最強の隠し味
長老が言ってたな。タイムリミットは太陽が完全に落ちた時だって。
結局厨房に入ってるのはトガリとイーグとルースだけ。
でもって、しばらくしたらジールとアスティが深刻な顔で戻ってきた。奥の部屋でルースたちとなんか話してるようだけど俺にはあまり関係ないみたいだし、仕方ないからトガリの弟たちとチビとで遊ぶことにした。モグラのチビどもは村の連中とは一緒にいたくないんだとか。
「……つまり、特殊な香を使った……」
「証拠はこれくらいしか……」
「わかった、どうにか調べてみる」
とはいえ、否応なしにルースたちの会話は俺の耳にも入ってきちまうワケで。うん、やっぱり気になる。
「ルース、さっきからなんの話してンだ?」
チビを肩車した俺は厨房へと足を向けた。ヒマだし。
「え、あ……いや、なんでもない、よ」
「ウソつけ、髪がすげえことになってんぞ」
時折見せるルースのその癖。こいつイラついてる時は髪の毛をわしゃわしゃ掻きむしる癖があるとかで、案の定目の前にいるあいつの髪は、まるで焼け焦げたかのように大爆発していた。
「ルース、僕から説明するよ」
部屋の奥から小麦粉で身体中真っ白に染まったトガリが姿を表した。
やっぱりなんか裏事情があるのか……?
トガリが言うには、どうもあいつの仲間全員、誰かに操られている……か、もしくは集団で何かの術にかけられているとのことだ。
何かの術……ってなんだ?
「うん。それについては、ジールとアスティが調べてくれたんだ。ここの岩山の奥深くに村人が集会に使う大広間があってね、どうもそこに何かが仕掛けられたみたいなんだ。まずはサパルジェ長老。そしてアラハスの全員がね」
「それがさっき話してた、お香ってやつか」
ルースはコクリと大きくうなづいた。
「僕の嗅覚と記憶なら、ある程度なら匂いだけで分かる……これは嗅いだ人の思考能力を無くしてしまう強い毒草だ。服用したらすぐに昏睡死するほどの強いやつ」
そんだけ強い毒草だ。固めて燃やしてその煙を嗅がせて……それで死ぬことはないが、吸った連中はしばらくの間、半ば眠ったかのような夢うつつな状態になってしまう。俺たちがアラハスに着く直前、モグラ連中はその煙を吸わされ、到着した俺らやトガリを敵視するようになったと言うワケだ。
だから、別室で寝てたチビモグラたちは運良くその煙を吸うことはなかった……ってことか。
しかし、いったいどこの誰がそんな真似を!?
俺らが到着する前には、ここの連中はすでに催眠にかかっていた……つまりはそれより前に来た奴?
「……先遣隊!?」
「そーゆーコト。まああくまでも消去法で突き止めただけに過ぎない仮説なんだけどね。とにかく今は犯人探しより、ルースに何か薬を作ってもらわなきゃ始まらない。だからあたしたちは別行動してたってワケ」
そうして、ジールはいつもの軽いため息ひとつ。
「しかしなんでわざわざこんな手の込んだことをするんだか……僕らを足止めしていったい何の意味が?」
「ああ、アスティの言う通りさ。少しでも長く僕らをここに居させて、リオネングの土地の被害を拡大させるのが目的としか……」
とりあえずはそれは後回し。犯人探しは……そう、トガリの対決が終わってからだ。
「で、そのことなんだけど……」トガリがルースの脇から、申し訳なさそうな顔で現れた。
「どうしても他のもので補えない材料があって……」
はて……? ここに来るときにあいつはひと通りのスパイスは持ってきたとは聞いていたんだけど、まだなんか足りなかったのか?
「なんだそれって?」
「リンゴなんだ……」
えええええ⁉︎ と大声を上げそうになっちまったのを寸前で俺は押しとどめた。
「いま作ってる特製のシチューなんだけどね。ベースになるトマトとかは持ってきたんだけど、隠し味になるリンゴと蜂蜜のうち、リンゴが……。こんなことになるんだったら店からもらってくればよかった」
ヤバいくらい大量の冷や汗が出た。
そうだ、俺が餞別がわりにもらってきたリンゴがあったんだっけか。けど……うん。俺とチビとフィンとでついつい。
その時ふと、隣にいたフィンが俺の尻尾をぐいぐい引っ張ってきた。
「(一個残してなかったっけ?)」あいつは、他の奴らに聞こえないようにこっそり耳打ちしてきた。
十個近くあったな確か。俺が六個食って、フィンが二個にチビが一個。あれ、えっと……あれ、そうだったっけ?
トガリのゴタゴタでそんな細かいことなんて完全に忘れていた。
とりあえずチビとフィンを連れて、外にある馬車へと。フィンの記憶の方が、俺より正しいに決まってるしな。
……………………
………………
…………
「あったか?」
「ダメだ、どこにもない……確か一個だけ袋に残ってたんだよな」
馬車の荷台に残っていたのは空っぽの麻袋だけ。芯まで食っちまったからなんにも残されてはいなかった。
つーか、フィンの記憶も曖昧だよな。
「おめーがジャガイモと見間違えたんじゃねーか……って痛ぇぇえ!」
冗談で言ったつもりだったんだがあいつの方はマジだった。思いっきり俺の足先を踏んづけてきやがった!
「見間違いなんかじゃないって言ってンだろ! チビと話したんだ。もったいないから帰りに一緒に食べようぜって!」
ああそうかい、だから残しといたのか……ってだったらいきなり足踏むことねーだろーが!
「パチャに教えてもらったんだ。ラッシュを黙らせるには尻尾が足先が一番だって」
ふざけんなあのトカゲ女。今度は向かってきたら返り討ちにしてやる。
まあとにかくリンゴが見つからないのは困った。なにか他の手段を考えなけりゃな、と思って、チビを抱えて荷台から降りようとした時だった。
足の裏が妙にベトつくんだ。
気になって床面に手を着く。うん、やっぱりべとべとだ。
手足に残った匂いを嗅いでみると……そうだ、リンゴの汁だ!
俺もそうだがチビも汁垂らしまくりの汚ねえ食いっぷりだったしな。それを踏んづけちまったのか。
「ラッシュ、床になんか変な足跡があるよ」
汁を踏んだ足跡が点々と。チビやフィンの履いてるなめし革の靴でもない、ましてや俺のデカい足でもない。もっと小さな足型だ。そして不釣り合いに長い爪。
「ここの村の連中が探りにきたのかな?」
それはモグラの足跡で、ほぼ間違いはなかった。
トガリのやつが来たのか? いやそれにしてはあいつのよりさらに小さなモグラの足……ってこれ!
チビモグラだ! トガリの弟たちだ!
「ってことは、あいつらが残った一個を持ってっちゃったってこと!?」
「そういうことになるな」
外に目を向けてみると……やっぱりだ。俺たちの足跡とは別に、小さな足跡がずっと続いていた。
こうしちゃいられねえ!
吹く風で消えつつある足跡とリンゴのわずかな匂いを追いながら、俺たちは大急ぎでチビモグラの痕跡を追っていった……が。
「あ、ラッシュこんなとこに居たのか、いきなりいなくなったからみんな心配してたんだぞ」岩陰からひょっこりとイーグが現れた。どうやら俺とフィンが事件に巻き込まれたと思っていたらしい。
「ああ……どっかにリンゴが落ちてないかなと思ってな」
「大丈夫、それだったらトガリの弟たちが見つけてくれたぜ」
「はぇえ!?」思わずフィンと二人で変な声が出ちまった。
……………………
………………
…………
「荷台から甘酸っぱい香りがしたから入ってみたんだって、そしたらこのリンゴが転がってたんだってさ」
ジールがチビモグラを抱きしめて、嬉しそうに話してくれた。
マジかよ、フィンの言ってたことは間違いじゃなかった……けどこいつらわざわざ持ってきてくれたなんてな。
てっきり二人でこっそり食っていたとばかり……まあいい、とにかく助かった。トガリも小躍りしながら厨房に走って行ったし。
「ところでさ、なんでフィンとラッシュは馬車にリンゴがあるなんて思ってたの?」
パチャの言葉に俺たちはことが出来なかった……そうだ、うっかりなにか言おうものなら、洞察力のあるジールとかに感づかれてしまうし。
「んっとね、おとうたんとフィンにいたんと三人でリンゴいっぱい食べてたの。馬車のなかで」
「「「え!?」」」
オイこらチビ。
(この後、俺とフィンはみんなから袋叩きに遭った)