母
玄関が開く音でハッとした。
やばい。
時間を忘れて読みふけってしまった。
慌てて立ち上がると、また彼女がごろんと転がった。
「うわぁ! だから急に立たないでってば!」
「やばいぞ鷹祭さん。親が帰ってきた」
「何がやばいの? 別にやましいこともないのに」
その時、玄関から悲鳴が聞こえてきた。
遅かったか……。
僕は部屋を飛び出して階段を駆け下りた。
玄関には母がいた。
プルプルと体を震わせ、手で口元を押さえている。
母は玄関に置かれた鷹祭さんの靴をじっと見ていた。
そして目に涙を浮かべながらこっちに視線を向けてきた。
「あんた……。何があったの。お母さんに正直に話して」
遅れて鷹祭さんが来た。
「あ、すみませんお母さん。お邪魔してます。踊橋君のクラスメイトの鷹祭
母は唖然として彼女を見た。
「こんな可愛い子……間違いないわね。あんた、なんの犯罪に関わってるの?」
母は問い詰めるような口調で僕にそう言った。
「は?」
僕は意味が分からず首を傾げた。
「あんたがこんな子と接点を持つなんてありえないわ。なにかしらの犯罪に関わってるとしか思えない」
「なんでそうなるんだ……。実の息子に対する信用が無さすぎるだろ」
「だって! あんた今まで一度だって友達連れてきたことある?」
「無い」
「ほらね! それなのに急にこんな……。お母さん怒らないから正直に話しなさい」
「犯罪じゃないって!」
「じゃあ何だって言うのよ!」
「普通に友達ですよ」
鷹祭さんが遠慮がちに答えた。
母は訝しげに彼女を見た。
そして納得したように手のひらをポンと打った。
「あ、もしかして
「鷹祭さんに失礼だろ。何を言ってるんださっきから」
こうなるから嫌だったんだ。
母は妄想力豊かな人で、話していて楽しい時もあれば、このように大変な時もある。
この後なんとか鷹祭さんと二人で説明して、ようやく信じてもらえたのは三十分後だった。
「じゃあ、本当にあんたの友達なのね?」
「そうだって」
母は今度は泣き始めた。
「ど、どうしたのさ」
僕が背中をさすると、母はしゃくりあげながら言った。
「あんたにもようやく春が来たんだって……。お母さん嬉しくて。今まで本しか友達がいなかったのに。ありがとうね詩織ちゃん。こんな奴と友達になってくれて」
「おい母親。さっきから息子の心を抉っていることに気づいているか?」
「ははは……。面白いお母さんだね」
彼女は苦笑いしながら言った。
「それじゃ、私そろそろ帰ろうかな」
鷹祭さんの言葉を聞いて、あり得ないくらいのスピードで母が僕に
「送っていきなさい!」
と叫んだ。
「詩織ちゃんに何かあったらあんたのことボコすからね」
母は最後に低い声でそう付け加えた。