277 マナトのこと
「マナトを見つけた……」
サーシャがラクトに聞いた。
「マナトって、誰なの?」
「えっ?いやいや、今回の鉱山の村での合流のときもいたし、前に岩石の村でのラピスの交易のとき、お前のアトリエ内でも会ってるぜ。黒い髪の毛の、ちょっと幼い顔をしているヤツだ」
「お姉さまの絵画のことを、うみだって、言ってたお兄ちゃんだよ!」
ラクトに続いて、ニナも付け加えるかたちで言った。
「あぁ、あのときの……」
サーシャは思い出したように、目を大きく見開いたあと、ラクトに再び問いかけた。
「……それで、見つけたって、どういうこと?」
「ああ。えっと……」
ラクトは傾斜のある草原の、やや上のほうを指差した。
「あのあたりかな。あそこで、マナトが仰向けで倒れていたんだ。俺とミトで見つけたんだけど、完全に気を失っていて、変わった服着てて、無傷で、あまりにも不自然で、最初は、ぜったいコイツ、ジンだって、疑ったもんだぜ」
ラクトは当時を思い出しながら、サーシャに話した。
「だけど、ミトが、ジンに連れ去られて、ここで捨てられたんじゃないかって言ったから、それじゃってことで、俺は長老に報告しに行って、その間、ミトがマナトを見張り続けていたんだ」
「……それで?」
「俺が長老に報告しに行っている間に、マナトは目を覚ましててな。ミトの目を盗んで逃げ出して、密林に一週間くらい隠れてちまったんだけど、ミトが粘り強く通って……結果、ジンではなくて、人間だった。ただ……」
「……ただ?」
「マナトは、異世界からやって来た、人間だった」
「異世界……?」
サーシャは目を細くした。
「……どういう、ことなの?」
※ ※ ※
「へっくしょん!」
マナトは豪快にくしゃみをした。
……誰かに、噂話でもされているのかな?
マナトは鼻をすすった。
護衛達にお見舞いの果物を贈り、マナトは自分の家に戻るところだった。
目が、少し腫れている。
シュミットの言葉を聞いて、護衛の流した涙に、マナトは思いっきりもらい泣きしてしまっていた。
……なんだろう、ちょっと、涙もろくなってしまったかな?
こっちの世界に来てからというもの、涙腺が緩くなっているような気がする。
さまざまな経験をしたからだろうか。……もしくは、水を自在に操る能力を得たから、その副作用というか、そういうことも、あるのかもしれない。
――シュルシュル……。
なんとなく、マナトは歩きながら、腰につけた水壷から、細い水流を出した。
手の平を出して、その上でクルクルと水流は回転し始める。
今は、もう、当たり前の光景。
……能力者、か。ただ、この能力がなければ、僕は、あの涙を流した護衛より、はるかに弱い。
そんなことを思いながら、マナトは沈みかけた、赤い光を放つ陽を横から受けながら、明日に向けて休むべく、自宅へと引き返していた。