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第五話 みつみ、キレる──☆

「おはようございます。ミツミさん」
「おっ……はよう、ございます。ヒューノバーさん」

 翌日、十一時頃、部屋にヒューノバー訪ねてきた。私の今日の服は昨日与えられたもの。簡素なデザインの長丈の白い上着に白いパンツ。いつの間にか部屋の前に予備らしき服も昨日置いてあった。置き配かな?

 朝食はとっくに摂りには行ったが、この惑星、一日三十時間もあると余暇時間も多いため、昨日の夜はうだうだと悩み続けていた。仕事はきっかり八時間なので元の世界ならば副業でもやっていたのではないかと考えた。

 ヒューノバーの様子を見るに、グリエルから注意はあったのか謎だ。笑顔を浮かべているようにしか見えないのもある。グリエルから話があればまず謝罪が飛んでくるのでは無かろうかと考えたが、腹の底が見えずどう接するべきか。

「昨日のミーティングルームに参りましょう。今日はこの国の文化など」
「……心理潜航捜査官としての訓練っていつからおやりに?」
「一週間はこの惑星についてですので、来週にでも始めますよ。急いても大して変わりません。心に潜るのですから、ある程度文化など知っていた方が理解出来ることもありますから」
「そ、うですねえ」

 とりあえず移動、移動して昨日の部屋に着いてから話を切り出そう。
 ああ〜嫌だなあ〜なんて思い続け、ミーティングルームへと着いてしまった。そうして席に座るよう促され、ヒューノバーも席に着いたのを確認し、話を切り出すことにした。

「ヒューノバーさん、お話が」
「はい、何でしょうか」
「その、あの〜う……番の件で、その、ねえ?」
「あ、申し訳ありません。今朝グリエル総督からお話はありました。自分もその件はお話しようと」
「あ、そうなんですか」

 な、なんだ。グリエル、ちゃんと話を通してくれていたのか。あまりにもヒューノバーが表に出さないから何も言っていないのかと思った。
 思わずほっと胸を撫で下ろし、どうして昨日話に上がらなかったのかと問う。

「実は自分……」
「はい」
「は、恥ずかしくて」

 思わず無言になってしまった。目をかっぴらいて。恥ずかしい? 恥ずかしいだと!? そんなもんこっちの方が恥ずかしいに決まってんだろうが! と心の中で叫んだ。そ、そうなんですか、と引き攣った笑みを返す。

「自分、ミツミさんを一目見て、この方と結ばれるのかと思い……」

 が、がっかりしたのか? と思わず唾を飲み込む。

「嬉しくって」
「……そうすか」

 これ本音、言っているのだろうか。と不審が生まれる。顔を取り繕うの上手そうだな、という偏見が私の中に生まれて十数時間も経っているもので。そもそも獣人の表情が未だわからない。なんとなく笑ってそうだな。とは感じるが。

「それで、恥ずかしくって、もう少し伸ばしても、と思ってしまい」
「ヘェ〜……」
「大変申し訳ありませんでした。その、う〜、恥ずかしい……」
「……この国の成人年齢って何歳なんですか?」
「十八ですね」
「ヒューノバーさん、何歳ですか?」
「二十六になります」

 馬鹿。本当に馬鹿。私と同い年の癖してテメエその恥ずかしがりようはどう言った了見だ。
 ちょっと心のヤクザモドキが出てしまったところで、ヒューノバーが言葉を紡いだ。

「自分、ずっと夢でした。心理潜航捜査官になるの。それも、喚びビトの方と結ばれるのは名誉なことです。自分なんかでは無理だろうと思って居たんです。でも話が転がり込んできて、勿論喜んでお受けしました。そして、ミツミさんと出会えた。嬉しかったです」

 なんかこれだけ言われると悪い気はしなくなってくるのであった。若干恥が沸き起こり始めていたが、口は挟まずに聞く。

「自分、人間の方はこの機関に入ってから多く関わるようになったもので、失礼をしてしまったらとの思いもあり、その、言うのが遅れてしまい申し訳ありません」
「いえ……」
「こういうの自分には似合わないと思っていたのですが、その、ミツミさん。自分の番になっていただけますか? 心理潜航捜査官としてもバディを組んで、共に人生を歩んで頂けたら、嬉しく思い」
「うるせー!!! そう言うことは昨日言っとけー!!!」
「!?」

 私は立ち上がってだん、と思いきり机に手を置いた。プロポーズ紛いの言葉を受けて自分でもキレている意味が謎だったが、どうせどう転がってもこいつと一緒にならねばならないのだから、本性を曝け出そうがどうだっても良くなっていた。用は混乱している。恥で。
 ヒューノバーに指を指して叫ぶ。

「そのツラでお前はどれだけの女を誑かして来やがった!!!」
「へ? え?」
「そのお綺麗なおキャット様顔で! どれだけ人を誑かして来やがったんだ! なんだ恥ずかしくて言えなかったって! 私よりも乙女なのか!? いいなあ獣人は皆顔が良くて可愛くて格好良くて羨ましい限りだなあオイ!!!」
「ひゃわわわ!!!」
「なぁにがひゃわわわ♡だ! よく聞けもふもふが! 私はなあ! 人生捨てられてこっちに誘拐だよ! 新しい人生どうぞ♡がまかり通るかバカヤロー! 番だァ!? 夫婦になるのなら一番最初に不安取り除いてやるのが筋じゃあねえのか!? 何が恥ずかしい〜だ! 馬鹿かお前ェ! どういう了見しとんじゃあ!」
「も、申し訳ありません〜!!!」
「何可愛い子ぶってんだ! お前は本当に気高き虎か!? イエネコちゃんの間違いじゃあねえのか!?」
「俺は虎です! すみません!」
「虎なら叫んでみろよ! はいどうぞ!」

 すみませんすみません! とヒューノバーの怯え声に、はあはあ、と息を上げ落ち着けと自分に言い聞かせた。ぐ、と唾を飲み込んで一旦冷静になる。

「以上で私の叫びを終えます。ご清聴ありがとうございました」
「は、はひ」

 ヒューノバーは机の下に隠れて姿が見えない。これ、モラハラだろうか。と一瞬思ったが、私には切れる権利あるだろう。ちょっとした茶目っ気だよ。と現実を直視せずに言い訳した。
 椅子に座り込み俯いて額に手を当てた。熱くなりすぎた。

「この先この珍獣と共に人生歩む気ありますか。私、結構面倒ですよ」
「じ、自分は覚悟は出来ています」
「もう怒りませんから机の下から出て来てください」

 恐る恐る、という感じでヒューノバーがこちらに目を向けながら出てきた。椅子に座ると、申し訳ありません。との謝罪。

「自分、舞い上がっていました。あなたの心には寄り添っては居ませんでしたね」
「そうですよ。不安なままですよ。ヒューノバーさんだって、今までの人生全部無意味になったらどう思いますか。知らない人種に囲まれて、親しい人ももう生きては居なくて、ひとりで、生きなきゃあいけないんです」

 自分で言っていて悲しくなってきた。一昨日もう泣き喚いた筈なのに。けれど事実だ。彼は自分に浮かれて私を置き去りにした。ひとりで不安だろうことをわかっていただろうに。私が泣いていたのを見ていただろうに。

「番の件は、正直何とも言えません。あなたに心が向かうかどうかも。けれどこれからバディを組むと言うのなら、今からでももう少しお互いを知ってもいいんじゃあないでしょうか」
「そうですね。まだあまり自分のことも話してはいませんでしたね……」

 じゃあ改めて、自己紹介しましょうか。とヒューノバーは告げる。

「ヒューノバー・マルチネス。二十六歳です。趣味は、そうですね。読書をしていることが多いです」
「……私も読書は好きですよ。どんなジャンルを好まれて?」
「歴史物でしょうか。アース時代のものなど割と人気がありますよ」
「へえ、時代劇みたいなものかなあ。ご出身は?」
「エルドリアノスの首都であるウィルムルです」
「都会っ子ですね。私は田舎出身なので羨ましいですよ」
「ニホンのどちらに?」
「宮城県ですね。県内の端っこの方なので田舎なんです」
「食べ物、何がお好きですか?」
「和食ってありますか? 肉じゃがが好きなんです」
「和食はありますよ。今度お連れしましょうか、美味しい定食屋があるんです」

 お互い質問をし合いながら話題は続いてゆく。ヒューノバーは三人兄弟の真ん中で、両親は虎とイエネコの獣人。大学での専攻は心理学。心理潜航捜査官の適正検査から進んだそうだ。好きな食べ物はラムの骨つき肉。幼い頃の夢は水族館の飼育員。

 聞いてみればあっさりと聞けるものだ。先ほどの焦りぶりから猫被っている、と言うことは無さそうだと感じる。きゃわわわ。とか抜けた悲鳴も上げていたし、ミスティが言っていた、どこかおかしい、と言う言葉は抜けていると言うことだと考えても良さそうだ。なんだか目の前の虎の顔もほわほわした抜けた顔に見えてきて、頼れるのか、別の不安が襲ってきたのだった。

 昼食を摂った後もお互いを知るための話は続いた。その日は自分たちの話だけで終わり、部屋へと送り届けられて、ベッドに飛び込んだ。

「嫌われてるわけじゃあ、なかったんだ」

 よかった。と思ったが、それが良いことなのか悪いことなのか。今の私の状況では判断出来なかった。ただ、良いことであってほしいとは願って、目を瞑った。

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