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在城の弐



 なんじゃ? 父上のこの笑みはなんじゃ?
 わしは怒られるのか? 今さっきの自分はそんなに人道外れておったのか?

「光成……?」

 いや、ちょっと違う。父上のこの声。わしに悪いことを仕込む時の声色じゃ。

「なぁに?」

 なのでわしも警戒を緩め、5歳児の無邪気な笑顔を向ける。
 さてさて、此度はどんな悪だくみを思いついたのやら。

「これなんだけど……」

 そう言って父上は手に持った小箱をわしに見せてきた。

「これ、小型カメラ。お前のラジコン、これで撮影すれば迫力満点の映像をテレビの画面ででっかく見れるんじゃね?」

 父上……おぬしは国士無双か……?

 いや、落ち着け落ち着け……。
 冷静になって考えるのじゃ。

 小型カメラとは……その怪しい黒箱が小型カメラなのじゃな……?
 ほう、見れば確かにキラキラしたまんまるガラスが取り付けてありよる。
 父上がわしの雄姿を撮影する時に使う“一眼レフ”と似た気配を匂わせるあのガラスが……。
 さすればこれは真にカメラなのじゃろう。
 大きさは現代の煙草の箱を横半分にかっ切ったぐらい大きさ。
 小型といえば小型じゃ。

 でも……。
 そういうのは確か“ストーカー”という業界に深く根付いた者たちが愛用する忌むべきからくり道具の1つだったはず。
 ゆうげを食べる頃にテレビでやっておる報道番組で特集をしておった。
 なぜそのようなものを父上が……?
 いや、詳しくは聞くまい。父上の車にも似たようなのが備えられておったし、こんなものは日常生活のそこかしこに散らばっておる。

 それに父上はその腕一つで商人組織を1からを作り上げたと聞いておる。
 ここに来るまでに相応の外法を強いられてきた可能性もあり、その過程でこのようなからくり道具を使わなくてはいけない場面もあったのじゃろう。
 取引の時とかな。

 またの場合。
 インターネットという裏の世界からこの世に品物を召喚する儀式があるらしい。
 わしは10歳になるまでその世界に入ることを許されておらぬが、近場ではめったに手に入らない希少な品々や不可思議な忍び道具を手に入れることが出来るとのことじゃ。
 父上は隠語で“ポチる”と言い表しており、その詳細は不明じゃが、その呪文を唱えるだけで数日後には懇意の品が一軒家城に届くという、まさに神のごとき所業じゃ。
 でもでもその召喚術を行うと代価としてお金が求められるとか。そのせいで父上が母上から怒られている場も幾度か見てきた。

「でもやめられず、ついつい……」

 母上に怒られて沈む父上をわしが慰めておる時、父上の口から幾度となく聞いた往生際の悪い言い訳じゃ。
 賭け事に身をひたす者が言いそうな台詞だけど、父上の無駄使いは賭博で身を滅ぼすほどの金額ではないので、わしは父上を諌めぬ。
 じゃが、それだけ購買欲を掻き立てる召喚術ではあるらしい。

 父上はこのからくり箱をその流れで入手したのではなかろうか……?
 あっ、そう考えてみると、そんな気がしてきた……なるほどな。

 にやり……

 十数秒の思慮を経て、わしは5歳のわっぱとは思えないほどの悪い笑みを送る。
 だけどこの罪深き笑みは父上を気押すためではない。
 わしが父上の提案に乗ったという旨を父上に伝えるためじゃ。
 そしてわしの笑顔にうながされ、父上も似たような笑みを返してきた。
 ここら辺は親子じゃな。

「ここのボタン押せば撮影が始まるから。あと、撮影終わったときもおんなじボタンな。撮影中はここが光るからそれで確認しろ。まぁ、普通のビデオカメラもあるけどお前には扱えなさそうだし、試しにこっちで撮ってみろ。
 んで、終わったらここの端子をテレビのUSBに刺せば、テレビで見れるから。USBわかるだろ?」

 もちろん知っておる。なんだったらHDMIとコンポジット、DVIやD―sub端子までパーフェクト熟知じゃ。
 世間では“黒物家電”と呼ばれておるらしいが、黒系のからくり機材に端子の数々が輝く光景は侘び(わび)と寂び(さび)を秘めたる宇宙の結晶。調べずにはおられまい。

 まぁ、いつになってもUSB端子の向きを間違えてしまうがのう。
 端子の上下を見分けにくいあの設計、どうにかならんもんか。
 まあ最近になって、漁師が使う三又のもりのような紋様を自分の顔に向けるように刺せば、だいたい正しい向きで刺さることを知ったが、勝率は7割弱といったところじゃ。

「うんうん。なるほどね」

 父上の下知にふむふむと頷いておると、父上がまんまるガラスの反対側をかちっと開き、その中を見せてきた。
 USB端子じゃ。きらりと輝く出来の良いUSB端子のオスがこちらに牙をむいておる。
 あい、わかった。これをテレビにぶっ刺せばいいのじゃな?

「じゃあこれ。貸してやるから撮って遊んでろ」

 父上が小型カメラを差し出してきたため、わしはおもむろに手を伸ばす。神妙な面持ちで父上から小型カメラを賜った。

「あっ、でもこっちのテレビは……野球終わるまで俺に見させてくれ。お前は……寝室のやつも確か使えたと思うんだけど、そっち使ってくれるか?」

 もちろん、わしは頷くのみ。
 わしの特殊な嗜みに一度諌めの言をしつつ、それでもわしが心を納めない場合は、その欲望を更に高い次元で満たそうとしてくれる。
 そんな父上の発想力についさっき国家レベルの才能を見てしまったが、あらためて考えても父上の力はまさに天智に達するレベルじゃ。
 反論などあるわけがない。

「うん。わかった。お父さん、ありがとう!」

 わしが感謝の言葉を送ると、父上は満足そうな顔でソファに戻る。
 その途中、父上が思い出したように下知を追加した。

「電池無くなったら単3いれとけ。光成が昨日から充電してたの、まだあるだろ? あれ入れればいいから。あとデータが一杯になったらランプが黄色に変わるから、そうなったら俺に声掛け……うおッ! 打たれた!?」

 父上の叫びに反応し、わしもテレビに視線を移す。
 三回の表にツーアウトからの被本塁打。
 でもソロホームランだし、味方はすでに3点ゲッチューしておるから、勝利投手の権限を失ったわけではない。

 それを確認していくばかりか安堵したわしは、手元の小型カメラに目を戻す。
 まんまるガラスの側面に備えられたボタンをかちかちっと押した。
 そのたびに赤い灯火が輝き、わしはその灯火を瞳に捉えながらにんまりと笑う。
 次いで、先ほどまで手にしていたラジコンのコントローラを床に置き、片手で操作できるようにする。
 ここで一度頭の中でカメラワークを計算し、わしは意を決した。

「よし。いくか」

 まずは試しじゃ。
 左手でラジコンのコントローラを操りながら、右手に持った小型カメラで撮影。図鑑の上でタイヤを空回りさせているラジコンを、ホイールを中心に舐めるようなカメラアングルで撮る。
 同時に左手の方では前進と後進、あとは右折と左折の操作を適度なタイミングで切り替えておく。

「うぃひひひ……ふえひぃ……」

 やばい。すっげぇ楽しい。
 なんじゃこの感覚は……?
 これが“撮影”という行為によってもたらされる快感なのか……?
 まさかこれほどの高ぶりを得られるとは……。

 しかし幼稚園の運動会とかで父上がわしのことを撮っておったが、あの時の父上もこのような感覚を抱いておったのじゃろうか?
 そう考えるとわしとしてはなんか複雑じゃ。
 なぜじゃろう。
 まぁいいか。ストーカー業界に身を落とすやつらの気持ちがわかってき……いや、やめておかねば。
 現時点でも随分と人の道を外れておる気がしておる。これ以上は本当にまずいじゃろうて。
 腐っても元治部少輔。ルールの類はしかと守らねばのう。

 さてさて、初めてじゃからとりあえずはこれぐらいでいいじゃろう。
 今撮った映像がどのようにテレビに映されるか。それを試さねばなるまいて。
 一度目の撮影を終えたわしは希望に胸ふくらませながら別室へと向かうことにした。

 ちなみにちなみに。
 五歳のわっぱにとって、HDDレコーダーなどで録画したテレビ番組を自分の力で視聴するのはなかなか難儀なことらしい。
 文字が読めんからな。
 なので、わしの足軽組でも出来る者の割合は五分と五分。ボタンの位置と押す順番を丸暗記することで視聴までこぎつけておるらしいが、勝率は思わしくはない。

 勇殿はからくりに弱いらしく、出来ないとのことじゃ。
 以前勇殿の城に遊びに行った時、一緒にオチムシャFIVEの録画を見ようとしたが、外部入力の切り替えも含めテレビとHDDレコーダーの操作は全てわしがやった。

 逆に、華殿は出来る。
 まぁ、あの華殿の人格を考えればそういうこともそつなくこなしそうじゃが、華殿の城でそういう流れになるとおなご向けの番組を延々と観させられることになるので、あまり思い出したくはない。

 そんでわし。
 もちろんできる。漢字が読めるからのう。
 なんだったら録画予約や画質を下げる録画設定まで出来るぐらいじゃ。

 なので、わしは戸惑うこと無く別室に移動し、部屋の隅に鎮座するテレビと向かい合った。
 相手の隙を見てその背後に回ると、母上の掃除が行き届いておらぬゆえ、いくらかの埃が舞ってしまった。
 それら埃を吸い込み、ケホンケホンと小さく咳込みしながら、テレビをちょっとだけ持ち上げる。
 端子を見やすいようにするためじゃ。

「ふっふっふ。軽い軽い!」

 こちらのテレビは父上が野球を見ておる居間のテレビより小さく、32インチの中級武士じゃ。
 装備もシンプルで、ランクで言ったら馬廻組頭といったところか。
 でもUSB端子による外付けハードディスクのメディア再生もできるし、静かに口を開けて出番を待っておる挿入口にSDカードをさせば、SDHCであろうがSDXCであろうがバッチ来いじゃ。

「今日も淫靡な輝きを放ちおって……」

 部屋に誰もいない事を確認し、整然と並ぶ端子の数々にかっこよく挨拶を済ませる。
 それら端子のうちの1つに狙いを定め、わしは小型カメラのUSB端子を鋭く突き刺した。

「おし!」

 今日も端子の向きは正解じゃ。
 わしは喜びの声を短く発し、すぐさまテレビの前方に転がる。
 途中床に置いてあったリモコンをつかみ、部屋の照明から垂れ下がる紐を引いた。
 明かりは十分。テレビとの間合いも十分。

「いざッ!」

 テレビの電源を入れ、すぐさま“入力切替”ボタンを押打。画面の端から跳び現れたる選択肢のうち、“USBハードディスク”と表記されたボタンに照準を合わせた。

「ふっふっふ」

 申し訳ないながら、その端子の先にあるのはハードディスクではないのじゃよ。
 世に災いをもたらす忌みなる神の子、小型カメラじゃ。
 と、頭の中で32インチのテレビをあざ笑っておると画面が切り替わり、いくつかの動画データが選択できるようになりよった。

「ん? これは?」

 そう言えばさっきラジコンを撮る前に何度かかちかちしとった。
 父上もかちかちしとったから、その時もちょっとだけ撮影されておったのじゃな。
 それら複数の映像データがリストとして表示されておるというわけじゃ。
 ならば、わしの見たい映像はリストの最後にのっておるやつじゃろうって。
 ふっふっふ。
 容易……容易なことこの上ないわァ!
 その程度ではHDDレコーダーの足元にも及ばん! やはりお前は足軽大将が関の山じゃ!

 ふーう。ふーう。ふへ……ふへへ……。

 いや、試しじゃ。これはただの試し撮りじゃ。
 落ち着け三成。いや、光成。
 ふーう。ふーう。
 ではいこうかの。

 わしは荒ぶる呼吸を低く収め、リモコンの再生ボタンを押す。

 しかし……

 なんじゃこれは……?

 画面いっぱいに大きく映るラジコンの勇ましい姿と華麗に回転するタイヤ。
 それらに瞳を輝かせながら、わしは一つの事実に気づく。
 テレビの下に取り付けられたあみあみの窓の向こう側に存在する小太鼓――ここにはスピーカーという音の出る不思議エリアがあるのじゃが、そこからかすかな音が聞こえていたのじゃ。

「まさか……?」

 わしは慌ててテレビの背後に回り込んだ。
 小型カメラを見てみると、まんまるガラスの脇にテレビのあみあみに似た紋様が確認できた。

 これは……マイクじゃ。
 マイク機能が備わっておる。
 まさかそこまでのやつだったとは……。
 なんとういう神への冒涜……。

 いや、わしの例えがあっているのかはわからないが、そんな事を言っておる場合ではない。

「ふはーーはははははははッ! はーはははッ!」

 わしはこの世のすべてを手に入れたかのように両手を天高く掲げ、声高く笑う。
 あと、それだけじゃ足りなかったのでわしは居間へと走り出した。

「お父さん! あれはすごい! すごいよッ!」

 両手をあげながら居間に突入してきたわしを見て、父上が一瞬怯えたが関係ない。
 わしはフルダッシュの勢いで父上の胸に飛び込んだ。

「ぐおっ」

 んで、父上の鎖骨の辺りにおでこをぶつけ、わしのテンションは一気に奈落の底へと落下した。

「えぐ……ひぐ……痛いよう……」
「な……泣くなって……光成? 男の子だろ? 俺だって痛かったし……。あと、気持ちわりい遊び方はぎりぎり許すけど、お前自身が気持ち悪いやつにはなるなよ? 友達なくすぞ?」

 父上がわしの頭を優しく撫で、しばらくしてわしは泣きやむことに成功する。
 気を取り直して“ラジコンを撮影”→“テレビで確認”→“居間に戻ってまた撮影”という作業を続けていると、ラジコンの電池が無くなったところでひるげの時間となった。

しおり