297 夜、サライにて④/ムハドの能力
回廊内の角部分まで来た。ムハドとマナトは角を曲がって、管理人室のある回廊へ。
「……リートさんから、聞いたのですが、」
歩きながら、マナトはムハドに言った。
「ムハドさんは、相手の心を読むことができる、と」
「……フフっ、心が読める、か。かな~り、ざっくり、だけどな」
ムハドが、立ち止まった。回廊を灯すたいまつの炎が、ムハドの顔を明々と照らした。
「マナトは知ってるか?十の生命の扉」
「ええ、分かります。原初の母、ティアが、このヤスリブの人間に与えた、自明になっている六つの扉、その先にある、未知の四つの扉も合わせた、十の生命の扉」
「おう」
「六つの扉は、苦しみの扉、欲望の扉、修羅の扉、安らぎの扉、知恵の扉、天の扉……常に生命の内にあるこれらの扉を開けながら、暮らしているのが、人間、と」
「ああ」
「さらにその先にあるといわれる七つ目以降の扉については、未知とされている扉ではあるものの、そこを開けることができた人間は、マナを取り込むことができるという、扉」
「そうだな。……俺は、」
ムハドはうなずくと、マナトに言った。
「俺は、相対した人の、六つまでの生命の扉を、見ることができるんだ」
「六つまでの生命の扉を……!」
「おう。第七以降の、未知の扉以外の扉って、ことだな」
「そんな、ことが……!」
……なんて、特別な能力を持っているんだ。
マナトは思った。
「あぁ、でもな……」
ムハドは続けた。
「それが直接、心が読めるっていう訳じゃないぜ?そういうふうに見えるって、リートは言っただけで、俺はあくまで、生命の根底にあるどの扉が開いたかってとこだけだ」
「ど、どんなふうに、見えるんですか!?」
「向かい合う六つの扉って、感じだ」
……シュミットさんの作っていた彫刻と同じようだ。
「そっから、どれかの扉が開くかって感じだな。ちなみに今日、武器狩りの盗賊との戦闘後、ラクトを前にして、マナト、お前の中に、知恵の扉が開くのが見えた」
「知恵の、扉が……」
「そうだ。それで、マナトがなに考えているのか、俺は少し気になった。その先は、俺だって、聞かないと分からないって訳だ」
「あっ、なるほど」
「ちょっと、立ち話、長くなっちまったな。管理人室、行くか」
「はい」
ムハドとマナトは管理人室に着き、そこにいた従僕にお願いして、マナトのいる宿泊スペースへ戻り、たいまつを新しく立ててもらった。
「ありがとうございます」
マナトはたいまつを変えてくれた従僕に、礼を言った。
「いえいえ、また、なにかございましたら、なんなりと」
「新しく、入ってきた方ですか?」
「あはは、先のキャラバンのお方にも、言われましたよ。それでは」
従僕は丁寧にお辞儀すると、去っていった。
「……」
ムハドは新しくなった、明かりの大きなたいまつの炎を、しばらく眺めていた。
「マナト」
やがて、ムハドはマナトに、なにかを言いかけた。
「お前の世界では、たしかに、ホモ=サピエンスが、すべてを滅ぼして、世界を支配する存在に……」
「えっ?」
「……いや、なんでもない。よし!中庭、行くか!マナト、お前も一緒に来いよ!」
「あっ、はい!」
ムハドに連れられ、マナトは中庭へと向かっていった。
(ムハド商隊、出立 終わり)