035 本当の夫婦なら
「まったくどこからそんな話が漏れたんだ……」
ランドは片手で頭を押さえながら、横に振る。
確かに、こんなデリケートな話、どこからもれたのかしら。
って、今はそこは重要じゃないんだけど。
「一度戻ったら、使用人たちも精査しなければな」
「ランド様……、私も聞きたいです」
答えようとしないランドの服の裾を、私は掴む。
はしたなくたって、知りたかった。
そしてそこに、今回の答えがある気がした。
「それは……」
「愛していないからでしょう⁉」
まだこの期に及んで、口を挟むんだシルビアは。
さすがに頭に来て、大きな声を出そうとした私をランドが制止する。
「ミレイヌのことは誰よりも愛しているし、彼女以外とは結婚しないと言ったのは俺だ。それに彼女の元に早く帰りたいがために、戦争終わらすことも躍起になった」
「ではなぜ」
「それは、俺が不甲斐ないからだ」
言葉の意味が分からず、その場にいたみんなが『ん?』という顔をしていた。
どこをそどうしたら、不甲斐ないことと初夜が関係あるのかしら。
「結婚式、彼女を抱きかかえることが出来なかった」
「えっと、それとこれとはどう関係が……」
「一生に一度の結婚式で、俺はミレイヌに恥をかかせてしまったんだ。俺が不甲斐ないばかりに」
抱きかかえるって……。
ああ、確かバージンロードをランド様が私を抱きかかえて馬車まで向かうって手順だったっけ。
でもあれは私が重すぎたせいで、抱っこ出来なかっただけじゃない。
どうしたらそれと不甲斐ないってことが繋がるのかしら。
「英雄だなんだともてはやされたところで、俺は愛する人を持ち上げることさえできないようなヤツなんだ」
「いやそれって……ランド様……」
「君がどこまでも傷ついたことは知っているんだ」
くるりとランドは私に向き直る。
いや、傷ついたの……かな。
そうだったかな。
うん、そうかな。
むしろ私のせいだって、自覚したつもりだったんだけどなぁ。
「だから今度こそは君をベッドまで抱きかかえて行けるまではダメだと思ったんだ!」
「えええ」
そこ?
そこなの?
私が初夜を迎えられなかった理由って。
ある意味、全部私のせいじゃないの。
「もしかして、会う度に私を持ち上げたりするのっていうのは……」
「鍛えた成果がどれほどか、こっそり確認していたんだ」
アレはそういう意味だったのね。
なんだ……なんだ……。
「私はずっと愛されていないのかと思っておりました」
「なっ! どこをどうしたら、そうなるんだいミレイヌ」
「だってそうでしょう? 愛してるとも言ってもらえず、初夜もない。普通、そう思うではないですの」
「ああ、すまない。そんなつもりはなかったんだ」
ランドはどこまでも優しくて、その愛はそこはかとなく伝わってはいた。
でも圧倒的に私たちは夫婦として欠落していた。
きちんと思いを伝えるってことが。
「愛してるの言葉も、初夜がない理由もずっとお聞きしたかった……でも、私も怖くて聞けなかったんです。聞けずに勝手に傷ついて……ホント、ダメですね」
「ダメではない。俺が悪いんだ」
「いいえ。二人とも悪かったんです。夫婦なら、ちゃんと会話をしないと。人は言葉を交わさねば、態度だけでは思いは中々通じません」
「ああ、そうだな」
「ですから、私はもっとランド様とたくさん会話がしたいです。そして……たまにで良いので、今みたいに愛を囁いて欲しい」
もっと早くちゃんと伝えられていたら、こんなにもこじれることはなかったんだ。
私が臆病になりすぎて、ダイエットが成功したらとか、これが出来たらなんて先延ばしにしてしまった。
だからシルビアのような人に付け込まれることになってしまったのよね。
せっかく夫婦になったのだもの。
離れていた時間も長い分、私たちはちゃんと会話をすべきだったんだわ。
遠回りしすぎね。
「もちろんだ、ミレイヌ。君の愛を失いたくないからね」
ランドは私をギュッと抱きしめる。
数日ぶりのその香りに、私はどこまでもホッとした。
ずっとこのままいたいと思えるくらいに。
「ゴホン」
そんな私たちを、わざとらしく咳をしたシェナが止めた。
何よ、もう。
せっかくいい感じだったのに。
そう非難の声を上げようと、チラリと後ろを見ると、シェナはドアの向こうを指さしていた。
「あ」
たくさんの観客たちと目が合う。
そうね。すっかり忘れていたわ。
ドア、開いてたんだ……。
「ランド様は、ランド様はワタクシのものだったはずなのにぃぃぃぃぃ」
大声で泣き出すシルビアは、駆け付けた父親によって回収され、浮気という自作自演はすぐに国中の者が知ることになった。
あまりに大きくなった事態の収拾は公爵が役職を降りることと、公女が修道院へ行くということで収まった。
ただ最後まで、公女が私に謝ることはなかった。
でも私はそんなことはどうでも良かった。
だってキチンとした夫婦になるきっかけを作ってくれたのは彼女だったから。
幸を願ってあげるほど優しくはないけど、でも健やかに過ごしてくれればいいと心より思ったのは本当だ。