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宰相ルシーファの小言

城に戻るとこちらを待ちかねたという感じで淫魔将軍が出迎えてくれた。一応、勇者の元に向かった俺の身を案じていたようだ。だから、隠さず正直に勇者を見逃してやったと話したら、淫魔将軍が呆れるような顔をした。
「魔王が勇者を見逃すなんて話、聞いたことがありません」
「ほら、やっぱり、怒られた」
ねこみみメイドが、俺を情けないという感じで見ていた。そばにいた吸血姫も、俺の弁護はしなかった。俺との競争で疲れ、弁護する余裕がないだけかもしれないが。魔王の血を吸ったからと言って、魔王以上になれる道理はない。
「やれやれ、相変わらず、気分で行動される方だ」
淫魔将軍が呆れているところに、まるで女性ような美麗な顔立ちの白い翼に性別不詳の容姿をした堕天使が現れ、俺への批判合戦に参加する。見た目は天使だが、中身は立派な悪魔だった。
「将軍が御立腹なさるのも、当然。魔界の政を預かる身としては、魔王様には後顧の憂いを断つため勇者を確実に退治しておいて欲しかったところ。もし、魔王様が、勇者を退治していただいていたのならば、次の勇者が育つまで、向こう数十年は魔界は勇者におびえなくても済んだというもの。違いますか、魔王様?」
「そ、そうは言うが、弱い者いじめと言うのも良くはないだろう?」
「勇者が弱い者ですか? それは魔王様を基準にしての話で、他の魔界の住民にしたら、勇者は畏怖すべき脅威です」
「分かった、分かった、明日の朝一で勇者たちを追撃してくる。それで文句はなかろう」
「追撃? まさか人間界まで追いかけるつもりですか?」
形だけでも追いかければ、体裁はとりつくろえるだろう。追いかけるだけで、手を出さなければ、賢者との約束を違えたことにはなるまい。
「一度くらい人間界を見てきてもいいだろう?」
とりあえず、勇者を追いかければ格好はつくはずだ。追いかけて確実に倒す気がないという本音までは教えない。人間界に勇者が逃げ帰ったと俺が見届けて報告すれば、魔王の面目躍如のはずだ。俺が脅して、勇者を逃げ帰らせたと喧伝すれば魔王の権威の失墜もないはずだ。実際、俺は勇者たちを痛い目に会わせて魔界からの撤退を決めさせたのは事実だ。追撃とはいっても、絶対に勇者の首を持ち帰る必要もあるまい。
「その間、魔王様はこの魔界を留守にされるつもりですか?」
「仕方あるまい。不死の王はいなくなった。海の連中も最近はおとなしい。当分、魔界に乱を起こす者は出て来ぬだろう。しかも、今の勇者は弱い、ならば、こちらから人間界に乗り込む好機とは思わぬか?」
「また気分でお決めになる」
堕天使の宰相が俺の提案に苦笑する。
「勇者を見逃したのがよくないのであろう? だから、俺がその勇者を追いかけるついでに人間界を覗いて来てなにが悪い?」
「実は、勇者追撃と言うのは口実で、人間界の物見遊山が一番の目的では?」
「おいおい、疑うのなら、お目付け役でお前がついてこればいい、とにかく、勇者を見逃したことに文句を言い出したのはそっちだからな。その不満を解消するために勇者の追撃を提案したんだ。それとも、このまま俺が勇者を見逃したままの方がいいのか?」
「魔王様、そういうのは屁理屈と言いませんかな」
「屁理屈でも、理屈は理屈。筋は通っているだろ」
「はい、はい、勇者を見逃したことに文句をつけたのは私です。申し訳ありません。お好きになさって下さい」
堕天使は肩をすくめて笑った。
「それで、いいな?」
「はい。第一、お止めしたところで、勝手に行かれるのでしょ?」
「無論」
「では、お供します、陛下」
淫魔将軍が俺に忠義を尽くすように申し出る。
「当然、お世話係の私も」
「お姉さまが行くというのなら」
ねこみみメイドと吸血姫もぐいと俺に迫る。
「ん? おまえたち三人が俺に付いてくるなら、宰相殿も文句はなかろう」
「そうですね、彼女たちが一緒ならば、陛下も馬鹿な寄り道はしないでしょう」
「よし、決まった。明日の朝一で出かけるので、俺はもう寝るぞ」
話はこれまでと、俺は堕天使に背を向けた。
「はい、陛下、お休みなさい」
なんとか宰相を黙らせて、俺は魔王城の自室へと向かった。

俺が心地よく眠っていたとき、俺の寝室に。スッと人影が現れた。
「魔王様、その血、いただきに参りました」
吸血姫が、夜の闇の中で二ッと笑う。城までの競争に敗れたので、彼女は血に飢えていた。ゆっくりと妖しく魔王のベットに近づこうといたが、キラリとその喉元に剣が突き付けられる。
「淫魔の私を差し置いて、陛下に夜這いとは、新参者が出しゃばりすぎるぞ」
「おやおや、出しゃばるなということは、魔王様の夜の相手を将軍がなさると?」
「貴様は、ただ血に飢えておるだけであろう?」
「血に飢えるのは吸血鬼の性、もちろん血の代価を魔王様が望まれるのでしたら、代価にこの肉体を捧げるだけ」
「妹分が姉を差し置いて、こんな夜中になにをやってるのかしら」
淫魔将軍の他に、暗がりから猫のようにねこみみメイドがシュッと姿を現す。
吸血姫と淫魔将軍とねこみみメイドが夜の闇の中で三すくみとなる。
「たく、うるさい」
俺は寝ボケていた。魔王として寝込みを襲われるのは慣れているので、つい、魔法で追い出した。
一々まともに相手するより、外に放り出した方が楽なので、自然と身についていた所作だった。
一瞬で、魔王城のはるか上空に転移させられたねこみみメイドたち三人は、急に床が消えて落ちていく感覚に驚く。
「転移魔法!?」
「お姉さま」
ねこみみメイドを蝙蝠の翼を広げた吸血姫が右手でつかむ。
「将軍も」
「は、はい、お姉さま」
ねこみみメイドの襟首をつかんだまま落下する淫魔将軍を追いかけて、左手でつかむ。二人も空中でつかむのは以前なら至難の業だったろうが、昼間、魔王の血を肉体に取り込んだ効果で、咄嗟に成功させた。
「さすが、魔王様、一瞬で、こんな遠くに」
足元の魔王城がおもちゃのように見えて、ねこみみメイドはため息をついた。
「これがあるから、魔王様の寝室は、簡単には忍び込めないのよね」
ねこみみメイドも以前、魔王を篭絡しようと夜這いを仕掛けて、見知らぬ、山の中に飛ばされた経験を思い出す。だが、今夜は、吸血姫と淫魔将軍のふたりが抜け駆けするように魔王様の寝室に忍び込んだ。飛ばされると分かっていても、黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。
「でも、良かった。あなたがいてくれて」
ねこみみメイドは自分の襟首をつかんでいる吸血姫を見上げた。
「確かに。陛下の魔法の腕も、さらに上達したようで、こんなに遠くに飛ばされるとは」
淫魔将軍も、自分が飛ばされた高度に驚いていた。
「あんたも、何度か魔王様の寝室に?」
「淫魔として、それは当然。その度に、こうして何度も飛ばされてきたが、本当に陛下の魔力には感服する」
墜落したら確実に死ぬだろう空高くに放り出されたというのに、淫魔将軍は逆に嬉しそうに笑っていた。
「お二人とも、お話はあとで、地上に降りますよ」
蝙蝠の翼を目いっぱいに広げた吸血姫が、地上へと降下をはじめた。そこに、逆に地上から白い翼が迫ってきた。堕天使宰相である。
「みなさん、陛下の寝室で騒がれたようですね。いけませんよ、陛下の眠りを妨げるようなことは」
魔王の魔力を感知し、やってきたようだった。
「それは、この吸血鬼のガキが・・・」
「言い訳ですか? この私が、淫魔のあなたが度々陛下の寝室を騒がせているのに気づいていないと?」
「騒がしくする前に、いつも放り出されてる」
淫魔将軍が面白くなさそうに反論する。そう、淫魔としては陛下の寝室で嬌声をあげられていないのは、屈辱以外の何物でもない。
「そうですか、断っておきますが、陛下を堕落させるのは、まず、この私からだと思いますが」
堕天使がその中性的な美顔に怪しい笑みを浮かべる。腐敗と堕落は堕天使の好物だ。色欲にまみれる魔王というものに興味もあった。
「とにかく、臣下が陛下の眠りを妨げるなど言語道断、よろしいですね?」
「はい」
ねこみみメイドたちは反論できず、素直にうなずき黙って地上に降りた。





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