275 サーシャの決意
「……」
長老の言葉を聞き、ニナと召し使いはうつむいてしまった。
長老の向かいに座っているサーシャは、特に表情を変えることなく、長老を見つめていた。
「リート、説明を」
「うぃ~っす」
リートが話し始めた。
「今回のロアスパインリザードの襲撃で、少なくても岩石の村の護衛達の重傷者と軽傷者は、この先の交易に連れてゆくことはできなくなったっす。まぁ、というか、そもそも……」
少しリートは口をつぐんだが、やがて、言った。
「……やはりどうしても、岩石の村の護衛達の戦力が不足しているところは、避けがたい事実なんす」
「……」
「確かに盗賊の襲撃はよくあって、逆に、ロアスパインリザードとかの、獰猛種の襲撃は、珍しいほうっすけどね」
「……」
「絵画と彫刻の運搬は、僕らが責任を持って行うんで。それなら、ラクダ2体で済むっすからね」
「……私は、」
サーシャは正面を向いたまま、口を開いた。
「私は自分の意志で岩石の村を出て、ここまで来ました。私は、メロの国に、行きたい……行かなければならないのです」
「お願いします!サーシャさまだけでも、同行することはできないでしょうか?」
「お姉さま、連れてってあげてよ!」
サーシャが言うと、ニナと召し使いも同調し、懇願した。
「……まあ、そうなるっすよねぇ」
リートは言うと、長老を見た。
「ふむ……」
長老は、白いあご髭をさすりながら、サーシャへ問いかけた。
「なぜ、メロの国に、お主が行かねばならぬ?」
「……今回の製作した絵画は、青い血の、広い、広い、湖」
「青い血?」
「はい。メロの国にいる、今回の依頼人である公爵から受けた依頼です。私の記憶の中にも、この景色が、ありました。私が生まれ育ってきた、見てきた光景とは、違う、景色……」
「ほう」
長老はリートを見た。
「……えっ?いやいや、知らないっすよ。聞いたこともないっす。青い血の湖なんて」
リートは首を振った。
サーシャは話を続けた。
「その依頼人の公爵に直接会ったら……私の中にある、この記憶にある世界が何なのか、分かるかもしれない。だから、行きたい」
「ふ~む……」
長老は腕を組んで、天井を仰ぎ見た。
「はは、これはもう、連れていくしかないな」
壁にもたれながら、話を聞いていたムハドが言った。
「じゃが、護衛達は戦力的に問題が……誰が、お主らを守ればよいのか……」
「あっ、それなら」
ここまでずっと、話を聞いていたラクトが手をあげた。
「たぶん、必要ないっすよ」
「なにを言っとるんじゃ、ラクト。今回はたまたま無傷じゃが、いざ戦闘になったらどうなるか……」
「いやてか、サーシャはたぶん、俺より、強いんで」
「……へっ?」
「……マジ?」
長老とムハドは、キョトンとして、サーシャを見た。
「……そうなの?」