013 王宮でびゅー
「もう帰りませんか? ミレイヌ様」
珍しく弱気なシェナが、数歩あとを歩きながら小さく声をかけてきた。
ここへ来てからというものの、表情はいつもと変わらないポーカーフェイスを装っているけど、シェナはやたら周りが気になるようだった。
まぁそれも無理はない。
なにせココは王宮の廊下なんだもの。
「まだ来たばかりだし、目的達成してないのに帰ってどーするのよ」
「ミレイヌ様って、変なとこにだけ神経質図太いですよね」
「あのねぇ、図太くなければ貴族令嬢なんてやっていけないわよ」
「そうかもしれませんけど……」
「そんなにみんなの目が気になるの?」
「気にしないという方が無理です」
王宮に入った途端、すれ違う人たちはみんな私たちに目を向けていた。
普段から私がこういう場に出ないからもそうなんだけど。
たぶんみんな私の体型が気になってるみたい。
好奇の目と陰口。
それは王宮で働く者たちまで、こそこそと話しているのが聞こえてくるようだった。
そんな周りに睨みを効かせつつも、私を気遣うことにシェナは疲れ果ててしまったらしい。
気にしなくていいとは言ったんだけど、性格的にそーもいかないみたいね。
「そうかなぁ。気にしたら負けよシェナ」
「ですが……さすがに酷すぎませんか?」
「なれてるというより、シェナが思うほど気にもしてないからいいのに」
陰で何を言われようが別にそうもダメージにもならないのよね。
むしろイチイチ腹立てる方が疲れてお腹すくし。あーいうのは相手にしないのが一番なんだけど。
「ただ騎士団のとこにいるランド様にコレ渡すだけじゃない。もう少し堂々としてればいいのよ」
「それは分かってます」
「それかさぁ。注目される私って、やっぱり素敵なのね! とか。じゃなきゃ、みんな私に嫉妬してるのね、とか。そういう風に考えてみたら?」
「ポジティブすぎて、むしろ尊敬しますわ」
「あら、ありがとう」
なぜ私たちがわざわざこの王宮まで足を運んだのか。
それはコレ……果実酢が思った以上に美味しく出来たから。
朝、果実酢をお水で割って氷を入れて飲んだら酸味と甘さのバランスが抜群だったのよね。
甘すぎず爽やかなのど越しもそうだけど、ビネガーには疲労回復の効果がある。
だからお散歩もかねて、最近更に忙しくなってきたランドに差し入れをって思ったんだ。
騎士団の人がどれだけいるかわからないけど、大きな瓶で作ったから足りるでしょう。
それに私たちの分は、作った翌日に届いた兄からの恐ろしく大量の氷砂糖を消費するために、さらに二瓶作ったから。
お酒ではない分、一週間くらいしか冷所でも日持ちしないのよね。
だからせっかく上手に出来たから飲んでもらいたかったんだ。
「あわよくば、うちの嫁サイコーってならないかな」
「願望が口から出てますよ」
「だって」
「王宮では恥ずかしいのでお止めください、ミレイヌ様」
「もー」
いつもの安定なやり取りをしていると、少しだけシェナの顔が緩む。
緊張とか警戒心が少し取れたようね。
私のせいで気ばっかり張ってると疲れてしまうからね。
「ふふふ」
「どうしたんですか急に。気持ち悪い」
「さすがにそれ、ひどーい」
頬を膨らませながら抗議していると、長い廊下の反対側から数名の令嬢たちが歩いて来るのが見えた。
あー、なんかめんどくさそうな連中来ちゃったわ。
そんな本音が思わず口から漏れる前に、令嬢たちは私を見て立ち止まった。