第24話
一羽の鳥が沖の方から飛んで来た。そう大柄の鳥ではなく、嘴がどこかバランスを欠いたような変わった形をしている。アフリカハサミアジサシだ。大陸から海を渡って島に来たらしい。鳥はバオバブの木の樹冠あたりに止まり、翼を畳んだ。
島に住む者たちは次に鳥がどう出るのか見守るように上空を仰いだ。
「通達、通達」アフリカハサミアジサシは声を大にして伝え始めた。「聞けよ皆。タイム・クルセイダーズの奴がここに向かって来てるとよ」
「タイム・クルセイダーズ?」生き物たちは互いの顔を見合った。
「えーと、聞いたことあるようなないような」
「あれじゃない、生きてる者をかっさらっていくやつ」
「ああー、そうか」
「そうだ」
「見たことある?」
「いや、ない」
「ぼくもない」
「私もない」わいわいと話が盛り上がる。
「タイムクルセイダーズの、ここに向かって来てる奴は」アフリカハサミアジサシは補足説明を伝えた。「なんか小っさい葉っぱ、双葉みたいな形をしているとよ」
「小さい双葉か」
「見分けがつくかな」
「大丈夫だろ、普通の双葉は地面の上にしかいないし」
「ああ、そうね」
「タイム・クルセイダーズって、飛んで来るの?」
「そうだよ、確か」
「ぴーって」
「速いのか」
「速いよ」
「見たことあるの?」
「俺はないけど、爺ちゃんが言ってた」
「ふうん」話はますます盛り上がる。
「それからもう一匹、ここに来るかも知れん奴がいるとよ」アフリカハサミアジサシはさらなる追加情報を伝えた。「名前は、レイヴン」
「レイヴン?」
「知ってる?」
「ううん、知らない」
「誰? それ」
「聞いたことない」
「あれ、爺ちゃんがなんか言ってたっけかな」
「お前の爺ちゃん何でも知ってんのな」
「爺ちゃんに聞いて来いよ」
「もう生きてないよ」
「レイヴンも小っさいなりをしているが、形は葉っぱのようではないとよ」アフリカハサミアジサシは次第に複雑化してくる話をお構いなしに伝えた。「ただ何本かの、長くなったり短くなったりする触手を持っているとよ」
「長くなったり短くなったり?」
「あれ、海の向こうにそんな動物がいなかったっけか」
「爺ちゃんが言ってたの?」
「うん、なんか、体のどっかがえらい長く伸びるやつがいるって」
「そいつがレイヴン?」
「さあ。でもその動物はすげえでっかいって言ってたから違うかも」
「聞けよ皆」アフリカアジサシは大事な点を伝えた。「タイム・クルセイダーズには出くわさないよう隠れておくように、だがレイヴンは、仲間を探しているとのことだから、何か訊かれたら親切に答えてやるように、とよ」
生き物たちは一斉に押し黙った。
「以上。さいなら」アフリカハサミアジサシはばさっと羽ばたきバオバブから飛び上がったかと思うと一目散に沖の方へ飛び去っていった。
「誰か、もう一回言って」呟くように一頭が頼んだ。
それを機に生き物たちはこれから自分たちのなすべきこととなさざるべきこととを喧々諤々と話し合い始めた。
◇◆◇
「皆、栄養は足りているかい?」レイヴンは浮揚推進しながら収容籠に向かい声をかけた。
「うん。お腹いっぱい」キオスが機嫌よさそうに答える。
「ナトリウムとカルシウムをこんなに摂ったのは初めてだ」コスも、満足そうに言う。
「でもぼく、やっぱり外に出たいよ」オリュクスだけがどこか不満げな声を出す。「ねえ、レイヴン」
「ああ、もうちょっと、辛抱してくれ」レイヴンは申し訳なさそうにそう言うしかなかった。「すまないね、オリュクス。大陸に着いたらすぐ開けてあげるから」
「大陸まであとどれぐらいあるの?」オリュクスはなかなか黙ろうとしない。「あと何回寝て起きて何回おやつ食べたら?」
「ははは」レイヴンは苦笑した。「それは何とも……あと何回か、だね」
「ちぇー」
「もうよせよ、オリュクス」コスがたしなめる。
「そうだよ、レイヴンはこんなにがんばってくれているんだから」キオスも並ぶ。「あんまりわがままを言ってはだめだよ」
「ぶうー」オリュクスは理解したが納得していないといった声音を低く鳴らした。
「あれ」レイヴンがその時気づいた。「なんだか鳥が大勢集まってる」
「え」
「ほんとだ」
「うわあ、すごい」動物たちも驚きの声を挙げる。
「行ってみようか」レイヴンは何か刺激的なことが待っているのだろうという期待に力をもらい、スピードアップして先へ進んだ。
鳥たちは何をしているのか。何かのイベント? 儀式のようなもの?
「気をつけろよ」
「もう少し太陽側にいたほうがいい」
「そうだな」
「そっちは危険だ」
鳥たちは互いにそんな短いやり取りを鋭く交わしている。
「来るぞ」誰かが叫ぶ。
来る? 何が?
レイヴンが訊こうとした時、すでにそれは真下にいた。
そんなに大仰な爆撃音がとどろいたわけでもないが、それは真下から、容赦もへったくれもなく突き上げて来たのだ。
一瞬の後、周りにあったはずの海が見えなくなった。
「え」レイヴンは左右を見た後上を見上げた。
空はそこにある。よく晴れている。
だがこれは、この周囲に立ちはだかっているものは──
「うわあ」
「食われる!」動物たちの方が先に状況を呑み込んだようだ。
そうだこれは、魚の口?
今我々は、下から突き上げてきた海棲生物の、大きく開いた口の中に取り込まれようとしているのだ。
気づくと同時に一瞬消えたと思った海水が実はまだ周囲に存在していて、その中に小さな魚たちが無数に泳いでおり、それらは海水ごとこの恐るべき巨大な口の持ち主に丸呑みされているところがいやというほど視認できた。
これは、ザトウクジラだ。
「うわあ──っ!」レイヴンはようやく辿り着いた恐怖におののき叫んだ。
「つかまれ!」
その刹那、大きな翼を持つ者がレイヴンたちに助けを差し出した。
レイヴンは何を考える暇もなくその羽毛に触手を引っ掻け、つぎに全身で、むろん収容籠もサブ触手数本でかかえ込んだまましがみついた。
助かった!
そういう思いが遅れてせり上がり、レイヴンは救いの翼を差し出してくれた相手に心からのお礼を言おうとして見上げた。
だが視界は依然真っ暗だった。
あれ?
「悪い、食われた!」
そう言ったのは、ワタリアホウドリだった。
「なにやってんの」
「なんでつかまれっていったの」
「あはははは」収容籠の中で皆が騒ぐ。
ざぶざぶざぶ
荒々しく水のぶつかる音がした。