二日目④ 公私混同生徒会長
放課後。太郎はうんざりとした表情でそこに座っていた。
どの部活にも所属していない彼が、この時間に学校にいるのは稀な事である。
しかし彼が残っているのは、何かやらかして教師に呼ばれたと言うわけでもなければ、勉学に励もうとしているわけでもない。
もちろん、タロに言われるがまま妃奈子に告白する決意を固めたからでも決してない。
では、何故か。
それはこの学校の生徒会長様様に、突然呼び出されたからである。
「やっぱりなー。太郎ちゃんと妃奈子ちゃんをくっつけるために、タロちゃんも来ていると思ったんだあ!」
長い机と、それに合わせて並べられたパイプ椅子。
そして壁際にある机に積まれた沢山の書類。
そう、ここは生徒会長のお部屋……じゃなくて、生徒会室。
いつでも会議が行えるよう、部屋の中央に並べられた椅子に腰掛けた太郎は、机を挟んだ向かい側の席で上機嫌に笑う生徒会長に、深い溜め息を吐いた。
「それで樹姉ちゃん、何の用ですか?」
「もちろん、大天才魔法使いのタロちゃんに会いたかったの!」
「なんと、この大天才魔法使いとの面会を望むとは! そのためにわざわざ公共の放送室をジャックするなんて、さすがはイツキ会長! 正に生徒会長の鏡! その上でこのボクの力を認めての大天才呼ばわり! うむ、実にキミは目が高い!」
「やだ、タロちゃんったら! そんなに誉めても飴ちゃんしか出ないわよ! はい!」
「飴ちゃん!? うわあああい! ありがとう! イツキ会長!」
「……」
放課後、太郎は生徒会担当の教師に、突然放送で呼び出された。
そんな接点のない教師に呼び出されるなんて、自分は一体何をやらかしたんだろうと、ビクビクしながら教務室に向かった太郎であったが、彼は生徒会担当の教師に、「生徒会長が生徒会室で待っているぞ」と伝えられた。
当然、太郎はこの時点で全てを理解した。
生徒会長と言えば聞こえは良いが、その生徒会長とは、太郎の一つ年上の幼馴染、樹の事である。
昨日、運悪くタロと出会ってから、樹はタロに興味深々であった。
しかしそれも当然だろう。
何故なら樹は、生徒会長と言う肩書を持った、アニメやゲームが大好きなただのヲタクだからである。
現実辞めて異世界に行きたい。
そう願う樹の前に突如として現れた、現実ではありえない超摩訶不思議少年タロ。
そんな夢のようなデフォルメ少年を、樹が放っておくわけがない。
だから生徒会担当の教師にそう伝えられた時、太郎は早々に気付いてしまったのだ。
呼び出されたのは自分じゃなくって、タロなんだろうなあ、と。
そして仕方なく生徒会室に向かったところ、そこには思った通りに瞳を輝かせた樹が待ち構えていた、と言うわけである。
「タロに会いたかったからって、生徒会室貸し切りにしたり、先生に変な伝言頼んだりしないでよ」
「あら、いいじゃない。だって私、生徒会長だもの」
「……」
何故、彼女が生徒会長に選ばれたのだろうか。
藤西高校七不思議の一つである。
「あのさ、姉ちゃん。他の人にタロの事知られたくないんだけど……」
「もちろん、状況は理解しているつもりよ。だからほら、他の生徒会の人達には帰ってもらったじゃない。まあもともと、今日は何も仕事がない日だから、みんなさっさと帰れるんだけどねー」
「……。わざわざ学校で呼び出さなくったって、後で家に来れば良いじゃないか。どうせ近所なんだしさ」
「だって早く会いたかったんだもの。ああ、でも、これでも昼休みに呼び出すのは我慢したのよ? 放課後の方が人払い出来るし、時間もあるって言うのもあるんだけど……。でも放課後までよく我慢出来たと、誉めて欲しいわねっ」
「なんと、素晴らしき公私混同! さすがはイツキ会長! ボクの次に天才である!」
「本当!? タロちゃんにそう言われると、何だか嬉しいわ!」
「……」
もうこれで何度目だろうか。深い深い溜め息を吐くのは。
何がそんなに嬉しいのかは知らないが、よく分からないタロの誉め言葉に喜ぶ樹に、太郎はこれまたうんざりと溜め息を吐いた。
「ところで樹会長、そんなに早くボクに会って、何か用でもあったのか?」
「用と言うよりも、ただタロちゃんと会って、話がしたかったのよ」
「ほほう、話とな」
「タロちゃんの世界や魔法って、すっごい興味深いのよ。だからタロちゃん、色々とお話してー!」
「うむ、良いだろう!」
(良いんだ……)
自分の世界の話を、他の世界の人にペラペラと話しても問題ないのだろうか。
樹の頼みにあっさりと頷くタロを前にして、何故か太郎の方が心配になった。
「あ、そう言えばタロちゃん、さっきタロちゃんって、絆創膏になっていたわよね? あれって魔法なの?」
そんな太郎の心境など誰にも分かるわけなどなくて。
今まで楽しそうに笑っていた樹であったが、ふと思い出したように首を傾げれば、タロは彼女の質問にコクンと首を縦に振った。
「うむ、いかにもだ。ボクのお得意魔法の一つ、何にでも変身する事の出来る変身魔法である」
「何にでも? じゃあ、人にも変身出来るの?」
「もちろんだ」
「それって、実在の人物じゃなくって、架空の人物でも可能なの?」
「む?」
樹の言っている意味がよく分からなかったのだろう。
さすがのタロも意味不明な質問には安易に頷く事が出来なかったらしく、彼は不思議そうに首を傾げた。
「実はね、タロちゃんに変身してもらいたい人がいるんだけど……」
「む、誰ぞ?」
「この人よ!」
すると次の瞬間、樹はどこからともなく一冊の漫画本をドンと取り出した。
……生徒会長、学校に漫画本なんか持って来て良いのだろうか。
「この表紙の人よ!」
「誰ぞ?」
当然、思うであろうその疑問。
その人物の正体に、タロがこれでもかと言うくらいに首を傾げれば、樹は瞳を輝かせながら、待っていましたと言わんばかりに彼を紹介した。
「この表紙にいる金髪碧眼の人の名は、ディアン・ルナハート様! このファンタジー漫画の主人公よ!」
「ほう、異国の方ですか」
「私の好きな人でね、長所はカッコイイところ、短所は幼馴染ヒロインが好きなところなの」
「ああー……なるほど、なるほど。朝、タローが友人Aに言っていた人ですか」
「え、タロ、聞いていたの?」
「うむ、う〇この幼馴染だろ? 大丈夫だ、きちんと覚えている」
「……」
違う。何か微妙に間違っている。
「樹会長は、この男に変身しろと言うのか?」
「うん! 確かにタロちゃんが変身したディアン様だけど……でも、二次元のキャラクターが目の前に現れるのよ! 夢じゃない!」
「だがしかし、断る!」
「ええっ、何でー!?」
二つ返事で了承してくれると思っていたのだろう。
しかし二つ返事で断って来たタロに、樹は思わず驚愕の声を上げた。
するとタロは、真剣な表情で、もう一度はっきりと断った。
「幼馴染が好きな男には拒絶反応が出るのだ。それなのに、そんな嫌いなモノに変身しようなんて発狂モノだぞ。どう考えても気が狂う。絶対に嫌だ。だから断る」
(じゃあ、妃奈子ちゃんが好きな僕は、エロ本以下かよ)
そう思った太郎であったが、それは敢えて口にはしない事にした。
「えー、どうしても駄目ー?」
しかし樹はまだ諦めていないらしい。
超個人的な理由で断るタロに、樹はニッコリと微笑んだ。
「絶対に、何が何でも駄目なの?」
「駄目だ! いくらイツキ会長の頼みでも、絶対に、何が何でも駄目だ!」
「タロちゃんの追試試験に協力するって言っても?」
「それでも駄目だ!」
(駄目も何も、僕まだ追試の件、了承していないんだけど)
「でも、私、太郎ちゃんと妃奈子ちゃんの幼馴染だよ? 昔からずっと一緒だよ? だから二人の事、何でも知っているよ?」
「む、いや、しかし……」
「私が味方に付いたら楽だと思うよ? だってどこをどうしたら、二人が良い感じに動くが知っているもの。タロちゃんにとって、完璧なアドバイスが出来ると思うよー?」
「む……」
何で姉ちゃんまで、人の恋愛を引っ掻き回そうとしているんだろうか。
「タロちゃん、無事に進級したいよね? 私が味方に付くと付かないじゃ大違いだと思うんだけどな? ねぇ、どう? 取引しないー?」
「む、うむ、しかし拒絶反応が……」
「じゃあ、タロちゃん、進級したくないの?」
「したい! それはむっちゃしたい!」
「じゃあ、取引する?」
「する! よし、良いだろう! それで手を打とう!」
手を打とう、じゃないよ。何で、姉ちゃんの口車に乗っちゃったんだよ……。
「確かに幼馴染が味方に付いてくれるのは心強い! 協力感謝する! ボクに出来る事があれば、なんなりと言ってくれ!」
「きゃあ! タロちゃん素敵ー!」
素敵じゃないよ。もう……。
自らの試験のため、そして自らの欲望のために当事者抜きで話を進めるこの二人。
頼む、少しは当事者の意見を聞いてくれ。
「じゃあ変身して、肩を組んでもらっても良いですか!?」
「よし、任せろ!」
本当に何で彼女が生徒会長なんだろうか。正に学校七不思議である。
(帰ろ)
とにかくこれ以上は二人には付き合えない……否、付き合いたくない。
ドロンと変身したタロと、キャタキャタとはしゃぐ樹。
鞄を手にした太郎は、二人にバレる事なく、そっと生徒会室を抜け出す事に成功した。