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第23話

 ゲラダヒヒの捕獲は『失敗』に終わった、と、ルルーはついに判断を下した。
 彼奴らは誰かに入れ知恵でもされているのだろうか?
「タイム・クルセイダーズがこの当たりをうろついている間は、決して岩陰から表には出るな。ひたすら逃亡および隠棲を優先せよ」と。
 不意に視界の中へ真っ赤な体色の生き物が映り込んできた。
 はっと身構える。
 シラガエボシドリだ。鳥はルルーに見向きもせず、再び彼の視界の外へ飛び去って行った。
 ──なんだ、おどかしやがって。
 ふ、と息をつく。
 そういえば空中を推進する間、各種の鳥たちの姿を見ることはたびたびあった。だが決して接近、ましてや接触など行っていないし、自分の存在を鳥風情には検知できていないだろうと高を括っていたのだが……
「もしかすると、な」ルルーは苦笑と舌打ちとを同時に行った。羽毛所有者どもめ。
 ともかく、次に進捗確認の通信が来たら、捕獲は絶望的であることを正直に伝えるしかない。これ以上の探索は時間の無駄だとの意見を添えて。いや、通信が来る前に、自分の方からそれを伝えた方がよいだろうか? 無駄な時間をナノ秒たりとも過ごすわけにはいかないという判断は、高評価につながらないか?
 そんなことを考えながら、ルルーはすでに行動を開始していた。
 さきほどの赤い翼を持つ鳥、シラガエボシドリだ。ルルーば考えるよりも先に移動を開始したのだ。かの鳥の飛び去った方角へは正確に追尾設定してある。あとは追跡速度を、ひとまず最大速度まで上げる。ほどなくして赤い翼は再度確認できた。
 鳥は驚いたように数回羽ばたいたが、ルルーの方が速かった。彼は減速を開始しながら備品格納帯から捕獲網を射出し、次の瞬間獲物を分子式化し取り込んだ。
 鳥は鳴き声すら音声として地球大気を震わせる暇を許されなかった。
「よし。ひとまずこれで『申し開き』はできるだろう」ルルーは頷き、南下を開始した。
 自分の他にも先鋒隊メンバーは各地に散らばって存在しているが、他の者たちとの鉢合わせを回避するには南を目指すのが良い選択肢だった。
 ──こっち方面で未捕獲生物は……
 推進しながらリストを当たる。
 最初に目に留まったのは大きな縞模様の、赤くはないが派手だといえる尻尾だった。
 ワオキツネザルだ。
「島の固有種か」ルルーは思案した。その島には他にもシファカ、アイアイなど未捕獲生物がごろごろ存在しているようだ。「行くか。マダガスカル」そう呟いてから、通信システムをそっと起動する。
 ──ある意味、賭けだな。
 そんなことを一瞬思う。
「お疲れ様です。コードルルーです」
 だが声を震わせるほど、彼は不慣れな新米小僧ではなかった。

          ◇◆◇

「うわあ」最初に感嘆の声を挙げたのはやはりオリュクスだった。
 大きくせりあがった波が、岸辺にぶつかり砕け、そそくさと戻ってゆく。水の当たる音、細かく舞う水滴、果てしなく続く巨大な水塊。そのすべてがダイナミックにうごめいており、見た目だけでなく音と匂いも併せ圧倒しにくる。
 海だ。
「ああ、確かに聞こえるね」次に言ったのはコスだ。「なんか、いろんな声がする」
「うん」キオスもうなずく。「これ、クジラの声なの?」
「クジラと、他のいろんな動物の声だね」レイヴンは海面から上昇してくるミネラル分子の森を潜り抜けるように浮揚推進しながら答えた。「誰かに話を訊くことができれば」
 大きくたぷたぷと揺れ動く海面の下から、甲高い声や低い声、さまざまなトーンの声が伝わってきている。それはレイヴンたちの想像をはるかに超え、賑やかな──というよりも騒がしいものだった。
「あ、誰かいるよ、レイヴン」最初に気づいたのはキオスだった。「あそこの水のすぐ下」
「うん?」レイヴンは示された方へと飛び、彼自身もはっきりと検知した。「ミナミアフリカオットセイだな。こんにちは」信号のレベルを張り上げる。
「私?」動物はそっと水面から顔を出した。「どうしました?」
「あの、突然すみません」レイヴンは、まともに会話ができそうなことにほっとした。「ぼくたち仲間を探しているんですが、どの大陸にいるのかがわからなくて、その」
「大陸?」ミナミアフリカオットセイは目をぱちぱちさせた。「ここは海ですよ?」
「あ、ええ、その、海水を使って皆さん連絡を取り合っていると聞きまして、その」
「ああ」オットセイは水中でくるりと横向きに一回転した。「仲間の情報を流して欲しいと、そういうことですか」
「はい、そうです」レイヴンの発信レベルはますます上がった。いいぞ!「ぼくたちの仲間はマルティコラスといって」
「無理ですね」オットセイはくるりと反対方向に一回転した。「悪いけど」
「え」レイヴンは言葉を失った。「無理」
「ええ」オットセイはレイヴンをまっすぐに見上げた。「情報のやり取りをするって、それはつまり他の者とコミュニケーションを取らなければならないということですよね。それも、繰り返し何度も、密に。何か気づいたことがあるたびすぐに他者にコンタクトを取って、または何かあるたび突然連絡が来て。密なコミュニケーション。ああ無理無理。いい加減、そういうのが無理で苦痛を覚える類いの遺伝的性質を持つ者も存在するのだという事を皆に理解して欲しいんです」一気呵成にまくしたてる。
「あ」レイヴンはくぐもった声を挙げることしかできなかった。
『遺伝的性質』という単語を繰り出されたことが、彼の中枢帯をぶん殴った。遺伝的性質──なるほど確かに彼自身、それを理由に自分を地球へ来させることが大間違いであると、主張したのだ。上司に対して。
「すいませんね。それじゃ」オットセイは挨拶してどぶんと水面下に潜り、去って行った。
「なんだよ、冷たいなあ」コスが文句を言う。
「フェネックギツネの言ってたこと、嘘だったのかな」キオスも心配そうに言う。
「でも今のは、カバの親類じゃないんでしょ」オリュクスはのんびりしている。
「──そうだな」レイヴンはいまだ中枢帯に衝撃を受けたままで呟いた。「他を当たろう」
 会話が成立するからといって、コミュニケーションまでもが確実に成立するとは限らないのだ──レイヴンはいい大人のつもりでいたが、今初めてそのことを学んだのだった。

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