を打ち合わせているところよ」

 オスカーは驚いて、普段通りの表情を浮かべたまま固まった。
 その姿があまりに可愛く見えたので、アデルはオスカーの頬にキスをした。
 そして触れたところからみるみる赤く染まっていくオスカーの姿を、堪能したのだった。

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