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第二十一話 あなたを助けるためならば、私は悪魔にでもなる

「ディリス!」
「あんたら誰。俺はディリスじゃあないけど」
「え?」
「俺はアリ」
「僕はエドガー!」

 ディリスに似た彼らは、ディリスではない。見た目は同じなのになんとなく表情や声色で確かに別人と思えなくもなかった。

「自分たちは心理潜航捜査官です。本当のディリスは?」
「へえ、スフィアダイバーか」
「ディリスは出たくないってさあ」

 別人格しか居ないのなら彼らに聞く他ないだろう。単刀直入に連続殺人の件について聞いてみた。

「ディリスが連続殺人に走った理由は知っている?」
「ディリスのやつ、責任転嫁してんだよ。自分を誘惑してきた男共が悪い。親に見放されたのも兄貴が悪い。誘惑してきた兄貴とも関係持ったことがある。それを知られてから両親にきつく当たられるようになったんだ」
「だからディリスは兄貴も両親も恨んでる。歳の離れた兄貴に悪戯されたのに、自分だけに集中砲火だからさあ。男遊びで色々忘れようとしてたけど、金稼ぎも男遊びも全部バレてからはもう無敵のヒトだよね。自分を誘惑したやつら全員殺して、ついでに両親たちにも犯罪者の親って言う汚名着せたかったのさ」

 ディリスにとって自分の存在証明だったのだろう。誰かを抱いたり抱かれたりは。けれど自分の居場所を家の外で見つけても家に帰れば生き地獄でしかなかった。自分の苦痛を忘れられる行為もバレてしまい、全否定されたディリスは全てを恨むようになってしまったらしい。

「因みに、ディリスが犯行した際の人格は、ディリス自身?」
「いんや? 別のやつだよ。あんたら運がいいね。あいつ出てきてたらあんたらさっさと御退場だったよ」

 今は犯行時の人格は出てきていないらしい。先ほどの再演のディリス……は、ただの記憶でしかないのか。

 犯行はディリス本人ではなかった。どうにか呼び出せないかと聞いてみると、危険な目に遭いたいのか? と問われる。話を聞かないことには責任能力の有無を判断できない。呼んでほしいと頼めば、ゆらりと右の視界にくゆる煙のようなものが見えた。

「あなたは」
「ミツミさん、自分の後ろに」

 ヒューノバーが前に出て手で制する。ディリスの姿だったが、挑発的な表情をした現在のディリスと大差ない容姿だった。

「私はイディ。殺人の際に出ていたのは私」
「な、何故あなたは殺人を?」
「私はね。ディリスを傷つけたやつを許せなかった。だから殺した」
「傷つけた?」

 ディリスは望んで性行為に及んでいたのではなかったのか。いや、確かに全て金のためだったのだろう。自分を殺して殺して殺して、そうして、望まぬ行為をしていたのだろうか。

「ディリスが苦しむことを私は良しとは出来なかった。最初に両親を殺してもよかったけれど、両親には生き地獄を味わってほしかったから。殺人者の親として」
「で、でもディリスが罪に問われることになるんですよ」
「私の存在があれば刑は軽減されるでしょう。スフィアダイバーが多重人格だと認定すれば。結果あなたたちはここに辿り着いて私たちに出会った。ディリスに責任能力は皆無。例え刑に問われて刑務所に入ったとしても、その間は私たちがディリスの代わりになる。ディリスが苦しむことは私たちが引き受ける」
「……もっと別の方法があったはず、じゃあないの?」

 彼らはディリス本人を思っての犯行だったのだろう。ディリスには責任能力は問うことはできないと確定したようなものだ。

「この世界はね、何の後ろ盾もないヒトがひとりで生きられるほど甘くはないの。ディリスはヒトとして弱い。だから私たちがいる」
「でも、でも……ディリスが望んでいたことなの?」
「ディリスは優しい子。自分が死ぬことばかり考えていた。けれど私たちは良しとはしない。スフィアダイバー、もう分かったでしょう。ディリスに罪はない。これ以上無駄な問答をすると言うのならば、私、あなたたちを殺すわ」

 イディはどこからかサバイバルナイフを取り出した。それを構えながら私たちに威嚇をする。

『これ以上は危険です。上がってください!』

 サダオミの声にヒューノバーに掴まって意識を浮上させようとする。イディがこちらへ駆け出したのを見て、目を瞑る。緑色の光を浴びながら意識が上がって行くのを感じ、次目を開ければ潜航室だった。

「ヒューノバー! ヒューノバー!」

 ヒューノバーは無事かと声をかける。薄らと目が開き、琥珀色の瞳がこちらを見た。

「ミツミさん無事ですか!」
「大丈夫。ヒューノバーは?」
「自分も無事です。よかった……」
『二人とも監視室へ』

 ヨークの声に従い監視室へと向かう。ヨークとサダオミはほっとした顔で迎えてくれた。

「良かった。無事みたいね」
「はい、ありがとうございます。お二人とも」

 ディリスは診察台で眠ったままだ。一瞥してから二人に顔を戻すと、結論の話になる。

「ディリスはどうやら本当に多重人格者らしいね。責任能力に関しては、弱い、又は無いと言う結論になるだろうね」
「やっぱりそうなりますか……」
「本当に多重人格ってのは稀な事例だからね。精神疾患の犯人は減刑か無罪放免だろうね」
「被害者のご家族には申し訳ないのひと言ですが、虐待による精神障害から発生した多重人格。医療機関の閉鎖病棟での治療に移るしかないでしょう」

 ディリスはある意味被害者と言ってもいいだろう。自分の中にいる別人格による犯行。例え今現在ディリスが起こしたものと立証されていても刑事責任は負うことは不可能に近いと言う結論に至った。

「危険な任務お疲れ様です。早速ですが調書の作成に取り組んでください。サポートはします」
「今回は複雑だから手取り足取り教えてあげるよ」

 サダオミとヨークの言葉によろしくお願いします。と頼み監視室を後にした。

 悲しい出来事の連なりが起こしてしまった事件だ。声あるものは幸福なり……助けてほしいと声をあげても、助けてくれる人はいなかったのだろうか。ディリスが真っ当に生きることができる未来になり得ることを願うことしか出来なかった。

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