276 はじまりの草原にて
その後しばらくして、ラクトはサーシャ達を連れて、長老の家を出た。
中央広場の、サーシャ達の泊まっている宿へと戻る。
「……ラクト」
「うん?」
サーシャの声がして、先頭を歩いていたラクトは振り向いた。
「どした?」
「ムハドという人、何者なの?」
「ムハドさんか。フフフ、ムハドさんはなぁ……とにかく、すっげえんだ!」
「……」
「あと、かっこいい!そんで、優しい!」
「……」
「うん、うん……!」
無表情のサーシャの横で、召し使いがしきりにうなずいていた。
陽は、少しずつ、傾き始めていた。
「……本当によかったのですか?サーシャさま」
召し使いが、不安そうにサーシャに問いかけた。
結局、護衛隊は重傷者が動けるようになり次第、全員、岩石の村へと帰還することになった。
逆に、サーシャ。世話役の召し使いと、ニナ。また、クライアントに人脈のあるシュミット。この4人は、今回の交易に同行することになった。
「サーシャさまと、我々だけで、メロの国に行くことに……」
「ホント、護衛さんたち、残念だよね~」
ニナも、召し使いに同調して言った。
「仕方ねえよ。賢明な判断だと、俺は思うぜ」
先頭を歩くラクトが振り返って言うと、サーシャも小さくうなずいた。
「……分かりました。彼らには、私のほうから、言っておきますので」
「……ありがとう」
村の中心部のほうへ。
「……」
進行方向右手にある、建物と建物の間のその先……崖と、それを上るための階段がチラチラと見え、そこをサーシャはしきりに眺めていた。
「ラクト」
「んっ?」
ラクトは立ち止まって振り向くと、サーシャの顔がすぐそばにあって、ぶつかりそうになった。
「ち、近えな、顔!どした?」
「……あの、崖の上」
サーシャは右手で、崖を指差していた。
「上ってみたい」
「お、おう……」
……なんか、道草の多いヤツだな。
※ ※ ※
長い長い階段を、上り切った。
「うへぇ~」
「はぁ……」
ニナと召し使いの2人も着いてきたが、ぐったりとしている。
サーシャも無言だが、肩が上下に揺れていて、息が荒くなっている。
傾斜のある草原に、4人は立った。
――サ~。
心地よい風が、通り抜ける。
少し影を伸ばした草達が、気持ちよさそうに、いつものように、揺れていた。
「うわぁ~!」
「キレイ……」
ニナと召し使いが、崖の上から見える景色に、感嘆の声をあげた。
オレンジ色の、大きな陽の光の下、キャラバンの村が、一望できた。
密林寄りエリアには、木造建築の建物が、緑豊かな農園とともに点在している。
逆の砂漠寄りエリアは、石造りの建物がひしめき合うように、密接して建っている。
そして、村の中央エリアでは、乱立する建物とともに、中央広場を飾っている、高台の大きな鐘がよく見えた。
「……こんなに、」
サーシャはキャラバンの村を眺めながら、言った。
「こんなに自由に歩き回ったの、初めて……」
「サーシャさま……」
召し使いが、神妙な表情で、サーシャを見つめている。
「ちなみに、俺とミトとマナトは、ここを、はじまりの草原と、呼んでるんだ」
ラクトは、草原のほうを眺めながら、言った。
「はじまりの、草原?」
「ああ。ここで、マナトを見つけたんだ」