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7.うま味調味料って使っていいの?

あー
あんぐり、あんぐあぐ
ある日の放課後、部室。皆んな集まっているというのに、葦附は一人、購買で買ったメロンパンを貪っている。

「おい。」
「ふぇ?」
「よくもまぁ、俺たちを待たせておいて、メロンパンなんか食べれるもんだ。尊敬するよ。」
「んむぅ。その言い方、酷くないかなぁ?いいじゃん、お腹が空いちゃったんだから!今日は体育もあったし!仕方ないの!」

あんぐりあんぐ

「ん~♪」

しっかし美味そうに食うなコイツ。見てるだけでこっちまで腹が減ってきた。

「まぁまぁ、よく食べて寝る子はよく育つと言いますからぁ。部長も今絶賛、成長期なのでは?ね、部長ぉ。」

あんぐりあんぐり
ごっくん
最後の一かけらを飲み込んだ。

「そうそう、私はまだまだ育つよぉ!身長もぐんぐん伸びるし、どんどん大きくなるんだから!」
「もう横にしか大きくならんだろ。」
「あぁー!酷い!酷いこと言った!荒屋敷君、サイッテー!うら若き乙女に、そんなこと言っちゃ、いけないんだぁー!あぁー!」
「副部長、辛辣ですなぁ。」

正論も正論だろ。女性に限らず男性も大概の成長は高校一、二年生のうちに打ち止めになるだろ。俺だってもう身長は伸びなくなった。これ以上よく食べたところで脂肪にしかならない。他に大きくなるところなんて…

ちら
葦附の、制服のブラウスの上から二番目くらいのボタンのところを、こう、見てしまう。

ッパァン!
自分の頬に思い切りビンタした。
ヒリヒリして内側から苦い味がする。

「ど、どうしたの?」
「何か、ありましたぁ?」

女子二人は困惑した表情を向けてくる。

「いや、何でもない、大丈夫。」

どうか気にしないでくれ。邪な自分に嫌気が差しただけだ。
唇を噛み締めて今一度、自分を見つめ直した。

「とにかく、私だって、ご飯の前に何でもかんでもパクパク食べちゃうわけじゃないよ?ただ何となく、お腹が減ったなぁって時に、ちょっと食べちゃうだけで…」
「果たして菓子パンはちょっとなのか?そもそも、おやつを食べない日はあるのか?」

うぐっ
葦附の顔つきが曇る。

「いえ、それは…はい、毎日食べちゃってます…」
「肥満まっしぐらだな、残念。」
「でも今太ってないもんー!太らなかったらいいんだもんー!」
「部長は一日の消費カロリーがとんでもなく多そうだしねぇ。むしろ食べないと動けないくらいではぁ?私なんか、まともに動けないから、あんまり食べなくてもいいしねぇ。」
「そういや古城さんって、普段何食べてるの?今日の昼は?」
「んんー?まぁ、菓子パンか…お菓子か…眠かったらそもそも食べないなぁ。」
「えぇ?!そんな少食で大丈夫なの?!死なない?!」

心配のレベルが踏み越え過ぎだろ。

「大丈夫なんだなぁ、これが。燃費が良いと思ってくれぇい。」
「古城はちょっと心配になるが、まぁ世の中の女子なんてそんなもんだろ。葦附は、身体に悪そうなものをバクバク食ってる自分を見つめ直すんだな。」
「ねぇちょっと、今日荒屋敷君酷くない?どう思う?」
「嫌なことでもあったのかもしれませんなぁ。言葉にトゲがあり過ぎる感じがしますねぇ。」

聞こえてるが。こら。何もねぇよ。小テストの点数が悪かったくらい、全然気にしてなんかないんだからね。

「それにしても身体に悪いものばかり食べるよな。こないだのジュースで懲りてないのか?」
「まぁ、あれからジュースは結構…ちょっと…抑えるようにはなった、よ?うん。」

何も変わってない了解。

「ジュースに限らず、身体に良くないって言われるものは多いからねぇ。全部を回避するなんて無理なんだから、まぁ、しょうがないんじゃないかなぁ?」
「それはそうなんだが、一応な。」
「ね、他に身体に悪いものって言ったら、どんな食べ物飲み物があるんだろう?」
「ちょっと違うかもしれないが、最近、というかちょっと前、あれ、うま味調味料が身体に悪いだのなんだの言われてたよな。あれって結局どうなんだ?」
「あぁ!味の素だっけ?」

わざと濁したのに…

「…まぁ味の素が真っ先に思いつくよな。世間で散々騒がれて、やれ身体に悪いだの、そんなことないだのと言われてたが、結論、どうなんだっけか。」
「完全に良いわけじゃないけど、他より抜群に悪いというものでもない気がするよねぇ。」
「うぅん、ちょっと気になるなぁ。ちょっと調べてみよっか。」
「おう。」
「はぁい。」


「それで、味の素…うま味調味料だっけ?最初に聞きたいんだけど、どんなイメージがある?私は、料理にちょっと足すだけで美味しくなるみたいな、魔法の粉みたいなイメージなんだけど。」
「俺も似たような感じだな。味を整えて美味しくする。でもその割には、家で親が使ってるの見たことないけどな。」
「あ、そう言えば確かに!美味しくなるんならかけた方が良さそうなのに、家もお母さんが使ったところ見たことないよ!そもそも家にあるのかなぁ?」
「家もそう言えば見ないねぇ。やっぱり味を整える、追加で味付けするものって印象があるから、きちんと味付けできていれば、必要無いものに思えるよねぇ。」
「うんうん!それで、うま味調味料の正体というか、あの白い粉?って、一体何なんだろう?」
「主成分はグルタミン酸ナトリウムというものらしいな。さとうきびなどの糖類を発酵させて作る(※)んだと。ヨーグルトとかと一緒だな。」
「え?!じゃあ、甘いの?」
「いや、甘くはないみたい。よく分からんが…」
「発酵の過程で、糖類の成分がグルタミン酸ナトリウムに変わっちゃう(※)から、甘くはないみたいだよぉ。」
「そうか、発酵ってそういうことだよな。そもそも『うま味』だし、甘いとかしょっぱいとかとは違う味覚なんだよな。」
「なるほど、甘さがうま味に変わるってこと、かぁ。」
「そうそうそういうことぉ。そこにその他うま味成分もちょちょいと加えて、味の素だったら、よく見るパンダみたいな容器に入れられて、販売されてるんだよぉ。」
「他に加えるといっても、どのうま味調味料も約九割以上がグルタミン酸ナトリウムだから、ほぼそれと言っても差し支えないな。」


「それで、主成分が…グルタミン酸ナトリウム、ってことは分かったけど、じゃあこれはどう使うの?お塩やお醤油とかで味付けするのと、どう違うの?」
「うま味で味付けするのが他とどう違ってくるのかってことだよな。」
「色々あるみたいだけど、料理の仕上げの味付けに使ったり、素材の風味を引き立てたり、肉や魚の下処理に使うことで、本来のうま味との相乗効果が起こって、より美味しく、味がしっかりと感じられるみたい(※)だよぉ。できるだけものは美味しく食べたいから、こういう使い方ができるのはいいよねぇ。」
「それが基本の使い方だよな。その他、素材の苦みや酸っぱさ、えぐみなんかをマイルドにする使い方なんてのもあるぞ。酢の強い匂いや味をまろやかにしたり、ピーマンとかナスとか、子供たちが嫌いそうな野菜の味を、まぁ誤魔化すというか、そういうのもアリだな。」
「いいねそれ!嫌いな野菜を食べれるようになる、苦手の克服にも使えるんだね!あ、じゃあ、二人の嫌いなものにかけたら、食べられるようになるかも…」

カッ
瞬く間に反論が思いつく。

「いやそれは無いな。俺は味というよりおはぎとかおこげの触感が駄目だし。いくら味が誤魔化せても触感だけはどうにもならん。」
「同じくぅ。あのふさふさした、ぐにゅっとしたところが駄目でぇ…いくらグルタミン酸ナトリウム様でも太刀打ちできないかとぉ。」
「そう?そうなの?残念だなぁ。」

ほっ
また難を逃れた。二人、胸を撫で下ろす。

「それで、減塩にも使えるって書いてあるな。単純に塩や醬油、味噌といったしょっぱい調味料を使うのとはここで違いが出るってわけだ。」
「『うま味』への置き換え、だね!具体的にどれくらい減らせるの?」
「食塩に換算して、約30%の減塩ができるらしいよぉ。30%分の食塩を入れるのを止めて、その分うま味調味料を入れればいいんだねぇ。残り70%分の食塩に対して、約一割の量を入れればいいそうだよぉ。」
「えっとえっと、じゃあ、1gの食塩を料理に入れるとして、うま味調味料を使うんだったら、その30%、0.3gをまず入れないでおく、と。で、残り0.7gの食塩に対しての一割だから、0.07g、ほんのちょびっとうま味調味料を入れる、と。これで0.3gの減塩ができる、と。あ、合ってる?」
「合ってる合ってる、凄い凄い。」
「このくらいできるよ!もう!」
「でもたった0.3gかぁって思えるよな。だがまぁ、糖類のこともあるし、どうせ5gくらいが一日の摂取目安とかなんだろう?」
「お、流石副部長ですなぁ。WHOが推奨する、一日あたりの食塩目標摂取量は、5gということ(※)だよぉ。厚生労働省の目標だともうちょっと緩くなって、成人男性で7.5g、成人女性で6.5gらしいねぇ。それで、実際の摂取量は、その中央値として、成人男性で10g超、成人女性で9gといったところなんだぁ。」
「それで結局、食塩7.5g、私の場合は6.5gか、これって、どのくらいなんだろう…?どのくらいの食べ物で、もう駄目になっちゃうの…?」
「慌てない、セブンイレブンの商品を例に挙げてみよう。ツナマヨのおにぎりは一個で食塩相当量が1.1g(※)、セブンプレミアムの醤油ヌードルBIGは一個でスープも完飲すると5.7g(※)、お、ふんわりメロンパンは一個で0.48g(※)、そんなに多く無さそうだぞ。良かったな。」
「えぇ…?良かないよ…甘いのに食塩も摂っちゃってるの…?そんなぁ…」
「『相当量』だから、多少誤差はあるだろうけど、まぁ基本どんなものにも入ってるって思って良さそうですよ、部長ぉ。」
「うぅ…それにカップ麺一個で6gなんて、それで一日終わりじゃあん…!おやつに食べたりしてたのにぃ…!」
「おやつにカップ麺はヤバいって。男子中学生でギリ許されるレベルだぞ。」
「おやつでそれはマズいかもですねぇ。」

古城も擁護しきれないようだ。それはそう。

「せめてスープはあまり飲まないようにすればいいんじゃないかなぁ。食塩の大半がスープにありそうなものだし。ねぇ、部長ぉ。」
「え、うん、はい…次からは全部飲まないようにします…」

おやつでスープも飲み干すんかい。本当に、胃袋だけは男子以上だな。

「やっぱり塩分も相当厳しいな。ちょっと味が濃いものをつまんだだけで目標値なんて越えてしまう。だからせめて自炊するときは、うま味調味料を上手く使ってなるべく塩分控えめにした方がいいってことだな。」

『美味い』と『上手い』がかかった洒落みたいになったが、決して意図してはいない、決して。

「そうだねぇ。うま味調味料も、使い過ぎたら身体に良くないだろうけど、上手く利用して健康を維持するくらいには、使っていいんじゃないかと、思うよねぇ。」

ほぉら意図してない。だから俺も気にしない。

「そうだな、何事もほどほどが一番だ。」
「うん、一番一番。」


「ここまで、うま味調味料の色々を調べてみたけど…」
「健康にもなって料理も美味しくしてくれる、良いものとしか思えないな。」
「含まれている成分も、とりわけ有害なものでもないからねぇ。本当に、『調味料』の域を越えていないものだと思うよぉ。」
「それで心配になることといったら…美味しくし過ぎちゃう、こと?とか?」
「んん?」
「あぁ、かけ過ぎってことだろ。用途も広いし、味を損なう恐れも無い。だからといってうま味の促進を体のいい言い訳にして、何にでもドバドバかけるようになると、かえって身体に良くない、というのはあるよな。」
「あぁー、そういうことねぇ。はいはい確かに、何にでも合うからといって、ちゃんと味がついている食事にまでかけちゃうと、ただ食品添加物を上塗りしてるだけになっちゃうからねぇ。それは良くないだろうねぇ。」
「ただ味を整えるだけのものが、いつしか、全部にかけないと気が済まなくて食べられない、ある種の中毒になってしまう危険性がありそうだな。確かそういうYoutuber?動画配信者?いなかったか?」
「?さぁ。」
「知らないねぇ。」
「そっか、ならいい。」

あの豪快さには気分がスッキリするが、自分でやろうとは思わない。そこが面白いのだが、二人が知らない話は広げないでおこう。

「確かに、一口食べるごとにふりかけないと気が済まない、食べられない、ってなっちゃたりしたらどうしよう?!いつもポッケに味の素、忍ばせておかないといけないかなぁ?」
「それくらい依存してる人結構いそうだけどな。味がどうこうじゃなくて、うま味調味料をかけてあること自体に満足するようになったりして。葦附もいつかそうなるんじゃないか?メロンパンにかけて食べてみれば?美味しいかもよ?」
「別にメロンパンにかける必要は無いでしょ!もう!いつまで引きずるの!そういうの、良くない!めっ!」

めっ、て。久しぶりに聞いたわ、素面で言うやつ。

「あくまでうま味調味料は、元の味を引き立たせるものであって、やたらめったらかければいい、ってものじゃないことを自覚した上で、慎重に使うのが良さそうだねぇ。」
「まぁ、同感だな。」
「そうだね、ほどほどにしなきゃ。ほどほどが一番だよ。」

本当に分かって言ってんのか?だったら食欲をほどほどに抑えないか?


「それで、結局どんな味なんだろ?うま味調味料って?」
「さぁ?食べたことないからな。『うま味』って何なんだろうな。」
「そう言えば、ちゃんと意識したことのない味覚かもしれないねぇ。」
「うぅーん…じゃあ、買っていかない?今日の帰りに!」
「え?」
「は?」
「食べたことないなら、買いに行こうよ!スーパーか、コンビニにもあるよね?」
「まぁ、あるとは思うが…」
「じゃあ買いに行こう買いに行こう!話し合ってるだけじゃ解決しないこともあるよ!外に出て、実体験してみないと!ね!」

この部活の存在意義がブレるからやめろ。
こんな葦附の提案に対して明確な反対理由を提示できなかったため、半ば引きずられるようにして近くのコンビニまで三人で買いに行った。

「あ、あったよ!ちゃんと三人分ある!都合が良いね!」

この展開で人数分無いのダルいからな。ご都合主義ってやつだ。

「え、てか四百円もすんのかよ。こんな小瓶で?うま味って高いんだな、全く。」
「最近は物価も高くなる一方ですからなぁ。で、これを皆んな買う、ということで?」
「うん!皆んなで一つずつ、買おう!それで今日の晩ご飯で、ちょっとだけ、ほんのちょびっとだけかけて、どんな味なのか確かめてみようよ!ね!」
「まぁ、いいけど。」
「異議ありませぇん。」
「よし!じゃあこれで!毎度あり!」

お前が言うことじゃない。

チャリーン
唐突に四百円を犠牲にしてうま味を手中に収めることになった。

その日の晩、荒屋敷家。
献立は肉じゃが。嫌いじゃない。いつもならそのまま、ご飯と一緒に黙々と食べるのだが、今日は一味違う。こいつを、試す時。
ポッケからパンダ顔の小瓶を取り出す。

「あら?何それ?塩?」

当然だが家族の前なので疑問に持たれてしまう。母親の目に留まってしまった。

「いや、味の素。」
「あらそうなの。自分で買ったの?」
「そう。」
「かけて食べるの?ちゃんと味付けはしたんだけど…」
「いや気になっただけだから。ほんのちょびっとかけるだけだから。」

もう気にしないでくれ。毎日あれもこれもかけるわけじゃない、ちょっとだけだから。

ふり、ふり
パラパラッ

一振り、二振り。
肉じゃがの上に白い粒がいくつも零れ落ちる。

まぜ、まぜ
何となく混ぜて溶かす。その方が良い気がしたから。
粒が見えなくなったら、じゃがいもと玉ねぎ、牛肉を箸で一掴みする。
まずは匂いを嗅ぐ。果たして。

すん、すん
…?
すん
…?変わったか?何にも分からん。てか普段から匂い気にして食べたことなかったわ。
諦めて口に入れる。

あーん
ぱくり
もぎゅ、もぎゅ
心もちゆっくり、咀嚼する。味の変化を確かめる。

もぎゅ
…?強いて言えば、ちょっとしょっぱいくらい、か?よく味わってみれば、なんか遠くの方に微かに、昆布を感じる気がしなくも、ない、かも。
量が足りないのか?

ちら
もう一度小瓶の蓋を開けようとして、

「…いや、いいや。」

やっぱりやめる。今日学んだことだ、ほんのちょっとで十分。それで変わってないように感じるなら、元からしっかり味がついているということだ。
家族のご飯を作り続けて二十年以上、やはり熟練の腕前を侮ってはいけないな。お見それしました。

コト
小瓶をテーブルの上に出す。

「もう使わないの?」
「うん、いい。お母さんが使うんなら使って。」
「うーん…お母さんもこれ使ったことないのよねぇ。秋壱が好きなら使ってみるけど。」
「いや、いい。好きじゃない。使う時があったらでいい。」

こうしてパンダの小瓶は、哀れ、キッチンの引き出しの奥深くで封印されることになった。

今日は、うま味調味料の扱い方と、おふくろの味はそれで十分美味しいということを学んだ。


【※出典】
日本うま味調味料協会 うま味調味料ってなんだろう?
https://www.umamikyo.gr.jp/spice/

日本うま味調味料協会 よくあるご質問
https://www.umamikyo.gr.jp/qanda/

日本うま味調味料協会 うま味調味料の活用術
https://www.umamikyo.gr.jp/knowledge/katsuyou.html

厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2025年版) ,p248
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316585.pdf

セブン-イレブン 手巻おにぎり ツナマヨネーズ
https://www.sej.co.jp/products/a/item/043697/

セブン-イレブン 7プレミアム 醤油ヌードル BIG
https://www.sej.co.jp/products/a/item/341710/

セブン-イレブン ふんわりメロンパン
https://www.sej.co.jp/products/a/item/302715/

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