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吸血姫アリーゼ

吸血鬼の自己再生能力はすさまじく、折れた牙はすでに新しく生えていた。だが、砕けたあごの骨が一瞬でくっつくほどではなく、生き埋めになった味方をほとんど救出し、全軍が撤収の準備を整えた夕刻になっても顔に痛々しく包帯を巻きつけて顎を固定していた。
持ってきた簡易の玉座に座る魔王の俺を中心に魔王軍の主だった武人、淫魔将軍、亜人の長、オーガの長、ゴブリンキング、トロルの長、ダークエルフの族長などが居並び、その前に不死王の娘の吸血姫アリーゼは足かせをつけられて引き出されていた。悔しそうに膝をつき、俺から目線を外している。
「敵の生き残りは、彼女だけか」
「そのようであります」
生き埋めになった味方を探す傍ら、敵の残存兵力を探っていた淫魔将軍が報告する。
「で、彼女の処分をどうするか」
「犯せ、殺せ、犯せ、見せしめだ」
ゴブリンキングが下品に吠える。が、ゴブリンキングはゴブリンを率いてこの戦に魔王軍として参戦し、多くの部下を失った。その腹いせに彼女を犯したいというのも分かるが、ゴブリン相手では犯すどころか逆に反撃されて逃げられるだろう。
「禍根を残さず、明日の朝日とともに斬首が一番」
ダークエルフの族長が、冷徹に俺に進言する。
トロルとオーガの長たちも、ダークエルフの考えに同調するようにゲヘゲヘと笑う。
「そうだ、そうだ、殺しておいた方が後腐れなくていい」
確かに、不死王の血族を残すのは後々の禍根になりそうだ。が、親子ともども殺すのはいささかやりすぎなような気もする。無慈悲でないと魔王になれないということはない。
「では、この者、この私にお預けいただけませんか」
急にガーレッドが、俺たちの前に出て来る。
「私にお預けいただければ、この者、魔王様の忠実な従者にしてみせます」
魔王軍の武人たちが、ざわりとする。
「いや、しかし・・・」
「この私では、この娘を調教できないとお思いか?」
反論しようとしたダークエルフの族長をひとにらみで黙らせる。
実は、このねこみみメイド、この場にいる者の中で俺に次いで強い猛者だった。
以前、けもみみの亜人を束ねて俺に反旗を翻し、一度は魔王城にまで迫った豪の者であり、俺に敗れて今でこそ服従してメイドをやっているが、昔はかわいげのない虎や豹の類だった。
「勝手に決めるな。だれが、こやつの従者に。殺すなら殺せ」
足かせがありながらも立ち上がり、吸血姫が砕けた顎を使い気丈に吠える。
「うるさいわね、負け犬。最終的に決を下すのは魔王様よ、わきまえなさい」
ガーレッドがそう言い放ち、バッと手刀を動かして、不服そうな吸血姫の右腕を切り落とした。ドサッと腕が落ち、ビュッと鮮血をまき散らす。吸血姫は慌てて、左手で傷口を抑えた。
爪に鮮血を滴らせながらねこみみメイドが、地面に落ちた腕を拾い上げて彼女に渡す。
「早くくっつけなさい。いくら吸血鬼でも、大量に出血したら死ぬでしょ」
その忠告に従い、切り落とされた右腕を左腕で受け取り、右腕を元の位置に押し当てた。出血はすぐに収まり、吸血姫は、神経がちゃんとつながったか、右手を閉じたり、開いたりして確認する。
「さて、御覧の通り、この子は私より、はるかに弱い。これでも、この私に任せるのに異論のある方は?」
彼女は居並ぶ魔界の猛者を黙らせて、俺を見た。
「魔王様も、異論はありませんね?」
「ああ、好きにしろ。ただ、俺の命をまた狙ったときは今日みたいに生かすとは思わないでくれ。そなたの父、不死王の死に免じて今日は見逃しただけだ」
「は、はい…」
魔王の俺に顎を砕かれ、メイドに素手で腕を切り落とされて、さすがの吸血鬼も意気消沈のようだ。メイドに黙って従い、少し休むため野営用のテントに向かう。
「さて、気を取り直して祝勝会といこうか、酒を配れ、配れ」
「オオッ!」
俺の号令の下、魔王軍の全将兵に盃が配られる。酒を注いで回るのは淫魔将軍が手配した同族の淫魔たちだった。この宴で、我が兵の何割かは淫魔に食われるだろうが、戦を生き残った男たちである、多少生気を吸い取られても平気であり、相手が死ぬほど生気を吸う貪欲な淫魔は少ない。また、そういう下品な淫魔を淫魔将軍自ら呼ぶわけがない。
しかし、普段陰気で暗いダークエルフの族長が酒と淫魔に酔う姿は、なかなか面白いものだった。ま、命がけの戦を生き延びたのだ、多少、羽目をはずくらいよいであろう。俺は宴を楽しんでいる部下たちを頼もしそうに見ていた。この魔王軍があるから、今の魔界は比較的平和なのだ。異種族の亜人とゴブリンが共闘しているこの魔王軍が、今の魔界の縮図のようなもので、俺の統治がうまくいっている証でもあった。相変わらず、海の半魚人たちとは仲が悪いが、今の魔王軍を舐めて攻めてくる様子はない。不死王がいなくなったので、当分は争いの種はないだろうとこれからのことを考えていると武骨な鎧を脱ぎ、半裸に近い状態になった淫魔将軍が酒瓶を手に腰をくねらせて俺に近づいてきた。
「昼間は、失礼しました。陛下。痛かったですか、ここ」
そういいながら俺の股間に手を伸ばしてくる。
「昼間のお詫びに、まずは一杯」
「あ、ああ・・・」
淫魔の色気を漂わせ、俺に密着してくる。
「お、おい、皆が見てる」
淫魔の本領を全開にしている彼女に、魔王軍の猛者たちも視線を吸い寄せられていた。
「いいではありませんか、見られて減るようなものじゃなし」
彼女はその四肢を卑猥に俺に絡ませてきた。
「昼間の無礼を、魔王様の魔王でとがめてください」
そう俺の耳元で囁き、誘ってきた。もし、その伝令がもう少し遅ければ、俺は淫魔将軍の色香に堕ちていただろう。
血だらけに傷ついた人狼の伝令が俺の前に飛び込んできて叫んだ。
「失礼します、陛下。人間の勇者一行が大ムカデの砂漠を越え魔王城に侵攻中」
「勇者!?」
俺は思わず、淫魔将軍を突き飛ばすように引き離した。



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