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296 夜、サライにて③/回廊内の散歩

 「んっ。ここのたいまつ、消えかかってるな」

 ムハドはマナトの宿泊スペースの出入り口にたてかけてある、小さくなってきたたいまつの炎を眺めると、後ろ指で外を差しながら、マナトに言った。

 「どうだ?一緒に、管理人の従僕でも、探しにいくか?」
 「あっ、はい」

 マナトはムハドに連れられて、宿泊スペースを出た。

 「おっ!ムハド隊長!」

 均等にたいまつの灯る回廊内を歩き出すと、すぐにキャラバンの村のメンバーが声をかけてきた。そのメンバーは、そこそこ、できあがっていた。

 「おう」
 「あとで、中庭来いよ!盛り上がってっから!」
 「ああ、分かったよ。サライの従僕、見なかったか?」
 「従僕?さあ、見ねえな。どっかの空き部屋でも、掃除してんじゃねえか」
 「分かった。さんきゅー」
 「あとで、かならず中庭来いよ!」
 「はは、分かった分かった」

 ……相変わらず、すごい、人気だ。

 村で一番のキャラバン、またキャラバンの村の英雄とも言われている、ムハド。

 ムハドは、強い訳ではなかった。むしろ、武器狩りの盗賊を目の前にして、堂々の逃げっぷり。リートも、信じられないほどに弱いと、逆の方向でお墨付きのようだ。

 それでも、みんなから、やっぱり、好かれている。

 みんな、この人と共に時間を過ごしたがっているように、見えた。

 回廊と中庭を繋ぐ、アーチ状の扉を横切った。

 中庭で、ワイワイと、キャラバン達が飲み交わしているのが見えた。

 ミトやラクト、ケントも混じっていた。笑顔がはじけている。

 再び、回廊内へ。

 「マナト、お前にも言ってなかったな。ラクダや非戦闘員の岩石の村のみんなを護衛してくれて、ありがとな」
 「いえ、とんでもないです」
 「ちなみに、ちょっと、聞きたいんだが、」

 ムハドは歩きながら、マナトに顔を向けた。

 「戦闘の後、ラクトを相手に身体触ったり、ここで一緒に風呂入ったりしてたみたいだが、なにを考えてたんだ?」
 「あっ!それなんですけど、」

 マナトはさっきまでの、ホモ=バトレアンフォーシスに関するあれこれ考えていたことを、ムハドに話した。

 「……なるほど、……ほう、ほう」

 ムハドは相づちを打ちながら、マナトの言葉に耳を傾けていた。

 「つまり、マナト自身の人種が、ホモ=サピエンスで、ミトやラクトのような人種を、ホモ=バトレアンフォーシスってことか」
 「はい。……それに、他にもいると思うんです。まだ見たこともないような、人種が」
 「あはは!だろうな!」

 ムハドは笑った。

 「マナト。ここは、日本じゃねえ。ましてや、お前の口頭陳述に書いてあった、地球でもない。ヤスリブという、砂漠がどこまでも、果てしなく続いていて、その中で、マナの力で生物が生きれる環境が点在するっていう世界だ。いくらでもいると思うぜ、他の人種なんて」
 「ですよね……!」
 「むしろ、お前のいた世界、地球のような環境のほうが、珍しいのかもしれねえぞ?ホモ=サピエンス以外の人種が、すべて滅んでしまったとかいう世界のほうが」
 「た、たしかに……!」
 「まあ、マナトからすれば、他の人種とか、もの凄く珍しいんだろうけどな。……そっかぁ。そういうこと、考えたのか~」

 ムハドは穏やかに微笑みながら、歩き続けていた。

 「……あっ?」

 ……ムハドさん、もしかして、僕の心を?

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