三年前3
恐ろしくなるほど、トントン拍子に事が進んだ。
会場となる場所の下見に行って、麻酔銃を正確に撃つ練習をして、何度もシミュレーションした。
そしてついにその日がやってきた。
計画実行の直前、会場の近くに潜んでいる時にカルミアは
「これ、お守り。頑張って作ったんだ。持ってて」
と言って、小袋を渡してきた。
俺は感激して、何度も彼女にお礼を言った。
「キリンさんには大変な役目を背負わせちゃうからね。これくらいさせてよ」
カルミアは、はにかんだ。
確かに彼女の言う通り、この作戦において俺はかなり大変で重要な役割を担っている。
しかも失敗は許されない。
立場のある人間が集まる晩餐会だ。
潜入したことがバレたりすれば、誰かの暗殺を企てた不届き者としてきっと重罪に科せられる。
改めて事の重大さにゾッとしながらも、不安そうに俯いているカルミアを励ますために俺は無理やり笑ってみせた。
「大丈夫だよ。きっとカルミアさんの妹をここに連れてくるから」
それから俺たちは一人で晩餐会に向かう紳士を見つけて、麻酔銃で眠らせた。
荷物から招待状を頂戴すると、縄で縛って拘束し、眠っている紳士をカルミアが見張る。
計画通りだ。
俺はカルミアが用意してくれたタキシードを着用して、招待状を持って会場に向かった。
招待状を見せると、会場にはすんなり入ることができた。
すでに大勢の紳士淑女が揃っていた。
放っているオーラだけで権力のある人間か、それほどでもないかを見分けられる。
……まさか、またこの世界に足を踏み入れることになるとは思っていなかった。
複雑な気持ちを抱えながら俺はすぐにカルミアの妹、ホオズキを探した。
しかし、いくら探しても姿が見えない。
懐からカルミアに貰った写真を取り出して確認したが、同じ顔の人間はこの場にはいない。
まだ来ていないのだろうか。
あまり挙動不審であるわけにもいかないので、俺は焦りを隠しながら自然な動きで会場を見渡した。
そして、発見した。
ホオズキではなく、俺の兄を。
俺は思わず目を見開いて、兄の方をじっと見つめた。
兄の名はサイン。
俺はカルミア同様、権力を持った家の子供としてこの世に生を受けた。
そして兄は俺より先に生まれた。
彼は自分よりも優秀だった俺を脅威に感じ、ある晩、突然俺にナイフを突きつけ
「今ここで俺に刺されて死ぬか、この家から出て行くか、選べ」
と言ってきた。
もうずいぶん前のことだ。
俺は死にたくなかったので、後者を選んだ。
だから今も生きている。
そんな兄が今、目と鼻の先にいる。
だが、俺はカルミアと違って兄に復讐しようなんて気持ちはない。
なぜなら、あの晩、俺を殺してリスクを完全に無くすこともできたはずなのに逃がしてくれたのは、兄なりに俺に対して情けを掛けてくれたということだと俺は理解しているからだ。
俺が逆の立場だったら、後々リスクになることを考えて息の根を止めていたかもしれない。
そういうことが珍しくない世界なのだ。
それなのに兄は俺を生かしておいてくれた。
だから俺は兄から目を逸らした。
俺たちは互いに関わってはいけない。
今兄が俺に気づけば、兄はきっとこう考える。
「弟が復讐しに来た」
そうなれば面倒だ。
今度こそ容赦なく殺されてしまうかもしれない。
俺は兄の視界に入らないように移動した。
それにしても、ホオズキは本当にどこにいるんだ。
そうこうしているうちに着席を促され、主催者による挨拶など、その他諸々が順調に進行し、食事が始まってしまった。
俺は隣の席の、どこの誰かも知らない権力者の話に相槌を打ちながら食事した。
テーブルマナーは子供の頃に叩き込まれているため自然とこなすことができたが、会話が面倒だった。
なにせ俺は部外者だ。
絶妙に嘘を織り交ぜながら上手く話さないと、すぐに怪しまれる。
結局、ホオズキはこの晩餐会には現れなかった。
カルミアにどう報告したものか、と思い悩んでいたところに事件は起こった。
閉会の挨拶が行われている最中、どこかで悲鳴が上がった。
反射的にそちらに視線を向けると、俺の兄が胸を押さえて苦しそうに呻き声を上げていた。
隣に座る女性が悲鳴を上げたようだ。
俺を含め、会場にいる全員がそちらに目を向ける中、俺の視界の端に出口に向かってスタスタと歩く人影が映った。
状況にそぐわない行動が気になり今度はそちらに目をやって、俺は唖然とした。
この場にいないはずの、カルミアがそこにはいたのだ。
カルミアは出口付近で振り返って俺を見つけると、少しだけ口角を上げて、すぐにまた正面を向いて出口へと消えて行った。
みんな兄の方に注目していて、誰もカルミアの存在には気づいていないようだった。
兄の周りに人が集まっていく。
これは一体……どういうことだ。