第2話 パーティー追放
「清掃完了しました」
「お疲れ様です。影野さん」
ダンジョンの入口に設置された受付の女性がニッコリと微笑んだ。
「回収した遺体はいつも通りでいいですか?」
「はい、あちらのボックスにまとめて入れておいてください。あとは係の人が仕分けしますので」
「はーい」
私は遺体回収ボックスに、探索者の遺体と思しきものを放り込んでいく。シャーマンとストーカーが湧いていたせいで、普段は滅多に回収することのない探索者の遺体を大量に回収する羽目になった。それでも報酬は変わらないのだから理不尽極まりない。
「ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」
全ての手続きを終えると、受付の女性が笑顔でお辞儀をする。それに合わせるようにお辞儀をして受付を後にしようとした。その時、ちょうど五郎がダンジョンから戻ってきた。彼は私に気付くと、気まずそうに微笑みながら会釈をする。
「五郎! 無事だったのね!」
「結衣、心配かけてゴメン」
ダンジョンの入口にあるホールで人目もはばからず、結衣という少女が彼に抱きついた。彼は焦りながら小声で彼女に囁く。それを聞くと、慌てて周囲を見回してから離れる。
「おいおい、なんだ無事じゃねえか。お前、さては手を抜いていやがったな?!」
「そんなことは……」
少し遅れて、金髪ロングで派手な金の鎧に身を包んだ目つきの悪い男が五郎に詰め寄る。反論しようとするも、すぐに言葉を詰まらせた。
「先ほど抱きついた方が、斥候の広瀬結衣《ひろせゆい》さん。突っかかった男が魔法剣士の桜井悠斗《さくらいはると》さん、彼の後ろにいるのが治癒師の平井里奈《ひらいりな》さんと魔法師の真木花蓮《まぎかれん》さんよ」
私がうろん気な表情で睨んでいるのに気付いて、受付の女性がこっそりと教えてくれた。
「んじゃあ、なんでピンピンしてんだよ! 足とか怪我してたじゃねえか。ポーションをケチったんだろうが!」
「それは……、通りがかりの人に助けてもらったんだ」
五郎はチラリと私の方を見たけど、すぐに悠斗の方に視線を戻した。
「ぶははは、お前みたいなどんくさい男。助けるヤツいるわけねえだろうが!」
「そうそう。アンタ、逃げる時も一番最後だったしね。悠斗とは大違いよ」
「まったく、アンタが無能なせいで、私達まで攻略が遅れているのよ。分かってるの?」
彼に同調して、後ろの女性二人も五郎を責め立てる。援護射撃を受けて、彼はよりいっそう高慢な態度で五郎に突っかかっていた。
「まったく、里奈と花蓮の言うとおりだぜ。お前がもう少し強ければ、楽勝だったのによ。あっさり怪我しやがって、とんだ疫病神だよ」
「あれは花蓮にモンスターが向かったから……」
「なに、ダッサ。自分がモンスターを引き付けておけなかったくせに、花蓮のせいにするとか」
「アタシは早く戦闘を終わらせて被害を少なくしたかっただけなのに……。酷い!」
五郎の言葉に聞く耳を持たず、さらに彼を追い詰める。おおかた花蓮が調子に乗って自分の力量をわきまえずに魔法を撃ちすぎたのだろう。完全に自業自得だが……。
「まあまあ、あまり責めてやるなよ。こいつも無事だったんだからいいじゃねえか。それより、今日はパーッと飲み食いしようぜ。もちろん、五郎のおごりでな! ひゃっひゃっひゃっ」
「そ、それは……」
おそらくポーション代のことを気にしているのだろう。悠斗の言葉を聞いて彼の顔に動揺の色が見えた。しかし、悠斗は有無を言わさず彼を連れて行こうとする。
「待ってもらえるかしら?」
「何だてめえ?」
「そこの山本五郎に売ってあげたポーション代を回収しに来ただけよ」
ポーション代の請求書を見せると、彼の顔が瞬く間に真っ青になった。
「ふん、ポーション代くらいさっさと払えよ! それで文句ないだろ?」
「もちろんよ、払えるならね」
「い、いや。ちょっとこれは……」
青ざめた顔のまま力なく首を横に振る。プライドの高い悠斗はポーション代すら払えないほど搾取されていると思われることに我慢ならないのか、五郎に詰め寄った。
「ふざけんなよ、ポーション代くらい払えるだろうが!」
「同じパーティーなんでしょ。あなたが払ってくれてもいいんだけど?」
「ああん? しゃーねー、立て替えておいてやるよ!」
悠斗は請求書をひったくると、内容を見て手を震わせた。
「おい、何だよ。この三千万円っていうのはよ! ぼったくりじゃねえか!」
怒りに歪んだ表情で怒鳴りながら私を睨みつける。凄んではいるけど、数多の修羅場をくぐってきた私には粋がっている子供みたいなものだ。
「適正価格よ。だって使ったのはエリクサーだもの」
「ば、バカな。エリクサーだと?!」
エリクサーと言えば、ダンジョンの深部で稀に出る言われている伝説の秘薬だ。一説には死者をも蘇らせる力があると噂もある。実際には違うけどね。だけど、希少性などから時価数千万円はくだらない。
「な、何でそんなものを使ったんだよ。普通のポーションでいいじゃねえか!」
「あいにく、これしか持っていないのよね。何なら、あと二本あるけど?」
カバンからエリクサーの瓶を二本出して見せつける。さすがの悠斗も現物を見ては反論の余地がなかった。
「高級なポーションの方が少量で済む。緊急時のためになるべく高級なポーションを用意しておくのは常識でしょ?」
戦闘中に安いポーションを飲むのは難しいけど、エリクサーを一滴舐めるのは難しくない。
「だからと言って、エリクサーはやり過ぎ……」
「死にかけていたのに? むしろ、致命傷で呼吸は止まっていたわ。だからこそ、一瓶丸々使うことになったんだもの」
「なっ!」
エリクサーを使ったのは過剰だと主張したかったのだろう。だが、あの時の彼はほぼ死んでいる状態。エリクサーでなければ間に合わないものだった。
「ダンジョン内におけるパーティーは連帯責任。彼に使ったポーション代の請求はあなた達にもできるのよ」
悠斗と里奈、花蓮は私を睨みつけてくる。一方で、結衣は思いつめた表情のまま、私の前に立った。
「……わかりました。頑張ってお支払いいたします。もちろん、すぐにという訳には……。ですが、何年かかってもお支払いしますので……」
彼女は私に向かって深々とお辞儀をする。もとより私も、強引に彼から取り立てるつもりはない。それどころか、彼女に免じて手心を加えても良いと思い始めていた。
「安心して、少しずつで――」
「ダメだ!」
少しずつでいいから、返してくれればいい。そう言おうとしたところで悠斗が脇から待ったをかけた。
「こいつは、実は俺たちのパーティーメンバーじゃないんだよな。だから、こいつのポーション代を俺たちが払う義務はない。疑うなら探索者協会に問い合わせてもらっても構わない」
ここまで自信を持って言うのだから、恐らく彼はパーティーメンバーでは無いのだろう、書類上は。仲間を囮にして逃走しておいて救助依頼を出さないのも違反行為なのだが、パーティーメンバーで無いのなら問題ない。彼らが五郎を置き去りにして逃げたのもうなずける気がした。
「それって、どういうこと?!」
「どういうことって、そのまんまだよ。俺のパーティーに加入するのを認めたのは結衣、お前だけだ」
詰め寄る結衣に、当然のように返す悠斗には反吐が出るが、法的には彼の言い分の方が正しい。結衣は五郎にも詰め寄ったが、俯いて「ゴメン……」と力なく言うだけだった。
「わかったな? そういうことだから結衣も行くぞ!」
「そんな、五郎。嘘だよね? 嘘って言ってよ!」
結衣は三人に引きずられながら、ダンジョンの入口から出ていった。彼女の悲痛な叫びだけを残して。
「さて、詳しく話を聞かせてもらうわよ」
あとに残された私は、うなだれる彼に詰め寄った。