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第3話 新しい一歩

「あはは、追放されちゃいました。いや、最初からパーティーメンバーじゃかなったんですよね……」
「やれやれ、何でそんな条件に同意したのかなぁ」

 ダンジョンの裏手に五郎を連れていき、経緯を聞いて呆れた。無茶苦茶な条件を提示してきた悠斗だけでなく、それを受け入れた五郎に対しても、である。

「仕方なかったんです。結衣が入りたいって言ったから……」
「バカね。あの様子だと、このことを知っていたら入らなかったわよ。あの子も」
「ですよね。でも、僕のせいで結衣が悩んで欲しくなかったんです。つまらないプライドですよね」

 目に涙を浮かべながら悔しさに震える彼を見て、思わずため息が漏れる。

「んで、これからどうするつもりなの? 一人になっちゃったみたいだけど」
「ソロで頑張ります。三千万円の借金持ちを拾ってくれるようなパーティーなんて無いでしょうから……。で、でも、ちゃんと返しますので!」
「分かったわ。だけど、無理は禁物よ」
「分かってます」

 私の言葉にも彼は大きくうなずいただけで、そのまま俯いてしまった。


 翌日、私は最難関と名高い横浜ダンジョンへとやってきた。もちろん、探索者ギルドから依頼された正式な仕事ではあるのだが……。

「何でここに五郎も来ているのか……」

 何者かの意図を感じざるを得ない状況に、戸惑いを覚える。だが、彼のことは気にかけつつも、仕事は仕事と割り切ることにした。

 さっそく、今日の目的地である中層へと向かう。ほうきとちり取りでゴミを回収しながら、ゴミ箱へと放り込んでいく。途中で見かけたワイバーンやファイアドレイクなどをしばきつつ奥へと向かっていく。

「うわあああ!」

 作業も半分を超えた頃、聞き覚えのある悲鳴が奥の方から聞こえてきた。駆け足で声の聞こえた方に向かう。そこには、今まさにグリーンドレイクに食べられそうになっている五郎がいた。

「ちっ、しょうがないわね」

 大口を開けたドレイクの頭の上から巨大なバケツを落とす。その勢いで大口が強制的に閉じられてしまった。

「とりあえず、ゴミを端っこに除けておきましょうか」

 何事かとキョロキョロしているドレイクの尻尾を掴むとジャイアントスイングの要領でダンジョンの曲がり角へと放り投げた。
 身体を押さえつけていたドレイクがいなくなって、立ち上がった五郎に私は詰め寄る。

「さて、アンタはまだ駆け出しだと思ったんだけど……。なんでここにいるのか説明してもらいましょうか!」

 五郎は目を泳がせながら、言葉を詰まらせる。しばらくして、観念したのか重い口を開いた。

「えっと……。早く、ポーション代を返せるように、なろう、と……」

 言葉を重ねるたびに、私の表情に怒りが浮かんでいるのに気付いたのか、徐々に尻すぼみになっていった。ため息をつきながら頭をかいて、心を落ち着ける。といっても、簡単に落ち着けるようなことじゃないのは間違いないんだけど。

「言ったよね? 無理は禁物だって。焦って死んだら意味ないじゃない」
「でも……」

 私の言葉に言い訳をしようとした五郎の口を人差し指で塞ぐ。

「死んだら結局はゴミよ。どんなに力が強くても、頭が良くてもね」
「ごめんなさい……」

 私はゆっくりと首を横に振った。

「違うわ。アンタを助けてあげたのよ。だったら先にお礼を言うべきじゃない?」
「ああ、すまな……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」

 きちんとお礼を言った彼に微笑みかけると、少しだけ顔が赤くなったような気がした。

「おっと、そんなことを言っている場合じゃないわね」

 除けておいたドレイクがいつの間にか復帰して、私たちを睨んでいた。

「手伝います!」
「いいから、ここは大人しく見てて」

 ドレイクはまっすぐ進み出て、噛みつきつつ押さえ込もうとしてくる。それをジャンプでかわし、頭の上に着地。再び頭を強制的に閉じられてくぐもった鳴き声を上げた。そのまま、私はドレイクの両目に柄付のブラシを刺す。

「グギャアアアァァァ!」

 ブラシの丸い先端がまるでカニの目のように見える。痛みと視力の喪失で暴れ回るドレイクの腹の部分。ちょうど逆鱗のある位置にほうきを突き刺した。スッと引き抜くと、赤い血が突き刺しが部分から噴き出しながら倒れ伏す。

「ギエエエエエエ!」

 ドレイクの断末魔の叫び――いや、違う。

「しまった、これは招集の咆哮……」
「まさか、モンスターがここに?」

 私の言葉に、五郎も顔面蒼白となる。しばらくするとモンスターたちが殺到するだろう。そのことが頭に浮かんで恐怖に震えているのがありありとわかる。私は震える彼の手に自分の手を重ね、彼の目を見つめた。

「大丈夫、あなたは死なせないわ。少なくとも、ポーション代を払ってもらうまではね」
「お、俺も戦います。今度はいいですよね?」

 熱いまなざしで見つめ返す彼の意思を無下にはできなかった。軽く息を吐いて、目を伏せる。

「いいわ。でも最優先は死なないこと。無理に倒そうとしなくても大丈夫だから」
「わかった」

 しっかりとうなずく彼に、思わず顔がほころびそうになる。だが、その余韻に浸っている余裕などなかった。モンスターたちの足音が次第に大きくなってくる。

「アンタ――五郎は一匹でも多くのモンスターを引きつけて。あの部屋に入って奥の扉まで行って。私が合図をしたら向こうの扉から出て、すぐに閉めるの。いける?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない!」

 モンスターの大軍が部屋に殺到する。五郎は雄叫びを上げて、モンスターの注意を引いた。私の方はモンスターの間を抜けて、五郎に近い方から足を攻撃。移動手段を奪っていく。

「そろそろ頃合いかしらね」

 モンスターが打ち止めになったタイミングを見計らってモンスターが押し寄せてきた奥側の扉を閉じて施錠する。そのまま踵を返して五郎の方へと戻りつつ、二種類の水袋をばらまいていった。

「今よ、外に出て扉を閉めて!」
「分かった!」

 五郎が盾でモンスターの群れを押し返す。その勢いで外に出ると、すぐに立ち上がって扉を閉めた。モンスターたちが外に出ようと叫び声を上げながら扉を押してくる。それを五郎に抑えてもらいながら、こちらの扉も施錠してしまった。

「これで安心ね。あとは待つだけ」
「いや、待つって言ってもどうするんだよ……」
「待っている間に全てが終わるわ」

 私の言葉に首をひねりながら困惑した表情を浮かべる。

「それはいったいどういう――」
「『まぜるな危険』ってやつよ」

 問い詰めようとする五郎を両手で押し留め、人差し指を唇に当ててウインクした。しばらく待っていると、私の言葉の正しさを証明するようにモンスターの叫び声が小さくなっていく。

 その声が聞こえなくなってから扉を開けると、そこには魔物たちが死屍累々となっていた。

「待って、ちゃんと扉を開けて換気しないと!」

 扉を閉めようとする五郎を注意して、私は奥の方に行く。先ほど施錠した、もう一つの扉も開け放った。独特の刺激臭が鼻につくけど、換気していれば問題は無いだろう。

「あとは死体を片付ければ完璧ね」
「お、俺も手伝うよ。こんなに広いと大変だろ?」

 申し訳なさそうに言ってくる彼に意地悪く笑う。

「うふふ、五郎にちゃんと掃除ができるのかしらね」
「ば、バカにするなよ! 掃除くらい。って、重っ!」

 スペアのほうきを渡すと、あまりの重さに五郎がよろめく。何しろ、訓練用の超重量ほうきだ。普通に掃くだけでも筋力が鍛えられる優れものである。もちろん、私の使っているほうきは重くない。

 五郎は文句を言いつつも、超重量ほうきでモンスターを遺体をかき集めていく。


 部屋の掃除は一時間ほどで終わった。ドレイクによってフロア内のモンスターが集まってきた結果、逆に掃除が早く終わる結果となったのはケガの功名と言えるだろう。

「お疲れさまでした。今日はありがとうね」
「お、俺のせいでもあるからな……。それより、俺を弟子にして欲しい」

 ダンジョンの入口に戻って報告を終え、別れようとしたところで五郎が突然お願いをしてきた。

「いやいや、私はタダの清掃員ですよ」
「それでも、俺は彩夢さんの下で力を付けたいんです」

 彼の決心は固いようだ。それは表情からもありありとうかがえる。

「でもいいの? パーティーに戻りたいんじゃないの? 幼馴染もいるんでしょ?」
「それは……。ありますけど、今の俺じゃ不甲斐なさすぎて、結衣にも合わせる顔がありません。それに、ご存じの通り。俺はあのパーティーのメンバーではないんです」

 気持ちはわかるけど、彼のいないパーティーに取り残されて、結衣って子も不憫すぎるわ……。そこは、私が何とかするしかないかもね。

「ふう、分かったわ。でも、甘くはないから覚悟はしてよね」
「あ、ありがとうございます!」

 こうして勤続一年にも満たない私が、なぜか清掃員として初めての弟子を取ることになったのだった。

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