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魔導師キオ、女剣士ラミリアの意地

吸血姫が魔王の血を吸い終わり、自分の内から溢れる魔力を取り込んで抑え込むようにシュンと元の姿に戻った頃、賢者の力で無事に蘇生できた勇者たちが神殿から出てきて、外にいたねこみみメイドや魔王たちの姿を見て色めき立った。勇者たちから見れば、魔王である俺が加勢を呼んだように見えたのだろう。加勢など不要だったが。
「魔王、貴様!」
勇者が聖剣を抜き、俺に突っかかろうとしてきたが、「いつっ」と急に右肩を押さえた。
「おいおい、無理するな、一応くっつけてやったが、まだ無理しない方がいいぞ」
ちゃんとくっついてはいるようだが、ポッキリ折れたものをくっつけたのだから、まったく平気という方が、無理があるだろう。それに氷漬けから目覚めたばかりで、勇者だけでなく魔導師や女剣士もひどく疲れた顔をしていた。氷漬けになって生き返ることなど俺も経験したことはないが、快適な目覚めではなかったはずだ。
「貴様、私になにをした!」
勇者は肩を押さえながら、不愉快そうに俺をキッと睨んだ。氷漬けの間に魔王たる我がなにか悪さしたと思い込んでいるようだ。凍っている間の意識があるはずもなく、俺と賢者のやり取りも、誰が原因で勇者の腕が折れたのか知るはずもなかった。
解凍されて生き返ってすぐに、現状を賢者が勇者に説明していれば良かったのだが、勇者を生き返らせるので精一杯で、賢者もそこまで気が回らなかったようだ。
そんな風に俺と勇者が対峙していると、その後ろで、魔導師と女剣士が目で合図する。一撃も浴びせられず、無様に氷漬けにさせられて、彼女のたちのプライドは傷つき、たとえ卑怯と言われても一矢報いたいと目で会話していたのだ。
なにより、魔王の目には勇者しか入っていないのは明らかで、ときどき賢者の方は気にするようだが、自分たちなんか眼中にないという感じが気にいらなかった。そんな彼女たちの心情に気づかず、俺は勇者との会話を続けた。
「おい、おい、いいか、勘違いするなよ、俺は、折れたお前の腕を親切に元に戻してやったんだからな。それと、一瞬でやられたのはお前らの方だろ、よく粋がってられるな。まさか、この期に及んで、まだ自分たちと俺との力量差を自覚してないなんて言うなよ」
そう、勇者たちと俺の差は歴然としている。
あのとき、賢者が俺の魔法を防げず、一緒に氷漬けになっていたら、俺はこの勇者一行に興味をなくし、全員氷漬けのまま放置していただろう。つまり、賢者が頑張ったから全滅しなかっただけで俺に手出しできずに負けたという事実を勇者たちはしかと胸に刻むべきなのだ。
「もう勝負はついている、可哀そうだから、今回は見逃してやるとそこの賢者と約束した。今日の夕刻までが期限だ。大人しく魔界を去れ」
「き、貴様、こちらは不意を突かれたからやられただけだ。舐めるな!」
勇者の背後から女剣士がいきなり飛び出してきたが、バッと吸血姫が女剣士の前に飛び出し、女剣士の剣を躱して、その喉元を狙って手刀を突きだした。女剣士の奇襲の剣撃も早かったが、それを圧倒する素早さで、吸血姫が俺を守っていた。魔導師も攻撃魔法を放とうとしていたが、彼女の後ろにはねこみみメイドが、一瞬で背後をとり、ポンポンと肩を叩いて、その魔導師の意地の攻撃を止めた。
「待て」
俺の静止で、女剣士の喉を貫こうとした手刀が、その喉元寸前で止まっていた。
「なぜですか。このような無礼者、始末してよろしいのでは?」
俺の血を吸って元気が有り余っている吸血姫が怪訝そうな顔をした。肉体的に完全に落ち着いたらしく、容姿が、最初に俺を襲ったときの身長に戻っていた。肉体の大きさが戻っても、その内側に強大な力が宿っているのは感じる。吸血鬼の上位種に進化したような感じだ。
「おい、おい、無礼者って、お前だって、俺に問答無用でいきなり斬りかかって来ただろ? もう忘れたか?」
「いえ、あ、あのときは、その、大変失礼しました。その無礼の分、今ここでお返しを」
「いやいや、だから、勇者たちとは、一応、今日の夕刻まで手出ししないと約束しているから、今はその程度にしてやってくれ」
「でしたら、夕刻になったら、この無礼者を始末してもいいと」
「ああ、そうだ。夕刻までにこの魔界を去ろうとしていなければ、好きにしろ。そういう約束だよな、賢者」
「は、はい」
「我々が撤退だと! 戯言を!」
うなずく賢者に反して女剣士が憤怒する。
「おいおい、無様に氷漬けにされただろ、また氷漬けになって頭を冷やさないと自分たちの立場を理解できんか?」
「黙れ!」
女戦士は怒りにませて剣を振り回した。せめて一太刀、魔王ではなく目の前の吸血姫に当てようと頑張るが、俺の意を受けた吸血姫は、相手を殺さないようにひょいひょいと切っ先を躱し続けた。魔王に一瞬で凍らされ、いま自慢の剣さばきでさえ、幼い見た目の吸血姫に安々と躱されて女剣士は屈辱で顔を赤くしていた。
「魔王様、この女しつこいのですが?」
「ああ、そうだな、いい加減にしないとまた凍らせるぞ」
勇者が苦々しく叫んだ。
「やめろ、ラミリア。剣を引け」
「し、しかし・・・」
「いまの我らでは、勝てん。ここは、引くぞ。夕刻までに魔界を去ればいいのだな、魔王?」
「ああ、後日、強くなって魔界に戻って来るといい」
「再戦してくれるというのか? いいのか?」
「ああ、強くなったら、戦ってやる。弱い奴を倒してもつまらん」
「では、我らは、これで引く。ただ、次に会ったとき、あの時殺しておけばと後悔しても知らんからな」
「そうなったら、面白いな」
勇者は屈辱をグッと飲み込み、魔王と別れた。
人間界に戻る洞窟に向かう途中、ずっと勇者と女剣士は不機嫌だった。
一方的な完敗だった。
惜しかったとか、死力を尽くしたとか、そういうものが一切ない敗北だった。
「くそったれ魔王め、生かして帰したことを絶対後悔させてやる」
洞窟に入るとき、魔界の方を振り返り勇者はリベンジを誓っていた。
それを陰から狙っていたねこみみメイドの襟首を俺はつかんだ。
「にゃ?」
「こら、俺が見逃すと言ったのに、勝手に襲うつもりか?」
ねこみみメイドが悔しそうに洞窟の方を睨む。
「だって、勇者ですよ、魔王様。今ここでやっておいた方が、後腐れなくないですか?」
「これで、いいんだ。俺が決めたことに逆らうのか?」
「でも・・・」
「いくら、お姉さまでも、ここで勇者たちを襲ったら、魔王様の顔に泥を塗りますよ?」
吸血姫も呆れていた。
「あら、あんたまで、勇者を見逃すのに賛成なの?」
「あんな雑魚、殺す価値もありません」
女剣士の剣撃を見切っていた吸血姫も、きっぱりと言い切った。
「いいから、城に帰るぞ」
そして、ふてくされるねこみみメイドを背に、吸血姫が黒い蝙蝠の翼で空を飛び、俺は、自分の足で魔王城を目指して走っていた。
「魔王様、どちらが城に先に着くか競争しませんか?」
空を飛びながら吸血姫が勝負を持ち掛けてくる。俺の血を吸って、どれだけパワーアップしたのか確かめたいのだろう。
「ああ、よかろう」
「私が勝ったら、また魔王様の血を」
「俺が勝ったら?」
「父の残した秘宝のすべてを魔王様に」
「よかろう。だが、そっちは重し付きだが、大丈夫か?」
「魔王様は、私が重そうと言いたいのですか?」
ねこみみメイドが体重のことを言われたような気になってむすっとする。
「私は重くありません。魔王様に勝って、血を好きなだけ搾り取りなさい」
「はい、お姉さま」
そうして競争しながら、魔王城まで一気に帰還した。

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