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二日目② 登校するまでの経緯

「え? 今、何て?」

 お願いだから冗談であってくれ。

 そろそろ登校しようと玄関で靴を履いていた太郎は、タロの放った言葉に口角を引き攣らせた。

「何だ、聞こえなかったのか? だからボクも行くと言ったのだ」
「……どこに?」
「学校に、だ!」
「何で!?」

 さも当然の如く言い切った彼、タロに太郎は思わず叫んだ。

 そりゃ、タロからしてみれば、タロの二頭身体型が普通なのだろうが、ここはタロの住むパラレルワールドではない。
 自分達くらいの年齢ならば、六、七頭身が普通(五頭身の人もいるだろうが)の世界なのだ。

 そんな世界の中、タロのような二頭身キャラを学校になんか連れて行ったら先生に怒られる……じゃなくて、とんでもない騒ぎになってしまう。

 それにタロの事だ。コッソリ付いて来るなんて出来るわけがない。
 堂々と教室に突入し、「静まれ、静まれぃ! 我こそが大天才大魔法使い、タロ・ヤマーダである!」とか何とか言って騒ぎ出すに決まっている。

「そして一緒にいる僕まで、みんなに変な目で見られて、先生にも呼び出されて怒られるんだ! もちろんそれだけで済むわけがない! その後もきっと僕に対するヒソヒソ話や噂話が絶えないんだ! 嫌だよ、そんなの! そりゃよく他校の不良達には絡まれたりするけど、藤西じゃあ平穏な学校生活を送れているんだから! それなのに卒業まで奇怪な目を向けられる事になるだなんて! そんなの絶対に嫌だッ!」
「何を一人で暴れておるのだ?」

 お先真っ暗な学校生活を想像した太郎が頭を抱えながら喚き出すと、タロが呆れたようにして溜め息を吐いた。

「何を想像したのかは知らんが、心配する事はない。これにはボクの追試も懸っているのだ。キミにとっても悪いようにはせんよ」
「本当? このまま平穏な学校生活続けられる?」
「当然だ!」

 想像した学校生活が、相当めちゃくちゃなモノだったのだろう。
 半泣き状態の太郎がその潤んだ瞳を向ければ、タロはコクンと大きく頷いた。

「いかに大天才であっても、ボクの容姿がこの世界の者にとっては大変異質であると、それは重々に承知している。そこで、だ!」

 そう言うや否や、タロはどこからともなく渦巻き状のペロペロキャンディを取り出した。
 そう、昨日雷魔法を放つ時に使った、タロ愛用の魔法のステッキである。

「忘れてはいまいか? ボクは魔法使いであるぞ? 今回はボクのお得意な魔法の一つである変身魔法を使う」
「えっ、変身魔法!?」

 その魔法名に声を上げると、太郎は驚いたようにして目を見開いた。

「タ、タロって、そんな魔法が使えるの!?」

 昨日はブレーカーを落とすくらいしか出来なかったのに!?

「フッ、いかにも、だ。だからこの変身魔法を使い、キミとともに学校に行くのだ!」
「そ、それは凄い魔法だね! それで、その変身魔法って、何にでも変身出来るの?」
「当然だ。ボクは大天才だからな!」
「そ、そっか……っ」

 なるほど、それなら安心だ。
 目立たないように付いて来る事が出来るのならば、他人に見付かる可能性も低いし、何より周りから変な目で見られずに済む。
 ああ、良かった……。

「じゃあ、ネズミとか、鳥とか、小動物系?」

 物語の中では、小さな動物が主人公の肩に乗っているのをよく見掛けるが……。
 そんなイメージだろうか?

「何を言うか。妖精なんかになって、万が一にでも見つかってみよ。学校から追い出されてしまうではないか」
「いや、きっと捕獲されて研究所送りだよ」

 そもそも妖精になってくれなんて、誰も言っていないのだが。

「とにかく生き物では駄目だ。見付かった時にリスクが高すぎるからな」
「生き物じゃ駄目って……。じゃあ、何になるの?」
「どうもこうも、無機物になれば良い。キミが所持していても怪しまれない物であれば尚更だ」
「えっ、生きていない物でも大丈夫なの?」
「当然だ。ボクは大天才だからな」

 どうやらタロは、本当に何にでも変身出来るらしい。
 ブレーカーを落とす事を雷魔法と言うくらいだから、正直あまり期待はしていなかったのだが……。

 これは期待するなと言う方が、難しいのではないだろうか。

「タロって、本当は凄いんだね!」
「フッ、今頃気付いたのか、パンピーめ」

 偉そうに踏ん反り返るタロの態度にはイラっとするが。
 まあ、今はそんな事はどうだっていい。

 太郎は期待に満ちた眼差しを向けながら、ワクワクとタロを急かすようにして口を開いた。

「とにかくタロ、早く変身してみてよ! 時間もそうないんだしさ!」
「うむ、良かろう。では、とくとご覧あれ!」

 そう叫ぶや否や、タロは魔法のステッキを高々と掲げた。

「ペケポン、ペケポン、素敵にへんしーん!」
「っ!?」

 奇妙な呪文の後、ボンっと白い煙がタロの姿を覆う。

 その煙のせいで太郎自身も思わず目を瞑ってしまったが、そのモワモワとした煙が消えた頃を見計らうと、太郎はそっと目を開き……そして唖然とした。

「タロ……、それ、何?」
『キミが所持していてもおかしくない物だ!』
「へえ……で、それ、何?」
『何だ、見て分からんのか? どこからどう見ても剣じゃないか』
「……」

 分かっている。うん、それは分かっている。
 確かに目の前にあるのは、立派な剣だ。
 キレイな刀身に、金の柄が付いた切れ味の良さそうな剣。
 漫画やゲームの中でよく見られるあの剣が、確かに目の前にある。

『どうだ? 某勇者もビックリの美しい刀身だろう? ハハン、見惚れて声も出ぬか! パンピーめ!』

 脳に直接語り掛けるようにして聞こえて来るのは、確かにタロの声。

 やはり目の前にある剣は、タロが変身した物で間違いないようだ。

「うん、ビックリしたよ。でもさ、タロ。これ持って外に出たら、僕、一発で警察に捕まっちゃうからね」
『警察? 何故だ? 何故捕まるのだ?』
「銃刀法違反の罪だよ」
『違反? 何故だ? キミくらいの男の子は、みんな持っているのではないのか?』
「え、どこで聞いたの、その誤報?」
『魔法学校で渡された資料に書いてあったのだ。その資料の中には、この世界で普及している漫画が入っていてな。そこの住人はみんな持ち歩いていたぞ!』
「……」
『突然魔物に襲われるとは、物騒な世界だな!』
「ああ、うん……それ、漫画の話だから』
『む?』
「剣を持ち歩いて許されるのは、漫画の世界だけだから。この世界は突然魔物に襲われたりしないから」
『……この世界と漫画の世界は、違うと言う事か?』
「うん、違うよ。別物だね」
『剣は、持ち歩けぬのか?』
「うん、駄目だよ」
『なんと、そうだったのか……』

 長い長い会話の末、ようやく自分の間違いに気付いたのだろう。
 ショックを受けて落ち込んだようなタロの声が耳に届いた。

『せっかくキミに喜んでもらおうと、夜な夜なカッコイイデザインを考えたのにな』
「え、そうなの? 何かごめんね?」

 自分は全く悪くないハズなのに。それなのに物凄い罪悪感を覚えるのは何故だろうか。

 ずーんと落ち込んだように見える剣にとりあえず謝ると、再びタロの声が聞こえて来た。

『いや、気にする事はない。候補はまだ他にもあるのだからな!』
「え、そうなの……って、銃とか危ないのは駄目だからねっ!」

 まさか拳銃とか爆弾とか、危険な武器に変身するつもりじゃないだろうな?

 嫌な予感がして事前に止めようとした太郎であったが、彼の心配を他所に、タロは「フフン」と得意気に鼻を鳴らした。

『人を殺めるような危険な物でなければ良いのだろう? 任せろ、理解した』
「本当に?」
『もちろんだ。まあ、任せろ、他の参考資料にも目を通してある。要するに、キミくらいの男子が常に持っていて、殺傷能力がない物に変身すれば良いのだろう?』
「うん、そうだね。とりあえず他の人に迷惑が掛からなければ大丈夫かな?」
『オーケー、任せろ。では……ペケポンペケポン、素敵にへんしーん!』

 あの魔法のステッキはいらないのだろうか……まあ、いいか。

 とにかくタロがその呪文を唱えると、再びボンッと言う音とともに白い煙が(タロ)を包み込む。

 その煙のせいで再び目を瞑った太郎は、煙が消えたのを見計らってそっと目を開き……、

「うわああああああッ!?」

 そして悲鳴を上げた。

「なっ、な、ななななななななッ!?」
『何を驚いておる? キミとて常備しているのだろう?』
「そんな事してないよッ!」
『ふむ……では、コッソリ隠している派か』
「かッ、隠してもいないよッ!」

 太郎の目の前に現れた物。
 それは女の人の素っ裸が載っている薄い本……つまり、エロ本だったのである。

 太郎はそれから視線を逸らすと、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「とにかく元に戻ってよッ!」
『何で?』
「恥ずかしいからに決まっているじゃないかッ!」
『恥ずかしい? 毎日見ているのにか?』
「見てないよッ!」
「いや、それはない。だって学校の資料にこの世界の健全なる男子は皆……』
「そんなの個人の自由だよ! 見ない人は見ないの! 嫌なモノは嫌なんだよ!」
「嫌? その発言は、この表紙を飾る女性に対して大変失礼な……』
「いいから元に戻ってーッ!」

 何か、納得いかない気はするが。
 しかし太郎がここまで嫌がっているのだ。きっと本気(マジ)で嫌なのだろう。
 タロは仕方がなさそうに溜め息を吐くと、ボンッと音を立てて元の姿に戻ってやった。

「せっかく喜ぶと思ったのに……」
「喜ばないよ! それに何でまた僕が悪いみたいになっているんだよっ!?」

 気のせいだろうか。タロがいらないところで、余計な気を遣っているような気がするのは。
 これぞまさしく、俗に言う『小さな親切、余計なお世話』だな。

「では一体何に変身したら良いのだ? 他に候補がないぞ」
「……」

 何故、この二つしか候補に挙がらなかったのかは謎である。

(タロって確かにすごい魔法使いなんだろうけど、きっと考え方が他の人とずれているから駄目なんだろうな……)

 今の変身魔法から見ても、彼がこの魔法を得意魔法の一つだと言うのは頷ける。
 だが、しかし……、

(まあ、いっか)

 でもここで文句を言っていても仕方がない。
 ここで思った事をそのまま口に出してしまえば、タロがまたぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのだろうし……。

 太郎はその心の声を心の奥底に押し込むと、少し考える仕草を見せてから「そうだ」と口を開いた。

「じゃあ、絆創膏とかどう?」
「絆創膏?」
「うん、怪我した時に貼るヤツだよ。他にサビオとかリバテープって言うんだけど……知ってる?」
「無論だ。それならボクの世界にもある」
「それだったら、ほっぺにでも貼っておけば誰にも不審がられないし、ずっと一緒に行動出来ると思うんだけど……」
「ふむ……なるほど、なるほど。さすがはこの世界のボク! 天才がすぎる!」
「え? あ、ありがとう……?」

 何故だろう。タロに誉められても素直に喜べないのは。

「よし、では早速……。ペケポン、ペケポン、素敵にへんしーん!」
「うわあっ!?」

 またまた同じような奇妙な呪文の後、ボンッと言う音とともに白い煙がタロを包み込む。

 しかし今回はちょっと違った。
 タロだけではなく、太郎をも巻き込んで煙が大量発生したのだ。

「ちょっ、タ、タロ!? 何で僕まで巻き込むんだよッ!?」

 突然の出来事に目を瞑っただけではなく、大きく咳き込みながら文句を口にした太郎であったが、白い煙が消えたと同時に目を開けば、彼はその場の光景に「あれ?」と首を傾げた。

「タ、タロ?」

 さっきまでは確かにそこにいたタロ。
 しかし今、彼の姿はどこにもなかった。
 先程の白い煙と一緒に、ドロンと消えてしまったのだろうか。

「タロ? おーい、タロ? タロー?」
『ふふふ、ここだ、ここだ』
「え?」

 再び脳に聞こえて来るタロの声。そして、それとともに右頬に感じた違和感。

 これは、もしかして……。

『そうだ、キミのほっぺだ』
「え!?」

 玄関にある姿見。そこに写る自分の姿。

 それをよく見てみれば、その右頬にはさっきまではなかった絆創膏が、しっかりと貼り付いていた。

「この絆創膏……もしかして、これってタロ!?」
『いかにも』
「ええっ、何これ、凄い! これなら誰にもバレないよ!」
『うむ。ボクの存在が不特定多数の人に知られてしまうのは、ボクとしても喜ばしいものではないからな。これでボクも心置きなく追試が行えると言うわけだ!」
「うん、良かったー……って! 良くないよッ!」
『うおうっ!?』

 突然太郎が叫んだからだろう。
 右頬から、驚いたような声が聞こえて来た。

『いきなりどうした、タロー!?』
「どうしたじゃないよ! 何だかんだで言い包められたけど……僕、キミが学校に付いて来る事に了承なんかしてないからね!」
『なんと!?』

 流れ的にはタロが付いてくる事になっていたが。
 でもよくよく考えてみれば、タロが学校に来る事を、太郎は許可していなかった。

 確かに絆創膏になったタロが他人に見付かる可能性は低い。

 しかし、それでもやっぱりタロはタロだ。
 まだ出会って数時間しか経っていないが、彼の性格は何となく分かる。

 お気楽マイペースな自信家。
 しかしやる事成す事ムチャクチャで、お得意の魔法だって、ぶっちゃけ当てにはならない。

 そんな彼を学校になんか連れて行ったら、絶対に何か事件が発生する。
 絆創膏の魔法は完璧だとしても、彼の正体はバレなかったとしても、絶対に何かしら問題が派生する。

 絶対にだ。間違いない!

「とにかく、タロは留守番していてよ!」
『何を失礼な! 人をトラブルメーカーのように言うでない!』
「明らかにトラブルメーカーだろ!」
『何をう!? キミのためにとやっているんじゃないか!』
「僕のためを思うんなら、大人しく留守番していてよ!」
『ならば、キミのために一つ教えてやろう!』
「何だよッ!?」
『今、八時三十分だぞ』
「え……?」

 その忠告に一瞬……ほんの一瞬だけ時が止まった(気がした)。

 恐る恐る腕時計を見れば、確かに今の時刻は八時三十分。
 そして始業時刻は八時四十分。
 太郎の足で、学校までのんびり歩いてニ十分。
 走って……。

 大変だ。

「うわああああああッ!? た、大変だっ! 遅刻しちゃうよッ!」

 急がないとマジでヤバイ。
 いや、急いだところでもう駄目かもしれない。

「何でもっと早く教えてくれないんだよッ!」
『ははっ、口を動かすより、足を動かしてはどうだ?』
「分かってるよッ!」

 こうなってしまえば、タロを説得する余裕などない。
 タロ(絆創膏)を引っぺがして投げ捨てたところで、どうせ追い掛けて来るに決まっているし。

 仕方がない。
 腹を括るんだ、太郎ッ!

「とにかくタロ! 学校では大人しくしててよねっ」
『フッ、案ずるでない。この姿でいる間、ボクの声はキミにしか聞こえないのだからな』
「そのキミと話している僕の声は、みんなに聞こえるんだよ! だから黙ってて! 絶対に話し掛けないで大人しくしてて! 分かった!?」
『……。アイアイサー!』
「アイアイサー!? ふるっ!」

 少し長めの間や、返事の仕方が気になるが……。

 しかし今は、タロに構っている場合ではない。

 太郎は慌てて家を飛び出すと、全速力で学校へと向かった。

しおり