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18話 世にも珍しい

「最近、レオさまの様子がおかしいわ」



 香り高いお茶を一口、こくりと飲み干し、エバは独り言ちる。

 長かった休暇が終わり、学校では新学期が始まった。

 16歳になったエバの学年は、ひとつ上がる。

 淑女科と紳士科は離れているので、共同の授業があるとき以外は、レオナルドとすれ違うのも叶わない。

 だが、エバはレオナルドの従妹で幼馴染だ。

 これまではその利点をいかし、我が物顔で王城を訪ねていた。



「でも会ってくれないのよねェ」



 ふうと気だるい溜め息を零す。

 以前も何度か仕事にかこつけて、レオナルドとの面会を断れられることはあった。

 しかしこうも連日になると、別の理由があるとしか思えない。



「ねえ、影は王族相手には、動いてくれないのォ?」



 何もない場所へ向かってエバが尋ねると、音もなく黒いローブをまとった男が現れる。

 そして恭しく跪くと、質問に答えた。



「我らが忠誠を誓いますのは、御使いさまの血に対してです。同じ価値ある血を分かち合う方への干渉は、不敬にあたります」

「じゃあ、レオさまじゃなくて、レオさまの周囲なら探ってくれるゥ?」

「可能です」



 にやり、とエバが口角を持ち上げる。



「レオさまに声をかけられたり、贈り物をされたり、お茶会やパーティに呼ばれたり、そんな令嬢がいないか調べてちょうだい。私の勘が告げているのよォ、レオさまの興味を引く誰かがいるってね!」

「かしこまりました」



 エバが瞬きをする間に、男の姿は消えていた。



「どこのどいつか知らないけど、私のレオさまの視界に入るなんて許せないわ。レオさまは私だけの、王子さまなんだからァ!」



 苛立つエバが投げたティーカップが、テーブルの角に当たって割れた。

 手を伸ばし、その破片をひとつ拾うと、尖った先を見つめる。



「そうねェ、今度の女には、額に『あばずれ』とでも書いてやろうかしら。きっと一生の思い出になるでしょ!」



 お茶を給仕した使用人たちが、それを聞いてブルブルと震えていた。



 ◇◆◇◆

 

「お姉さま、商売は軌道に乗りそうですか?」



 久しぶりに家族全員が揃った晩餐の席で、アダンがファビオラへ話をふる。

 ファビオラがヘルグレーン帝国へ旅立った最初の日から、すでに1年が経過していた。

 先に現地入りしているルビーと、頻繁に手紙のやりとりをしているのは知っているが、実際のところ経営がうまくいっているのか傍からは分からない。

 誰もが心配していたが、気を遣ってこれまで尋ねなかったのだ。



「もちろんよ!」



 だから、ファビオラが元気よく返事をしたのを見て、トマスとパトリシアはホッと胸を撫で下ろす。

 任せると言った通り、ある程度の資産と権限を譲渡し、それ以降は見守っていた二人は、やっと顔を見合わせて笑った。

 

「商科での学びは、飾りじゃないということか」

「立派よ、ファビオラ。お母さまは誇らしいわ」



 感心しているトマスと、涙ぐんでいるパトリシアへ、ファビオラは現況について説明する。

 

「そもそも人工薪は品質がいいし、売れる要素は十分にあったんです。だけどその潜在能力をルビーさんが引き出してくれて、おかげさまで工場は連日稼働の大忙しなんですよ」

「リノから報告があったが、たくさんの雇用が生まれて、ほかの領地からの移住者が増えているらしいな」

「のどかな場所のせいか、エルゲラ辺境伯領はゆるやかに人口が減少していたから、にぎやかになるのは嬉しいわね」

 

 そこへ待ちきれないというように、アダンが身を乗り出して質問する。



「紳士科でも、お姉さまの商会は噂になっていますよ。世にも珍しい、七色の炎を生み出す薪を販売しているって。あれは一体、どんな魔法なんですか?」



 製造が供給に追いつかず、まだ家族にも披露したことがないのだが、実はルビーがとんでもない物を発明してしまったのだ。

 これを見たとき、ファビオラはルビーが商会名に入れた『七色』の意味が、ようやく分かった。



「ルビーさんのご実家が、フーゴ宝石商なのは知っているわよね?」

「オーダーペアブレスレットが有名なんですよね。ボクの友だちも、婚約者に贈っていましたよ」

 

 予知夢の中でレオナルドからそれを贈られたのを思い出し、慌ててそれを打ち消す。

 もうファビオラの未来は、ずいぶんと変わったのだ。



「宝石を採掘するための鉱山からは、宝石以外の物もたくさん産出するのですって。たいていは価値のない鉱物として、安価で取り引きされるのだけど、ルビーさんは使い道さえ見つかれば、大きな利益になると考えていたの」

「その鉱物が、七色の炎の秘密なんですね?」



 ワクワクしているアダンに、ファビオラは人差し指を口にあてる。



「これは企業秘密だから、大っぴらには広めないでね。ルビーさんは火中にその鉱物を入れたら、炎の色が変わるのを知っていたの。ただ、どうやって活用したらいいのか、分からなかったのよ」

「それがうちの人工薪と、相性がよかったんですか?」

「人工薪の製造過程で、その鉱物を粉にしたものを混ぜ込んでいるの。七色に見えるためには、どの鉱物をどの順番でどれだけ入れるのか、ルビーさんは何度も実験してくれたわ」

 

 商会を経営するにあたって、営業や財務といった基本的な能力とは別に、あると有利なものがある。

 それは、その商会を代表するヒット商品だ。

 この商品ならあの商会と、誰もが認識する代名詞となり得れば、似せた追随品が現れても撥ね退けられる。

 近年のフーゴ宝石商にとっての、オーダーペアブレスレットがまさしくそれだ。



「ルビーさんは、商会の顔となる商品の生みの親よ。七色の炎を生み出す薪が人気商品となってくれて、私たちの『七色の夢商会』は確固たる地位を築くことができたの」

「じゃあ、普通の人工薪はあまり売れてないんですか?」

「それがそうでもないの。使ってみたら良さが分かるのが、私たちの人工薪でしょう。だから、まず手に取ってもらいたくて、目を引く実演販売をしたのよ」

「実演販売……って何ですか?」



 商科で学んでいないアダンには、聞きなれない言葉だったようだ。



「実際にその商品を使っているところを、見せながら販売する形式のことよ」

「それは面白そうですね!」

「『七色の夢商会』の開店初日に、店舗先で七色の炎を生み出す薪を燃やしてみたの。いい人寄せになるんじゃないかと思ってね」



 ファビオラたちの予想を超えて、七色の炎を生み出す薪は多くの人の注目を集めた。

 あれは何だ? と大騒ぎになったところで、人工薪の説明をする。

 実物を触ってもらい、これまでの天然薪との違いを体感してもらった。



「そしてこれは、ちょっと目新しい商法なんだけどね」



 人工薪を三束買ってくれたお客様へ、七色の炎を生み出す薪を一本プレゼントしたのだ。

 高価すぎて七色の炎を生み出す薪には手が出ないと諦めていた者も、この話を聞くと、我先にと人工薪を買い求めた。

 もちろん懐にゆとりのある貴族や富裕層は、七色の炎を生み出す薪を束で購入していった。

 

「ファビオラ、それは……法には触れないのかい?」



 トマスが不安げな顔をしている。

 そう思われるのも仕方がない。



「お父さま、これは抱き合わせ販売には当たらないので、違法ではないんです」



 抱き合わせ販売? と再び首をかしげるアダンのために、ファビオラが解説する。



「確実に売れると分かっている商品と、そうでない商品を一緒に売ることよ。法に触れるのは、相手が不要だと思っている商品を、無理やり売りつけた場合ね」

「お姉さまは、商科でいろいろなことを学ばれているのですね」



 アダンに尊敬のまなざしを向けられ、ファビオラは頬を赤くする。

 

「今回のは、おまけ商法と呼ばれるやり方なの。ヘルグレーン帝国では、おまけにつける物品の価格が、本来の商品の価格の三分の一以下と決まっているから、人工薪を三束購入してもらわないと駄目だったのよ」



 本当は試供品として、小さく切った七色の炎を生み出す薪を、集まってくれた人へ配る予定だった。

 しかし、商業組合から危険だと禁止されてしまったのだ。



「私たちも読みが甘かったと思うの。もし無償で提供していたら、さらに多くの人だかりができて、事故が起きていたかもしれないもの。止めてくれて、逆に助かったわ」

 

 ファビオラは組合の忠告を、ありがたく受け止めた。

 そして次の日から、七色の炎を生み出す薪の噂を聞いた人たちで、店舗はあふれ返ったのだ。



「うまく採算も取れているようだし、順調なのは何よりだ」

「困ったことがあったら、すぐに相談するんですよ」



 トマスとパトリシアは、ファビオラの楽しそうな様子に安堵する。

 その隣では、アダンがうらやましそうに、唇を突き出していた。



「いつかボクも、お姉さまと一緒に『七色の夢商会』で働いてみたいです!」



 将来のグラナド侯爵に、売り子の真似なんてさせられない。

 ファビオラが慌てて首を振ろうとしたが、それをパトリシアが留めた。



「アダンにとって、良い経験になるかもしれません。親の庇護下で学ぶだけでは、伸びしろは限られてしまうから」

「珍しいね、君が後押しをするなんて」



 ファビオラだけでなく、トマスも驚いている。

 

「ファビオラの逞しい成長を見て、私も考えを改めました。護るだけが、親の愛じゃないって」

「お母さま、ありがとうございます!」



 パトリシアの変化に、一番喜んだのはアダンだ。

 やっぱり窮屈だったんだろうな、とファビオラはくすりと笑った。

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