第2話
高校に着いた少年は、自分の席に腰を下ろし、窓の外を眺めた。雲の流れが速かった。上空は風が強いのかもしれない。なんとなく、そう感じた。
前の席の友人が教室に入ってきて、少年に挨拶をしながらいつものように横を向いて腰を下ろした。やつれたような少年の顔を見て、少し眉をしかめていた。
お前、なんか人相変わってないか、そう訊かれたので少年は、そうかなと適当に応えた。友人は話を続けた、なんか目が普通じゃないぞ、と。少年は窓の外に目を向けたまま、気になることがあってなと答えた。昨日話してた夢のことかと友人が問うので、躊躇しつつも思っていることを話した。
同じ夢を見るんだ、いや、正確には同じじゃなく、夢の中でも、この現実と同じように時間が流れていて、その続きを見てしまうんだ。
震える手をもう一方の手で押さえながら、少年は話を続けた。
昨日夢の話をした時には話さなかったけど、事故に遭った夢は二回見てるんだ。一度目は事故に遭うまでから事故直後までの夢で、これは昨日話した通りだ。そのあと、保健室までおれを背負って連れて行ってくれたって言ってたよな、その夜に、おれは病院で目覚めてるんだ。右腕と右脚を失っていて、一人残されたおれは、これからどうやって生きていけばいいのかって、途方に暮れていたんだ。
そこまで話した少年は、救いを求めるような目を友人に向けた。友人は神妙な面持ちで先を促した。
とても、夢とは思えないんだ。脚が前後のシートに挟まれた痛み、押し潰されている妹が、力なく手を伸ばして、おれに助けてって苦しそうに言うんだ。救急車の騒々しいサイレンの音も耳から離れない。赤色灯が繰り返し回っていて、救急隊員が酷い有様だって。
声を詰まらせながら少年は続けた。
なにもかもが鮮明なんだ。目で見る映像も、耳に聞こえる声や音も、腕と脚を失った痛みも、すべてがありありとして、どう考えても、夢とは思えないんだ。
少年は右側頭部に右手を当てながら続けた。
でも、どうしても、現実としては受け入れたくないんだ。だから、おれは事故に遭ったことを夢だと思うことにしたんだ。思い込もうとしたんだ。
右側頭部に当てている右手を少年は、数回軽く叩いた。
でも、駄目なんだ。できないんだ。昨日おれは、保健室からどうやって家に帰ったのか、覚えてないんだ。まったく記憶にないんだ。
少年は頭を激しく左右に振った。
おかしくないか、事故に遭ったのが夢なら、今ここにいるおれは、目に見えているこの世界は現実なんだろう。だったらなんで、どうやっておれは家に帰ったんだ。なんで、その記憶がないんだ。
少年は、自分がひどく感情的になっているのに無自覚だった。その声の調子はほとんど叫び声を上げていることにも気づかないほどに。
どれだけ考えても、思い出そうとしても、なにも浮かんでこない。なにも。だから、こっちが夢なんじゃないかって、そう思おうとしたんだ。おかしいよな。
同意を求めるような口調で少年は、友人に目をやった。
友人ははっきりとした口調で言った。ああ、おかしい、と。
よく考えてみろよ、今おれはお前の目の前にいて、こうやって話をしてる。おれには苦しんでいるお前が見えている。このおれも、今のお前も、すべてがお前の見ている夢だって言うのか、そんな馬鹿な話あるわけがない。これがお前の見ている夢なら、お前はなんだってできるはずだ。試しにこのおれを消してみろよ。夢ならできるはずだ。さあ、やってみろよ。
まるで挑発するかのような口調で友人が言った。少年はゆっくりと首を横に振った。
それは、できない。というか、したくない。これがおれの夢なら、もしかしたら可能かもしれない。
少年はうなだれて、訥々と語った。
でも、お前が消えることを望み、それが叶ってしまうと、ここが夢の中なのを証明することになってしまう。そうすれば、事故に遭ったことが現実のことになってしまう。それは、どうしても認めたくないんだ。
少年は絞り出すように心情を吐露した。