二人で読書
鷹祭さんを部屋に招いた。
「失礼しまーす。……おぉ。本だらけだ」
彼女は部屋を見渡しながら感心したように言った。
「お、この椅子座り心地良さそうだねぇ。座ってもいい?」
「いいよ。じゃあちょっと大人しく待ってて。お茶でも持ってくる」
「はーい」
彼女は椅子に座ってにこにこしながら返事した。
二人分のお茶を持って部屋に戻ると、彼女はベッドの下に頭を突っ込んでいた。
「なにしてんの?」
「なんか面白いものないかなぁと思って」
「そこにはヤラしい本くらいしか置いてないよ。あとパンツが見えてる」
彼女は頭を思いっきりぶつけたようだ。
ガンッ! と鈍い音がした。
「大丈夫?」
「めっちゃ痛かった……」
もぞもぞと体を捻るようにしてベットの下から頭を引っこ抜いた彼女はため息をついた。
「なんにも無いじゃん。嘘ついたな」
「うん。そんな分かりやすいとこに隠すわけない。あとパンツも見えてなかった」
「ちくしょうめ。してやられたぜ」
彼女は悔しそうに僕を見た。
僕は肩をすくめてみせた。
「それで、なにするの? うちにはゲームなんてないけど」
「そりゃもちろん、本を読むんだよ」
彼女は自分のカバンから本を取り出しながら訊いてきた。
「いつもこの椅子に座って読書してるの?」
僕は頷いた。
「じゃあ踊橋君はいつも通り椅子に座って読みなよ。私はベッドにでも座って読むからさ」
彼女はベッドに寝そべった。
「逆でいいよ。鷹祭さんが椅子に座ればいい」
「えーそれは申し訳ないよ。あ、じゃあさ。ちょっとこっち来て」
彼女はベッドの上で体操座りをした。
僕はその隣に腰を掛けた。
「あ、そうじゃなくてね。私の背中に寄りかかってくれる? 私も君の背中に寄りかかるからさ。そうすれば解決でしょ?」
「今日初めて話した相手に対してそんなことすんの? 距離感が気持ち悪いな」
「ちくちく言葉はやめてください。デリカシーはお持ちですか?」
「いいえ。デリカシーはお餅ではありません。まぁいいや。こうすればいいの?」
僕は彼女の背中に寄りかかった。
「うん。なかなかの安定感。じゃあさっそく読みますか」
「あ、待って。その前に」
僕は読書前のルーティーンというかそんな感じのことをするために立ち上がった。
「うわぁ!」
彼女は支えを無くしたことでベッドの上でひっくり返った。
「急に立たないでよ!」
「ごめん。いや、いつも本を読む前はエアコンをつけたり音楽かけたりするからさ」
僕はリモコンを押してエアコンをつけた。
今の季節は秋だ。
そのままでもそこそこ過ごしやすいが、僕にはこだわりがある。
読書をするための最高の環境を作るためにエアコンや加湿器や除湿機などによって温度や湿度を調整するのだ。
そのことを説明すると、彼女は若干引いていた。
「そこまでするんだ……。変態じゃん。読書変態じゃん」
「なんとでも言うといい。あ、寒かったり暑かったりしたら言ってね」
「うん」
「あと、音楽かけていい?」
「お、いいよ。踊橋君が普段どんな曲聞いてるのかちょっと興味ある」
僕は読書用のプレイリストをスマホで再生した。
「おぉ……。クラシックか。なんだっけこの曲。聞いたことある」
「モーリス・ラヴェル。亡き王女のためのパヴァーヌ」
「あー。ボレロの人ね。綺麗だよねこの曲」
「え、ボレロとか知ってるんだ。最高じゃん鷹祭さん」
彼女は得意げに胸を張った。
「中学の時に音楽の授業でやった」
「へぇー。僕は音楽の授業中は本読んでたからあんま覚えてない」
「ちゃんと授業を受けなさい」
「いいじゃん。せっかくいい感じのbgmが流れてるのに」
「音楽の授業のことをbgmって言うな」
僕はベッドに座り直して彼女の背中に体重を預けた。
彼女からもじんわりと押し返される。
僕たちはそれから互いに黙々と本を読んだ。